遠野物語 2.マタギのこと  

遠野物語 2.マタギのこと  2010.8.2. 金森正臣

 遠野物語に、マタギのことが出てきた。東北から信濃までぐらいの日本の北の山地に生活していた狩猟を生業とした人々である。私は、小学校に上がる頃から高等学校卒業までを、長野県の八ヶ岳の北の山麓で育った。村の一番奥の集落で、冬になると熊撃ちを専門に行う猟師が3人ほどいた。その一人は家も近く、特に可愛がってもらった。研究をするようになって、子どものころに熊が獲れた時に見ていた儀式は、マタギのものであったと気がついた。

 「遠野の物語」のマタギの話の中に、木の枝を使って、自分の通った跡を他の人に知らせる方法があることが載っている。どの父系の人がどの方向に行ったかを、通路の脇に残して行く。このような方法はアフリカでもあり、伊谷純一郎さんの「チンパンジーの原野」(1993 平凡社)に出てくる。255ページには、木の葉に切り取りを入れた絵が描かれている。切り込みで動物を表し、その動物は家系を表している。狩猟ピグミーのキャンプでの話で、葉の向きによって行く方向を表している。また、葉の古さによって、どのくらいの時間が経って居るかも知ることができる。見事な情報伝達である。同じような山の中での情報伝達方法が、異なる大陸で使われていることは、基本的には人間が同じような思考過程を経ているように思われる。

 今から40年以上前に、新潟県と福島県の県境付近を調査に2ケ月ほど歩いたことがある。尾瀬ケ原の国立公園地域を広げるための調査で、私はこの付近の環境を、小哺乳類から調査する役割であった。調査では、一人だけキャンプをすることが多かったので、キャンプの助っ人が3人付いてくれた。そのうちの2人は、マタギの仲間で、冬の熊撃ちの話や山での生活の話を沢山聞かせてもらった。その頃は、まだ自分の専門以外にはほとんど興味を持って居なかったので、多くの情報を聞き逃していた。それから15年ほどして、彼らが最後のマタギたちであったことを知り、もっといろいろ聞いておけばよかったと悔やまれた。

宮沢賢治の「なめとこ山の熊」に出てくる、小十郎はマタギを描いたものと思われる。人柄や生活は、まさにマタギのもの。
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