日本カナダ文学会公式ブログ

日本カナダ文学会の活動と紹介

Newsletter 68

2017-10-01 | Newsletter

 

NEWSLETTER

THE CANADIAN LITERARY SOCIETY OF JAPAN

L’association japonaise de la littérature canadienne

 

Number 68                                             Fall, 2017



会長挨拶

 

日本カナダ文学会会長 佐藤 アヤ子

 

初秋のころ、会員の皆様にはますますご活躍のこととお喜び申し上げます。ニューズレター68号をお届けします。

長尾知子会員のご協力をいただき、6月17日(土)に大阪樟蔭女子大学で開催された第35回年次研究大会・総会はおかげ様で成功裏に終了することができました。今大会では、午前の部で研究発表を二つ、午後の部では《カナダのゴシック文学》のシンポジウムを組みました。各発表は長年のご研究の成果であり、参加者の方々は多大な刺激を受けられたことと存じます。発表者の方々、並びに司会者の方々、お疲れ様でした。御礼申し上げます。

また大会では、岸野英美会員のお力添えを頂き、モントリオール在住のMadeleine Thienさんを特別講演者に迎えることができ、一層充実したものになりました。(特別講演内容に関しては、岸野会員の記事をご参照ください。)ティエンさんの来日は昨年に続き二度目で、今回は取材を兼ねての来日でした。滞在中、カナダ大使館/日本ペンクラブ主催、日本カナダ文学会共催で、「日加女性作家フォーラム『今、女性作家が思うこと』」がカナダ大使館で開催されました。今回は2015年に続き第二弾となる日加女性作家フォーラムで、日本側からは、『韓素音の月』ですばる文学賞を受賞した茅野裕城子さんと、『ヨモギ・アイス』で海燕新人文学賞を受賞した野中柊さんが参加。茅野さんとティエンさんは、2008年に始まった上海作家協会による〈ライター・イン・レジデンス〉に招聘されて以来の間柄で、ティエンさんは周到な取材をもとに創作する作家である、と紹介されました。そして、文化大革命時代の上海の作家たちの体験に興味をもち、上海滞在中、老作家たちに精力的に取材していた当時のティエンさんを回想しながら、その時の取材とDo Not Say We Have Nothingとの関係性を質問されました。野中さんは、表現の自由が危ぶまれる今日の時代に、どのような心構えで書いたらよいのか、作家としての手法や方法論について質問されました。本フォーラムは、グローバル化する世界の中で、文学は世界をどう捉え、何を語りうるか、私たちはそこから何を学びうるかを考えるきっかけを提供し、大変有意義なものでした。

葛飾北斎に関心があるというティエンさんは、滞在中、信州小布施の北斎館を訪れ、取材しています。彼女の新作と北斎がどのような関連性を持つのか楽しみです。

2018年度の年次研究大会は、戸田由紀子会員のお力添えを頂き、椙山女学園大学で6月16日(土)に開催されます。発表ご希望の会員は会長までお知らせください。

今年は役員改選の年でした。将来を見据えて、若い会員を育てるという学会の責務もあり、二名の新たな若い役員をお迎えしました。新しい目で、日本カナダ文学会を牽引していただきたいと期待します。会員各位のお力添えを頂きながら、役員一同、日本カナダ文学会の一層の発展のために頑張ってまいります。また長い間、会計監査をお引き受け頂いた水之江郁子会員には感謝申し上げます。ありがとうございました。

最後に、会員各位のますますのご活躍をお祈り申し上げます。

 

追記

Margaret AtwoodのThe Handmaid’s Taleが2017年度のEmmy賞に輝きました。エミー賞はアメリカのThe Academy of Television Arts & Sciencesが優れたテレビ番組やその制作関係者に授与する賞です。今回、The Handmaid’s Taleはドラマ作品賞をはじめ主要5部門を独占しました。日本では2018年にHuluが配信予定ということです。楽しみですね。

 

 

日本カナダ文学会 第35回年次研究大会を振り返って

 

                        副会長 松田 寿一

 

