余命宣告というのは、ドラマなどでこのシーンが良く登場することなどから、一般の人にとっては進行がんの治療において必須のもののように思われています。
しかし、実際には余命宣告は必須ではなく、また医師と患者の間で様々な誤解を生む、要注意な事象の1つでもあります。
しかし、そのことはあまり一般の方には知られていません。
今回はそんな余命宣告について私なりに解説して、どのようなことが問題で、本来はどうあるべきかを考えてみたいと思います。
一般の人が考える余命宣告
一般の方の理解としては、余命宣告は同じ病状にあるがん患者が平均的に生きられる時間、つまり、あとどのくらいの期間を生きられるかの予想と考えていると思います。
この余命宣告はかなり正確で、例えば3年と言われたら、その前後数ヵ月の短い期間でほとんどの人が亡くなるものと思っている人も多いようです。
また、最も問題なのは、余命宣告されたら生き残る可能性がほとんどない、と勘違いしてしまうことも多く、この点が医師が思っている余命と相違があり、
大きな勘違いを生む根源となっています。また、余命宣告という言葉はあまりに重い言葉であって、これが与える精神的なダメージも大きな問題となります。
余命宣告はどのように行われているか
実際の医療において、余命宣告はどのようにされているでしょうか? 実は、余命宣告にはこうしなさいという明確なルールがあるわけではなく、
医師が行っている方法も様々です。
中には、誤解を生むため好ましくないという考えから、そもそも余命宣告しない医師もいます。
それに対して、治療の厳しさを理解してもらうために、必ず伝えている医師もいたりします。
また、8ヵ月などの1つの数字をいう医師もいれば、2〜3年などとかなり幅をもたせて伝える医師もいます。
医師側が告知する目的は、患者側に情報を提供するのみでなく、患者側が期待していた予後よりも早くに亡くなり、
治療が悪かったのではとトラブルになるのを防ぎたいという意図もあります。
医師側の問題点としては、全ての医師が完全に患者側の余命に対する理解の程度や、受け取り方を把握していないことで、
時に余命宣告することで医師患者関係が悪くなるケースも実際に見受けられます。
どうやって余命を推定するのか?
さきほど言ったように決まったルールがないので、余命を推定する方法も様々です。
一般的には、同じ治療を数百人に行った論文のデータなどや、自施設のデータをもとにして、
生存曲線の中央値(50%の方が亡くなられる時期)をあげて説明するのが一つの方法です。
他には、医師自身の臨床経験から大体の期間を言われる方もいます。しかし、医師自身もこの余命としてあげた期間が正確とは思っていません。
あくまで大体の目安だと考えています。
正確な余命宣告はそもそも困難
余命宣告というのは正確ではありません。
それは医師が技量不足・知識不足だからではなく、本来のがん治療というのはとても複雑で、将来を単純に予想できるものではないからです。
同じがんに対して同じ治療をしたとしても、生存できる期間には大きな開きがあります。
なぜ、そうなるのかといえば、そもそも患者それぞれの身体的特徴(体力・年齢・持病など)が違い、治療の反応が異なるからです。
さらに、がん治療を同じ治療レシピで行う場合でも、手術でどのぐらい取りきれるのか、化学療法をどこまで完遂できるのか、治療の反応はどのぐらいか、
転移がどこに起こるか、再発に対して再手術できるか、再度の化学療法ができるかなど、治療が変化する要素はあまりに多くあります。
治療には様々なイベント・分岐点が時空間的に存在していて、それがどちらになるかは予測できないため、はっきり言えば予想不可能です。
実際の予後とはどのようなものか?
では、同じ病気と診断された人には、どのくらいの予後の開きがあるのでしょうか? ここに1つの例を出して解説したいと思います。
ここに示したグラフは、メラノーマという皮膚のがんの患者データです。これは新しい治療群(青線)と偽薬群(赤線)の予後を比較した試験の結果です。
グラフの見方ですが、縦軸が生存されている患者さんの割合を示しています。それに対して横軸は月数です。
最初の0ヵ月の時点では100%の患者さんが生存されています。
月が経つにつれて徐々に線が下に落ちているのは、この時点で亡くなられた人がいることを意味しています。
では、次にこのグラフの青線(新規治療群)のみに注目してください。
この患者さんたちの平均余命を伝えようとしたら、この青線の人が50%生存されている時の約15ヵ月ということになります。
ただ、良く見てください。亡くなられているタイミングがこの15ヵ月前後に集中しているわけではありません。
最初の6ヵ月の時点でも20%近くが亡くなられていますし、30ヵ月が経った時点でも30%近くの方は生存されています。
この違いを生んでいるのは、さきほど言ったような患者の状態や、転移腫瘍がどこにあるのかとか、薬物療法にどのぐらい反応が見られたかなどで変わります。
もちろん、この曲線はがんの種類によっても変わりますが、どのがん種でも著しく中央値に偏って亡くなるということはほとんどなく、
このような広い幅で亡くなられています。
余命が起こす問題とは?
