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好きな本とかについて、ちょこちょこっと書く場所です。蔵書整理の見通しないまま、特にきっかけもなく08年12月ブログ開始。

断崖の年

2017-12-02 22:06:15 | 読んだ本
日野啓三 1999年 中公文庫版
この秋に古本屋で買ってみた文庫。
どういうわけか、丸谷才一とか日野啓三とか、若いときに読んだ作家の、まだ読んだことないものに興味を持って集めている昨今。
さて、本書のもとの単行本は1992年出版らしいが。
書かれているのは、1990年夏に、腎臓のガンが見つかって、手術した前後のこと。
最初の一篇を読んだときは、著者が自身の経験を語る(エッセイというにはちと長い)体験談というか闘病記とかの本だと思ったのだが。
二番目以降を読むと、「私は」ぢゃなくて「男は」って三人称で書いてあるってこともあって、短編小説みたいな感じが強い。
いずれにせよ経験しないと書けないことだとは思うが。
病巣の引き起こすものとか手術による物理的な傷による痛みとかなんかよりも、痛み止めを使ったりしたことで見たのかもしれない幻覚について多く語られてるのなんか、まったくそうだ。
夜空を飛び交う光とか、向かいの屋上に見えるゴーストとか、幻覚をみるんだが、ヘンなもの見えちゃうことについて、
>それはゴーストやUFOが客観的にいるのかいないのかという次元の事柄ではなく、それはあくまで見える側の人間の意識の出来事だ、ということであり、必ずしもヘンな人間がヘンな意識状態に陥ったときに見えるのではなく、人間の意識というものはもともと見たいものが見える機構のことなのだ、と少なくともその夜、私は落ち着いてそう思った。(p.53)
とか冷静に分析してるけど。
ちなみに、同じように痛み止めを処方されても患者によって苦しんだり楽しいような気持になったりするらしく、
>実際に麻酔薬の副作用を、事前に各患者毎に調査し予想できるのかどうか私はわからないが、患者の職業や心理的タイプによって痛み止めの薬を少しずつ変えることがこれからの問題だと思う。(p.44)
なんて意見を表明してるんだが、こういうこと書いてあるから小説っぽくないと思って読んでたわけで。
あと、手術前のところで、
>池澤夏樹の新しいエッセイ集『インパラは転ばない』や、再読した川村二郎の『日本廻国記一宮巡歴』の、世界に対する基本的な態度のしなやかさ温かさが深く快かった。世界(悪性細胞も含めて)に対して優しく全体的であることを、詩的というのだなと思い、もし無事手術を終えて生きのびられたら、自分のものような文章を書きたい、ととても素直にそう思った。(p.30-31)
なんて述懐をしてたりするのも、どうみたってエッセイ寄りであって、小説とは思えなかった点。
でも、あとの何篇かは、やっぱ小説として読んだほうが適当という気はする。
そうそう、最初に検査受けた病院では手術の御厄介にまでならずに、慶応病院を紹介してもらったくだりで、
>実は代々木の森蔭のあの病院は、場所(トポス)のエネルギーの質がどうしても自分に合わない、と最初から感じていた。昔ながらの日本式神社とその周辺の陰々たる雰囲気は、子供の頃から気味悪くてなじまなかった。(p.17)
と告白してるんだけど、これって、以前から植物とか無機物に妙に思い入れある語りをする、著者らしいなあと思って、ちょっとなつかしい感じがした。
コンテンツは以下のとおり。
「東京タワーが救いだった」
「牧師館」
「屋上の影たち」
「断崖にゆらめく白い掌の群」
「雲海の裂け目」
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