梅雨入り時期の関西のはずでしたが、開催校の長尾会員をはじめ私たちの日頃の行いが良いせいでしょう、美しく晴れ渡った初夏のように爽やかな日に大会は開かれました。創立100周年となる樟蔭学園の近代的な学棟4階会場近くのバルコニーからは東大阪市街地や遠くなだらかに連なる生駒の山並みを眺めることができました。長尾会員が万端の準備を整えくださったすばらしい大会会場に加え、女性会員の間では、ステンドグラスがはめ込まれたおしゃれな女子トイレの扉、そして今どきの女子学生のためにしつらえたその内部設備も好評のようでした。

さて、大会を振り返りますと、本大会も例年のように大変充実したものとなりました。まずもって掲げなければならないのは特別講演者として作家マドレン・ティエンさんをお招きできたことです。ティエンさんを囲んで行われた「日加女性作家フォーラム」や本大会の講演内容等については佐藤会長、岸野会員よりそれぞれ詳しく報告いただきました。私も大会までにDo Not Say We Have Nothingに目を通すことができましたので、たまたまティエンさんと隣席させていただいた懇親会の場では、執筆のための現地取材のエピソードや、この本が中国本土で出版される必要性、マンローやアトウッドなどのカナダ作家、ご自身の音楽への関心など、いろいろとお聞きすることができました。また、ボブ・ディランのノーベル文学賞受賞について話が及んだとき、ティエンさんが「カナダにはレナード・コーエンがいますよ」と微笑まれたのが印象的でした。

一方、研究発表、シンポジウムについては「英語圏カナダ・ゴシック文学」世界を多方面からディープに知る大会となりました。これらについても詳細な報告がなされていますが、いずれも興味深い内容ばかりでした。皆さんのお話を伺いながら、かのモンゴメリのアン・シリーズにもお化けの森の逸話だけでなく、亡くなった女性の幽霊との出会いなどが印象深く語られていたことを思い起こしました。また、長尾会員はエドワーズのゴシック批評から、カナダは「明確なアイデンティティを形成できない“不安と恐怖を抱かせる”効果にゴシック性を見出した」と引用しました。その時ふと私はマーガレット・ローレンスがある書簡集で、移住者である先祖の霊に自身のアイデンティティをかいま見る「詩人アル・パーディの“eerie”な感覚に惹かれている」と述べたことを思い出しました。

今回は仏語圏からの発表はありませんでしたが、大会に参加するたびに、小規模ながら全国大会の名

に恥じない、多様性に富むすぐれたプログラムだと感じます。大会後は長尾会員がときおりランチで立ち寄るというお店でおいしい料理とお酒を堪能しました。アルコールも入り、至福に近い状態になった皆さんの笑顔がこの学会の温かく、和気あいあいとした雰囲気を存分に伝えていると思います(右下の写真)。来年の大会も今から楽しみです。皆さん、ありがとうございました。

 

35回研究大会概要

 

<研究発表>Research Presentations

 

<研究発表 1> ゴシックの子供たち ― ヒロミ・ゴトーの『ダーケスト・ライト』 行きて帰らぬ物語 ―《Children of the Gothic: Hiromi Goto’s Darkest Light, the Tale of going and never returning                                                      (山本 かおり会員) 

 

本発表では、ゴシックの一形態としてのダークファンタジーとして、2012年に出版された日系カナダ作家ヒロミ・ゴトーのDarkest Light(以下DLとする)を中心に、同世代のダークファンタジー、The Wolf Brother (Michelle Paver, 2004,イギリス)、Sabriel (Garth Nix, 1995, オーストラリア)、『空色勾玉』 (荻原規子,1988,日本)と、主に三つのモチーフ、女性とロマンス、世界の危機、帰還しない主人公、について比較し、DLの特異性について言及した。

ゴシックにおいては伝統的に犠牲者として描かれることの多かった女性だが、これらの作品においては戦う強い女性たちであり、小説中の社会における地位、能力においても男性を上回っている。これはDLにおいても、別世界から来たことを隠すために男性の主人公Geeが不法移民として扱われ、能力を隠さねばならなかったり、別世界においても、かつての恋人に翻弄され追いつめられる点が共通している。

女性とロマンスに関しては、他の三作品においては物語の終わりに、敵の誘惑または攻撃を退けたヒロインと恋人が結ばれるという結末が用意されており、少年が主人公のWolf Brotherにおいても、シリーズの最終巻で恋人と結ばれて結末を迎える。このようにゴシックの伝統の名残を感じさせる。