では、さきほどのデータをもとにして医師が15ヵ月くらいだと伝えたとしましょう。
その場合、患者や家族は大体12ヵ月〜18ヵ月程度くらいかなという予想をおそらく立てます。しかし、この期間で亡くなっている方は20%程度しかいません。
ここで問題が起こります。この15ヵ月より早くに亡くなると、残された家族は医師の治療が悪かったのではと不満に思ったりします。
逆に、30ヵ月以上たっても元気に生きておられる方は、15ヵ月でもうダメだと余計な失望を感じながら、暗い日々を送らなければいけなかったかもしれません。
結果的に余命を伝えたことで、医師は信頼を失うし、患者は余計な不安を抱えたことになります。
実は、正確になり得ない余命告知をすることによって、医師・患者の両者とも損をすることになります。治療オプションが多いほど、生命予後が長くなるがんほど、このずれは大きくなります。
大事なことは今後に何が予想されるのかを聞くこと
自分や家族ががんと診断された時に、本来真剣になって聞くのは余命ではありません。余命は正確に今後を予想する指標にはなりにくいものです。
それよりも聞くべきことは、さきほど言ったような治療の分岐点(再発・追加治療など)がどのようなもので、それがどのようなタイミングで起こるかです。
たとえば、最初の標準治療を受けて、その後再発が起こるのは何%くらいの人なのかや、それは何年目に起こるのか、もし再発が起こったら、
どのような治療手段があり、それはどのような効果があり、どのくらいの期間安定した状態を保てるのかなどです。
それらの治療の分岐ポイントはどういうものかを把握することで、自分の治療の全体像を時間軸を含めて知ることができます。
そして、実際の治療をしていく中で、今後についてもある程度の把握と予想をしながら進んでいくことができますので、不安感が軽減されます。
しっかりと話を聞けば余命を聞く必要はなくなる
私が脳神経外科医として、脳腫瘍患者への病名告知をしていた際には、「先生、余命はどのくらいですか」と良く聞かれました。
その時は、まず最初に治療の分岐点やタイミングなどの話を詳しくします。そうすると、ほとんどの患者は「良く分かりました。その話を聞くと、現時点ではどのぐらい生存できるのかなんて予想できないですね」と理解してくださって、余命を聞く意味がないことを理解してくださいます。
もし、どうしても聞きたいという場合でも、さきほどの例であれば、大体4ヵ月から30ヵ月です、というように、とても広い幅があることを伝えて、間違った理解をしないように促していました。
医師と患者間でしっかりコミュニケーションをとれば、余命を聞く必要は自然となくなることが多いのです。
余命宣告が必要な場合もある
これから治療を始めようという時に「余命宣告」をする意味はあまりありません。しかし、余命宣告が意味を持つ場面もないわけではありません。
それは、本当に進行してしまったがんで、すでに多くの治療オプションを使い果たし、今後に行える治療がとても限られている場合などです。
そのような場合には、多くの治療分岐は存在せず、医師側としても比較的正確な予想が可能な状態となってしまっています。
そして何より、患者・家族が残された時間を知ってもらい、貴重な時間を有効に過ごしてもらうために、伝えてあげた方が良い場面もあります。
もちろん、患者や家族が希望するということが大前提ではありますし、伝え方を含めて、大変に慎重な対応が求められます。
患者さんに願うこと
今回解説したように、皆さんが当たり前と思っている余命告知というのは、残念ながら誤解を生み、医師・患者ともにメリットがないことが多々あります。
一般の方には、この余命というものの実態をもっと知ってもらい、本当に知るべきなのは余命でないことを理解し、
予想される治療経過・分岐点などについての情報を良く聞いてもらいたいと思います。
また、医療者の方にも患者の理解の仕方を考慮してもらい、広い幅で伝えるなどの配慮をいただければと思います。
もっと、余命告知に関しての理解が深まり、患者・医師ともに不利益を被らないようになってもらえればと願っています。