「ジミー大西」 作品展に行ってきました。
会場は大勢の入場者で混んでいて なかなか進まず時間がかかりました。
原色の色合い、明るい配色、思いもつかない構図 楽しい作品展です
今回初めて公開の 絵本の原画もたくさん展示されていて
一番気に入ったのは 「団扇」の 『冨士と桜』で 色合いが素敵でした
「冨士見桜」
グッズの販売もあり、ここもまた混み合っていて レジは長蛇の列でした。
ミニ団扇とはがき3枚、を購入しました。
「ジミー大西」 作品展に行ってきました。
会場は大勢の入場者で混んでいて なかなか進まず時間がかかりました。
原色の色合い、明るい配色、思いもつかない構図 楽しい作品展です
今回初めて公開の 絵本の原画もたくさん展示されていて
一番気に入ったのは 「団扇」の 『冨士と桜』で 色合いが素敵でした
「冨士見桜」
グッズの販売もあり、ここもまた混み合っていて レジは長蛇の列でした。
ミニ団扇とはがき3枚、を購入しました。
真如堂(真正極楽寺)
比叡山延暦寺を本 山とする天台宗のお寺
日本三如来一つで、長野の善光寺、京都の清涼寺、そして、真如堂の阿弥陀如来と続きます。
閑静な境内に、本堂や三重塔、鐘楼堂などが建ち並び、東山(大文字山)を借景にした「涅槃の庭」が拝観できる
ダ枳尼天 だきにてん
日本最初の稲荷大明神
真如堂、三重塔裏のしだれ桜
たて皮桜 幹の皮目が縦になっている桜の木
金戒光明寺 こんかいこうみょうじ
会津墓地
金戒光明寺境内の北東の小高い丘に建っている西雲院の墓地に 会津墓地はにあります。
京都は、長州藩佐藩などの過激浪士が天誅と称してテロ行為を繰り返していました。
そのため、治安は悪化し、都の人々は震えあがり、安心して眠れない日々が続きました。
江戸幕府は京都の治安を守るために、従来の京都所司代と京都町奉行に加え、新たに京都守護職を置くことにしたわけです。
文久2年(1862年)、京都守護職に任命されたのが会津藩主の松平容保(まつだいらかたもり)だったのです。
当時の会津藩は財政的に窮乏し、また、幕府の権勢が衰えてきていたことから、
家老の西郷頼母(さいごうたのも)と田中土佐は、京都守護職を辞退するように容保に進言します。
しかし、会津藩は将軍家を守護する存在であったことから、容保は止むを得ず、京都守護職に就任しました。
同年12月24日、家臣千人を率いて京都に到着し、
京都所司代、京都町奉行所の出迎えを受けて本陣の黒谷金戒光明寺に入陣しました。
黒谷金戒光明寺は、自然の要塞になっており、御所や粟田口にも近く軍事的要衝の地でした。
しかし会津藩の犠牲は大きく、戦死や病死する者が続出しました。
そこで本陣の金戒光明寺の山上に三百坪の墓地が整備され葬られました。
その数は文久3年(1863)から慶応3年(1867)までの六ヶ年に二百三十七霊を数え、
後に慰霊碑を建立し鳥羽伏見の戦いの百十五霊を合祀しました。
傀儡塚 くぐつづか
変わった形の石碑がありましたが、説明書きの字が薄れ読めませんでいたので
帰宅後 調べてみたところ・・・
伝統人形劇人の鎮魂の碑でした。
傀儡師 かいらいし・くぐつし とは?
江の供養塔
今回の旅は どこへ行っても 満開の桜が出迎えてくれ ラッキーでした!
銀閣寺に行きました。中学の修学旅行以来?かな?
満開の桜並木を歩いて・・・
哲学の道とは、南の若王子神社から北の銀閣寺までを結ぶ、約1.5kmの散策道。
南禅寺境内の水路閣から送られてきた疎水(そすい)の流れに沿って続く道。
道沿いには桜が植えられ、春になると桜のトンネルを散策できる絶好の観光スポット
銀閣寺門前
慈照寺(銀閣寺) 世界文化遺産
入るとすぐの 椿の生垣は見事!圧巻でした!
観音殿(銀閣) 国宝
池の砂を掬い上げたという「向月台」「銀沙灘」 銀閣寺形手水鉢
東求堂 とうぐどう 国宝
哲学の道~銀閣寺門前
幸せ地蔵さん
大文字送り火の消し炭を使った,注連縄飾り
大きな消し炭を半紙に包み水引を掛けただけのもの、注連縄飾りと一体化させたもの,
祇園祭の厄除けちまきと一緒に飾ったものなど,色々な飾り方があります。
半紙には「上」とか「大」とか書いてあるものもあります。
この注連縄飾りは,銀閣寺門前にある家々のものです。
もともと五山送り火の残り炭は,半紙に包み軒下に吊るしておくと魔よけになるといわれており,
送り火の翌日には早朝から火床に残った炭を拾いに行く人でにぎわいます。
大きな炭はなかなか残っていないものですが,さすがに地元だけあって,大きな残り炭が手に入るようです。
満開の桜を堪能しました。
先日 桜並木のある近所の川辺に 友人5人で出かけました。
暑いくらいの快晴で 桜はハラハラと散りかけてはいましたが とっても綺麗でした!
ずーっと彼方に 女子大の桜が見えました。
川鵜が飛来して・・・ 鮎など小魚を食べ漁る「有害鳥」のイメージがあります。
白鷺や青鷺も何羽も居りました。
災害時の標識かな? 道標
今年最後の花見かも?
満開の桜の樹の下での お弁当 美味しかった~❤
楽しいひと時でした(^O^)/
こんな短い橋?と驚きました!
これでお金取ってたのか!とびっくりしました。
せっかくなので「近江牛ステーキ」をいただきたったのですが
あまりの高値で 手が届かず・・・・
江戸時代 草津は宿場町で
本陣2軒、脇本陣2軒、旅籠70軒余りを構え 多くの旅人で賑わっていた。
台所
湯沸屋形 和宮 通行の時の昼食の再現が展示されていました。
湯殿で使うお湯や馬を洗うお湯を沸かした。
滋賀県草津へ行きました。
江戸時代には東海道と中山道が接する宿場町(草津宿)として栄えた。
また、今はJR東海道本線・草津線、国道1号・名神高速道路・新名神高速道路など日本を東西に結ぶ交通網を有しています。
道標
市の花 「あおばな」
大帽子花(オオボウシバナ)とも言いつゆくさの変種です。
昔から子どもの胎毒下しやひきつけの薬として使われていたとも言われ、のどの痛みなどの風邪の予防、
神経痛やリュウマチなどに効果的な浴湯料としても使用されていたといいます。
食後の血糖値の急激な上昇を緩やかにする 、皮膚の活性化を図り、老化を防ぐ。
「あおばな」の若葉は、サラダや和え物として食べることができます。
花の観賞後は、葉や茎を天日干しにし、自家用あおばな茶として活用できます。
ローソク店があったので そこで「あおばな」の話を聞きました。
染物に利用されているそうでした!
我が家にもたくさん生えてくるので、今年はお茶や、染物に利用しよう!と思いました。
「あおばな」摘み
近所の桜もあっと言う間に 満開となり
昨日の雨、今日の強い風の為散り始めました。
ご近所 T邸の桜 見事です!
パチンコ店の桜 たくさん散ってて 葉がチラホラ・・・・
例年より随分早く開花した今年の桜 一週間ほどで散り始めました。
花の命は短くて・・・・
ハラハラと散る桜は 風情がありますが 寂しさもあります。