しかしDLにおいては、男性のGeeはかつての恋人に誘惑され、禁じられた力を行使するように求められる処女であり、そのGeeを救うのはレズビアンの友人Crackerであるようにロマンスにおいても男性と女性の立場が逆転し、恋の成就は存在しない。

世界の危機を救うというモチーフは全作品に共通であるが、その試みの中で、通過儀礼として死に近い苦難を乗り越えて元の世界に戻るというファンタジーの約束である旅からの帰還が、DLでは果たされない。

単なる通過儀礼でなく、実際に死ぬ(昇華する)ことによって永遠に続く輪廻から脱却し、元の世界には戻らないという結末に、他の三作品にはない諦観がみられ、DLをユニークなものにしている。

 

 

<研究発表 2> 映し鏡としての〈キャッツ・アイ〉― ビー玉を透かして見える真実

Reflections in a Mirror in “Cat’s Eye”: Truth Seen through Glass Eyes》(柴田 千秋会員) 

 

本発表では、マーガレット・アトウッドの『キャッツ・アイ』を取り上げ、現実世界と無意識や夢の世界、絵画という架空の世界とを統合する、〈鏡〉とビー玉〈キャッツ・アイ〉の実像と象徴的な意味合いを調べて論じた。次に、作品に散りばめられた〈色〉のイメージを考察し、そこから見えてくる真実の多面性を明らかにした。

まず、〈鏡〉やビー玉〈キャッツ・アイ〉は両方とも実在の物として登場するが、物語が進むにつれ「映すもの」「ものを見る目」としての象徴的な意味合いを帯びてくる。子供の遊び道具だったビー玉〈キャッツ・アイ〉は、次第に凍てついたイレインの心を象徴し、ガラスの目を通して外を見たり、お守りのように握りしめて外界を拒絶する力を与えてくれる。ビー玉がイレインの体を突き抜ける夢を見た後では、〈キャッツ・アイ〉は彼女の心の核、硬い芯の象徴となったことを示した。

〈鏡〉は他人の目を意識する思春期以降、頻繁に登場する。漫画や夢の中で、〈鏡〉は見る人の表相だけでなく真実の姿を映すものとして現れ、その姿に対する怖れや不安感を象徴することを示した。イレインが大学生の頃魅かれた絵画『アルノルフィーニ夫妻像』に描かれた丸い窓間鏡は、真実が見える丸い目のようであり、〈鏡〉は〈キャッツ・アイ〉とイメージが重なる。イレインが描いた自画像『キャッツ・アイ』でも、〈鏡〉と〈キャッツ・アイ〉のイメージが合体している。〈鏡〉や〈キャッツ・アイ〉は真実を見る目である一方、一旦それに捕えられると人は身動きできない。一つの見方に固執することは真実を見誤ることにもなる。そのため、それを叩き壊して自分を解放しなくてはならない。そこから多面的な真実が見えてくることを提示した。

 将来画家となるイレインは、光を反射するガラスの効果に魅かれると共に、さまざまに変化する色に関心を持つ。光はガラスのプリズムを通ると色が分かれるように、光と色は密接な関係がある。そこで、作品に出てくる「色」の用語を分析し、黒、白、青、緑、赤、紫、それぞれの「色」が表す意味や、登場人物を象徴する「色」を考察してみた。

「色」は光の角度や見方によってさまざまに変化する。イレインが顕微鏡で覗いた色とりどりの細胞のスライド、光を反射する〈鏡〉やビー玉〈キャッツ・アイ〉のシンボルは、兄が惹かれた夜空の星々のイメージとつながって、彼女に真実の多面性という新たな視力を与えているようだ。このように、シンボルや「色」のイメージという芸術的ヴィジョンが、光学や宇宙物理学という科学的知見と融合するアトウッド作品の特徴を明らかにした。

 

 

<特別講演>Special Guest Lecture

 

講演者 (Lecturer): マドレン・ティエン(Madeleine Thien)

講演題目 (Title): The Field of Sound

司会・報告 (Chair / Reporter) : 岸野 英美会員

 

今回の特別講演には、2016年にDo Not Say We Have Nothingでカナダの総督文学賞やスコシアバンク・ギラー文学賞など多くの賞を獲得し、今、世界的に注目されている作家マドレン・ティエン氏にお越しいただいた。マレーシアから移住した華人系の父と香港出身の母を持つバンクーバー生まれのティエン氏は、“The Field of Sound”との題目で、音を聴く行為について考察された。

ティエン氏は、人権侵害には政治権力によって隠蔽された歴史があり、これは沈黙に結び付くと指摘された。しかし、沈黙(silence)は、西洋においては音の不在を意味するが、東洋では漢字に「黙」「静」「寂」とあるように多様で、音の存在を意味する言葉ともなる。ティエン氏はここに着目し、沈黙の可能性を語られた。

また長い歴史の中で、いかに多くの音楽家たちが自由に表現することを制限されてきたかを解説された。かつてスターリン政権下のソ連で、プロパガンダ音楽家とみなされつつも体制に抵抗しようとしたショスタコーヴィッチやプロコフィエフ、中国の文化大革命期に弾圧されて晒し者にされても決して屈しなかった賀緑汀、カンボジアのポルポト政権時代に迫害された多くの音楽家たち。ティエン氏は、史実と音楽家たちの深い関わりに加え、音楽の時間的な結びつきをも伝える。毛沢東が亡くなった翌年1977年、紀元前433年に製造された世界最古の楽器、編鐘(青銅の鐘)が偶然中国人民解放軍によって曾侯乙墓で発見されたことや、1978年の賀緑汀の上海音楽学院における活躍ぶり、1979年に中国へ招待されたアイザック・スターンによるバイオリン指導、これらは奇跡的に繋がっているとティエン氏は示唆された。

ティエン氏にとって文学は聴くという行為である。そして他者の心に耳を傾けることで自己と向き合うことにもなると述べる。私たちは異なる文化や歴史、価値観を視野に入れながら、あらゆる人や物事に耳を傾けることが大切であるとティエン氏は教えてくれた。

 本講演によって、Do Not Say We Have Nothingへの理解と関心がより深まった。またティエン氏の穏やかでユーモア溢れるお人柄と、一方で、徹底した調査をもとに積極的に執筆される作家としてのお姿を垣間見た講演ともなった。

 

 

  シンポジウム Symposium

 

テーマ:カナダのゴシック文学Gothic Literature in Canada

 

 

シンポジウム:カナダのゴシック文学 (Gothic Literature in Canada)について

司会 長尾 知子会員

 

 近年のゴシック批評ブームのなか、カナダでも自国のゴシック文学について体系的に論じられるようになった。文学史上でマイナーな存在であったゴシック文学は、20世紀になってからまとめて扱われるようになり、ゴシック研究が緒に就いたのは1970年代以降である。一方、カナダ文学が開花したのは建国百周年を迎えた1960年代といわれる。そのような遅咲きの新興文学にあって、「ゴシック」は、どのような展開を見せてきたのか。シンポジウムの導入として、カナダ文学史の決定版『ケンブリッジ版カナダ文学史』の記載状況から、カナダのゴシック文学の受容傾向を探った。

 当文学史では、ゴシックを体系的に論じてはおらず、「ゴシック作家」の記載もない。「ゴシック」という用語では、カナダの地域と結びつけた名称、「プレーリー・ゴシック」、「サザンオンタリオ・ゴシック」、「マリタイム・ゴシック」を使用し、作風を表現するのに「ゴシック的響き」「ゴシック的感性」「ゴシック的筋立て」「ゴシック様式で」「家庭的ゴシック」と評しているが、あくまでも断片的言及に留まっている。

 本シンポジウムは、文学史レベルでも認知度の低いカナダのゴシック文学について、その一端を紹介することを目指した。まず総論として、ゴシックの現況と系譜を踏まえ、英系カナダのゴシック文学の特異性に触れ、事例となる研究発表としては、世界文学レベルで認知されている、唯一のゴシック作家アトウッドと「ゴシック」との関連、さらにコンテンポラリー文学で注目されている「マリタイム文学」における「ゴシック」の表現手法と機能について論じた。

 

 

<発表1> ゴシックの系譜と英系カナダのゴシックをめぐって《An Introduction to the Genealogy of Gothic and Gothic in English-Canadian Literature    (長尾 知子会員)

 

 「ゴシック」という用語は、定義づけを拒み、ジャンルを越境する表現モードとして知られる。本発表では、まず「ゴシック」の変幻自在ぶりを確認したうえで、宗主国イギリス発祥の古典ゴシック小説の系譜を辿った。アメリカ小説の父C.B.ブラウンは、ゴシック全盛期(1790~1830年代)の一角を担い、ゴシックは主流として独自の系譜を形成するに至ったが、革命を選ばなかった英系カナダでは、元祖ゴシック小説『ワクースタ』(1832)も、英文学の亜流にならざるをえなかった。本発表では、作者ジョン・リチャードソンの時代を、祖国イギリスと隣国アメリカの文学事情とを対比的にチャート化して提示した。カナダ生まれの作家には、アメリカの国民文学のように「ないない尽くしのジレンマ」という欠落を逆転する反骨精神は見られない。新世界に付きもののジレンマを、歴史小説の体裁や、ゴシック小説のモチーフ、コンセプト、道具立ての代替物を逐一再創造することで解消したようだ。

 英系カナダ文学の読み直しが始まった1980年代以降、『ワクースタ』は、カナディアン・ゴシックのルーツとして脚光を浴びるようになった。コーラル・アン・ハウエルズは、『ワクースタ』を、コロニアル作家スザンナ・ムーディの『未開地で苦難に耐えて』(1852)と共に、「ウィルダネス・ゴシック」の系列に入れ、百年間影を潜めたのち、アトウッドの作品に引き継がれていると指摘している。ポストコロニアル文学においては、その地域ごとにゴシック性を見せる作品群が注目されるようになった。ティモシー・フィンリーは、自らも含め、アトウッド、コーエン、エンゲル、マンローらには、オンタリオ南部地域がカナダ特有の場所であり、ホラー、殺人、暴行が珍しくもない場所との共通認識があるとし、その作品傾向を「サザンオンタリオ・ゴシック」と称したのだった。

 今世紀カナダのゴシック批評に先鞭をつけたエドワーズは、『ゴシック・カナダ—国民文学の亡霊を読む』において、明確なアイデンティティを形成できない「不安と恐怖を抱かせる」効果にゴシック性を見出したが、エドワーズの路線はその後のゴシック批評にも受け継がれている。本発表では、『ワクースタ』とオヘイガンの『テイ・ジョン』(1939)を取り上げ、「ゴシック・モンスター」としての側面に注目した。

 さらに、カナダのゴシック批評には、「ゴシック」の証として引き合いに出される「幽霊」や「亡霊」という概念が、強迫観念のように、カナダの評論家に取りついている現象を指摘し、カナダ文学の特質を言い当てるキーフレーズ「幽霊不足にとりつかれて」にまつわる諸事情を探った。

(付記:本発表は拙書『英系カナダ文学研究―ジレンマとゴシックの時空』(彩流社、2016年)第I部序論「カナダ文学をめぐるカナダ事情」の第二章「ゴシックの系譜—古典ゴシック小説から英系カナダのゴシックへ」、及び第II部「コロニアル作家の選択―ゴシック小説か移民体験記か」の第三章「辺境カナダのゴシック『ワクースタ』―カナダ人作家、ジョン・リチャードソンの挑戦」の一部を簡略・図式化したものである。)

 

 

<発表2>  マーガレット・アトウッドのゴシックの視点 Margaret Atwood’s Point of View on the Gothic Writings                                            (中島 恵子会員)

 

 Lady Oracle (1976) は、主人公ジョーン・フォスターがコスチューム・ゴシックと呼び執筆する伝統的なプロットのゴシック物語に英文学史上の名作が随所に重ねられる。ジョーンはオンタリオ湖に身を沈めるという偽装自殺の計画を遂行し、トロントから飛行機に飛び乗ってイタリアに行き、ローマ近くのテレモトに滞在し『恋につきまとわれ』(Stalked by Love)の原稿を書き進める。彼女が書くゴシックの数編がイタリックスで本文中に挿入され、彼女の少女時代が回想として語られる。ジョーンはバレエの発表会でモスボールの役割を振り当てられたイモムシみたいな身体の少女から、「レディ・オラクル」という自動筆記による前衛詩が評判となり、「ラファエル前派の絵画を思わせるほっそりとした長く赤い髪の美女作家」に成長し変身する。前衛詩人チャックとの恋愛を暴かれ、強迫めいた事件が起こる中、テレモトへの失踪は、自己発見の旅の始まりだった。執筆中のゴシック物語のヒロインを、レドモンド・グレンジという屋敷に招かれた宝石細工師のシャーロットからレドモンド卿の三番目の妻で三角関係にあった悪役のフェリシアに変更する。美徳や貞淑という旧弊な考えにあきあきしたというのがその理由である。新しい女性観がジョーンに変化を与えた瞬間だ。再び書き始めた原稿の中では、グレンジの庭園のメイズの中心にある謎の空間がクライマックスの舞台となる。ゴシックに感化されすぎ、誰かに追いかけられているというパラノイアに陥ったジョーンが、ドアの前に現れたレポーターを間違ってチンザノのボトルで打ちのめし大けがをさせるが、病院に担ぎ込まれたこの包帯の男性が彼女にやさしく接し、ロマンスの始まりを暗示する。ジョーンはもうコスチューム・ゴシックはやめて今度はSF小説を書こうと意欲を燃やす。現実と虚構のすべてが形態変化(metamorphosis)し、ヒロインの前途にも光が射してくるようだ。教養小説(Bildungsroman)、芸術家小説(Künstler Roman)などの文学形式を多様なゴシックを軸に結び合わせたLady Oracleはアトウッド(Margaret Atwood, 1939- )の実験的ゴシック・メタフィクションである。

 1983年に発表した二つの短編集の表題作もゴシック仕立てである。「青ひげの卵」の主人公サリーは、心臓外科医の夫のエドがテディ・ベアのように純真無垢か、あるいは女性を次々と犠牲にしていく「青ひげ」なのかというミステリーの渦中に巻き込まれる。同時に、彼女が通っている講座のバーサ先生が語る「青ひげ」についてのアサインメントもこなさねばならない。現実と創作の二つの難題に立ち向かうサリーは、バーサ先生のユニークな「青ひげ」に現れる卵の視点から書くという斬新な発想にいたる。「闇の殺人ゲーム」は創作の原点として、子供の遊びである闇の殺人ゲームにゴシックの視点を据えている。『寝盗る女』(1993)ではヴァンパイア、魔的なアマゾネス、エニグマとしてのズィーニアが異彩を放つ。短編集『テント』(2006)にも古代のプロクネーの神話を素材とした幽霊話「ナイチンゲール」が展開する。短編集『ストーン・マットレス』(2014) の「アルフィンランド」ではコンピュータを通して亡くなった夫の声を聞く高齢の女性作家が同名の自作に昔の恋人や恋敵を閉じ込め、ギリシャ神話の女神のような蜂の女王Frenosiaも登場するゴシック・ファンタジーである。「私は赤く光る歯のズィーニアを夢見る」では、トニー、カリス、ロズの3人に悪の限りをつくしたズィーニアが変身して3人のもとに戻ってくる。彼女たちは高齢になった今でも協力しあって生きている。Queen’s St. WestのToxique(有毒亭)はとうの昔になくなっているが今でも一緒に食事をする。カリスが飼っている犬のクウィーダ(Quida)が、再び彼女のもとに戻って来たろくでなしのビリーに噛みついてカリスを救う。この白と黒のブチ犬が実はズィーニアの化身 (incarnation) でありコミカルなゴシック短編となっている。アトウッドの視点は、常に形態変化し変容するゴシック空間に向けられている。

 

 

<発表 3>(ポスト・)インダストリアル・マリタイムスを描く:ゴシック的表現手法とその機能Representing the (Post - ) Industrial Maritimes with Gothic Troupes: Fall on Your Knees   and Mercy among the Children                                    (荒木 陽子会員)

 

長尾先生よるカナダのゴシック文学の総括、中島先生によるアトウッド作品のゴシック性の研究に続き、本発表ではカナダ沿海諸州を主要な舞台として描かれ、カナダ国内で商業的成功を収めた小説David Adams RichardsのMercy among the Children (2000)と、Ann-Marie MacDonaldのFall on Your Knees (1996)を取りあげた。そして、かつて地域を支える産業が存在した地域――林業・製材・製紙業など森林資源を基盤とする産業が存在したニュー・ブランズウィック州のミラマシ川流域(Richards作品)、石炭を中心とする鉱業とそれを利用した鉄鋼業が基盤であったノヴァ・スコシア州シドニー周辺(MacDonald作品)――を舞台として、産業衰退後の語りの現在から描かれる、ゴシック的な表現(特に超自然現象、荒廃した建物や土地、登場人物の異形など)に注目しながら、それが作品中で果たす役割を検証した。そして、これらの小説では作者たちが、カナダ沿海諸州周縁部に存在する社会的・文化的「ゆがみ」を表象すると同時に、読者のためにエンターテインメント的な効果を生み出すために、ゴシック的な表現を利用していることを示唆して発表を終えた。

発表後には、「マリタイム(ないしはアトランティック・カナディアン)ゴシック」というコンセプトの使用状況、マクドナルドの戯曲作品のゴシック性、カトリック信仰とゴシック表象との関係などに関して、貴重なコメント、質問を得ることができた。

 

 

 

35回日本カナダ文学会年次研究大会における総会議事録

 

第35回日本カナダ文学会年次研究大会開催に際して行われた総会の議事録を以下に記録する。審議事項、報告事項はすべて承認された。

 

開催日時:2017年6月17日(土)13:15~13:45

開催場所:大阪樟蔭女子大学 高智館(1号棟)4階 R456

会員総数:総会員数69名中19名出席・委任18名  総会成立

 

審議事項

1.  役員選挙結果

以下の新役員が選出されました。

  佐藤 アヤ子、室 淳子、松田 寿一、村上 裕美、長尾 知子、大塚 由美子、戸田 由紀子、

荒木 陽子

    「日本カナダ文学会役員選出規定」の第2条により理事会が必要とし、増員する役員。

  ビバリー・カレン

 

次期役職、及び各種委員

  顧問:浅井 晃(名誉会長)、堤 稔子(名誉会長)

  会長:佐藤 アヤ子

  副会長:室 淳子、松田 寿一

  会計委員:*室 淳子

  紀要委員:*大塚 由美子、原田 寛子、ビバリー・カレン、佐々木 菜緒

  HP委員:*戸田 由紀子、荒木 陽子、村上 裕美

  NL委員:*松田 寿一、沢田 知香子

  渉外担当委員:*佐藤 アヤ子、ビバリー・カレン

  会計監査:*長尾 知子                              (「*」は、委員長)

2018年度「年次大研究大会」開催校

  椙山女学園大学(名古屋市)

 

2.  次期大会シンポジウムのテーマ

    検討中。

  

3.  紀要の件

  1)紀要印刷所の変更を検討中。

2)バックナンバー希望者は、送料を添えて会長に申し込む。

 

4.会員増の件

  PRに努める。

 

報告事項

1.決算報告

       出版用積立金を前年度繰越金に組み入れる。

 

2.入退会者

入会者:城後 安代(慶応義塾大学通信教育課程在学)

塚田 英博(日本大学非常勤講師)

 

退会者:竹中 豊、藤野敬介、馬場広信、大阪教育図書

内田能嗣(顧問は終身役職であるが一身上の都合により退会)

 

                       (文責 佐藤アヤ子会長)

 

 

事務局からのお知らせ

<新会員紹介>

今年度入会された方をご紹介します。

〇 岡裏 浩美(福岡大学非常勤講師)

冷戦期のアメリカ演劇を研究しています。トロントに一年間滞在中に、地元のリージョナル・シアターやオルタナティブ・シアターの自主制作劇を鑑賞したことから、カナダ演劇に興味を持ちました。先日、トロントのSoulpepper Theatreがオフ・ブロードウェイに進出したこともあり、今後はアメリカ演劇とカナダ演劇の比較研究をしていきたいと考えています。

〇 城後 安代(慶應義塾大学通信教育課程在学中)

慶應義塾大学通信教育課程に在学しております城後安代です。卒業論文で『赤毛のアン』と喫茶文化についての考察をしたことでカナダ文学に興味を持ち、入会させて頂きました。モンゴメリ以外のカナダ文学は詳しくありませんが、喫茶文化については多少の知識があります。関東地区での開催の時には参加させて頂きます。

〇 塚田 英博(日本大学非常勤講師)

専門分野はカナダ文学、19世紀イギリス文学です。学部生時代、アメリカのミネソタ州に短期留学した際、カナダ人大学生からカナダの話を伺い興味を抱き、マーガレット・アトウッドの小説を読み始めました。予てよりカナダ文学会に入会したいと思っておりましたが、戸田先生とのご縁があり念願が叶いました。所属なさっている先生方にご教授を頂き、カナダを学んでいきたいと思っております。

〇 松本 朗(上智大学)

20世紀イギリス文学・文化、なかでもヴァージニア・ウルフを中心とするモダニズム文学を中心に研究しています。カナダについてはまだまだ勉強不足ですが、作家ではマーガレット・アトウッドとアリス・マンローなどに関心があります。どうぞよろしくお願い申し上げます。

<退会者>

内田 能嗣    竹中 豊            馬場 広信    藤野 敬介    賛助会員:大阪教育図書(株)

 

<学会費のご案内>

2017年度の学会費がお済みでない方は下記の口座までお納めください。なお、2016年度以前の学会費がお済みでない方は合わせてお振込み頂けましたら幸いです。

(振込先) 

郵便振替口座: 00990-9-183161 日本カナダ文学会

銀行口座:  三菱東京UFJ銀行 茨木西支店(087) 普通4517257

             日本カナダ文学会代表 室 淳子

正会員    7,000円 学生会員  3,000円

 

編集後記

 

今号は6月に開催された年次研究大会の報告を中心に作成しています。発表者、報告者の皆さんには多忙な中、ご寄稿いただき、誠にありがとうございました。今回はカナダからティエンさんにご講演いただき、会はさらに充実したものになりましたが、来年度もぜひ現地からゲストスピーカーをお招きしたいものです。近年はさまざまな事情、とりわけ予算等の関係から外国から作家や詩人を招くことが難しくなってきています。かなり昔になりますが、札幌でもアメリカン・センターや大学の主催するポエトリー・リーディングが行われていました。ゲーリー・スナイダー、過日亡くなったジョン・アシュベリ、ロバート・ブライ、ジェローム・ローセンバーグ氏など著名な米国詩人が来札したのです。アシュベリ氏とは直接お会いすることはできませんでしたが、訪れた方々からじかにお話が聞けた感激は今も忘れられません。会長をはじめ、本会会員には現地カナダ作家とつながりのある方も多いと思います。来年もこうした企画が実現できるよう、皆で知恵を絞っていきましょう。           (M)

さすがに秋の気配が感じられるようになりました。ひととき日本の夏を逃れるはずが、スペインの陽光に晒されて一週間を過ごしました。東西融合の歴史が圧倒的な美として刻まれた古都トレドやコルドバをめぐり、グラナダやバルセロナのタブラオで入魂のサパテアードに毎夜胸を打たれたのはすでに夢の中のことのようです。時差ボケの冷めぬ頭を抱えつつ激務の日々に戻りましたが、次々と興味深い年次大会報告を拝読しましたおかげで覚醒してまいりました。過酷な業務の合間を縫ってカナダで夏を過ごされた会員もおられることと思います。すてきなカナダ便りなど、この場でもお聞かせ願えれば・・・。どうぞよろしくお願いいたします。                            (S)

本学会ニューズレターは、カナダ文学に関する読書会や出版の案内、活動報告など、本学会会員のご投稿を反映させていくものです。寄稿をご希望の方はぜひ、事務局までご連絡をお願いいたします。本ニューズレターは、公式ウェブサイト(http://www.canadianlit.jp/)と共に、電子配信のみでお届けしております。会員の皆様には経費節減にご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。          (M & S)

 

36回日本カナダ文学会年次研究大会のお知らせ

 

「第36回日本カナダ文学会年次研究大会」は、戸田由紀子会員のご尽力で、2018年6月16日(土)に椙山女学園大学(名古屋市)で開催されます。大会のシンポジウムのテーマは現在検討中です。研究発表者を募ります。希望される会員は佐藤アヤ子会長までご連絡ください。

 

訃報のお知らせ

 

 

本学会名誉会長の浅井晃先生が、本年4月21日、91歳で逝去されたとの連絡を受けました。先生は本学会の創立メンバーです。1990年~2000年まで長く本学会会長を務められ、日本カナダ文学会を、日本のカナダ文学研究を牽引されてこられました。ここに先生のご逝去を悼み、遅ればせながら謹んでご冥福をお祈りいたします。次号NLでは先生を追悼する特集を企画したいと思います。   (NL委員)

                             

 


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