LOVE STORIES

Somebody loves you-J-POPタッチで描く、ピュアでハートウォーミングなラブストーリー集

ホワイトラブ 4

2014-10-31 13:51:21 | 小説

 4 セントラルパーク
 (から続く)

 白井愛から電話がかかってきたのは、金曜の夜のことだった。
「明日、お暇ですか」
「一応空いてるけど」
「だったら、またお会いしたいです。イサカでもいいですよ、都心からも近いし、私の実家からも近いし。こないだ歩いた時も誰も気づかれなかったし。」
「結構、有名人なんだ。びっくりした」
「何見たんですか」
 僕は、雑誌の名前を告げた。
「やだ、あれ、恥ずかしい」
「でも、お仕事でしょ」
「そう、お仕事」
「またオファーが来ればやるんでしょ」
「ええ、お仕事があるうちが花ですから。嫌ですか」
「別に。僕が決めることじゃない」
「つまらない答えですね」
 なんとなく雲行きがあやしそうになったので、話題を切り替えた。
「駅の裏のイサカヒルズというショッピングモールがあって、その裏にセントラルパークという公園がある。そこの入り口付近のロータリーはどうかな。交通の便はいいけど、人は少ないよ
「バトミントンでもしますか」
「なんでバトミントン?」
「場所どこでもできるし、ボールみたいに飛びすぎないし、私にできる数少ないスポーツだから」
「言っておくけど、僕は強いよ」
「私も負けません」

 まるで盾と矛の話みたいだった。僕の矛で彼女の盾を突いたらどうなるのだろう。
翌日僕の前に現れた彼女は、大きな茶色い縁のメガネに、白い帽子をかぶっていた。白いブラウスに、グレーの膝丈までのスカート。スリムに伸びた足がまぶしかった。
 肩にかけた大きなスポーツバッグから、ラケットを二つと羽根を取り出し、人気のない草地の一角で僕たちはネットのないバトミントンを始めた。
「いつでもどうぞ」
 彼女は、羽根を打ち、僕は打ち返す。それが延々と続いた。100回、200回とラリーが続き、いつまで経っても決着がつかない。何だ、これ?
 少しコーナーに揺さぶってみるが、彼女はしぶとく打ち返してくる。右に振っても、左に振っても同じだった。結構、運動神経いいんだ。いい加減疲れてきた。こうなったら、あれを使うか。
 彼女が高めに打ち返してきたのを見計らって、僕はくるりと前に宙返りしながら、羽根を打ち返した。一瞬、彼女は僕の動きに目を奪われ、羽根を見失った。彼女の足元にポトリと羽根は落ちた。

「何ですか、今の?」
「ごめん、キリがないと思ったから。とっておきの秘密兵器。このへんで休まない?
「ええ。でも、すごいです。何であんなことできるんですか」
「高校時代器械体操やってたから。」
「へえ、運動神経いいんですね」
「球技はあんまり得意じゃないけど。自分一人じゃできないから」
「私も卓球とバトミントンしかできないんですよ」
「要するに、二人とも個人プレイヤーってことかな」
「そうみたいですね。私たち結構相性いいのかも」
 思わずその言葉にはっとした。彼女は、結構人気のアイドルだった。そして、僕はただのフリーターにすぎなかった。その二人がこんな風に時間を過ごしていいのか。幼なじみとか、学校の同級生でもないのに。今に、よからぬことが起きるにちがいない。だから、僕はいつも感情を波立てることなく、クールでいようとした。お姫様に仕える騎士のようなものだ。
「すごい汗ですね。はい、タオル
「汗っかきだから。ほっとけば乾くよ」
「駄目ですよ、風邪ひいちゃいます」
 芝生に腰を下ろし、自分のタオルで汗をぬぐいながら、髪を整えていた。その姿が妙に色っぽかった。
「何見てるんですか。汗もふかないで。駄目じゃないですか」
 彼女は、自分のタオルで僕の額の汗をぬぐい、そして首周りの汗をぬぐった。すごく近くに、息がかかりそうなくらい近くに彼女の存在を感じた。どくん。

 木漏れ日の落ちる初夏の公園を一回りした後で、僕たちはイサカヒルズのパーラーで、パフェを食べていた。
「こんなことしてて大丈夫なの?
「今日は久しぶりのオフですから」
「そうじゃなくて」
「そうじゃなくて?
「いや、なんでもない」
「変なの。でも、楽しかったですよ。まさかあんなウルトラCが出て来るなんて思わなかったし。体操やってた時のこと聞かせてください
「あんまり話したくない」
「どうしてですか?
「怪我をしたんだ。それも大会で」
 床運動で、ロンダートから入り、バク転、そして後方の二回宙返り。だが、欲をかいてそこにひねりを入れて着地でバランスを崩してしまったのだ。
「決まれば格好よかったんだけど。足首複雑骨折して、立てなかった。それだけじゃなくて、苦悶のうめき声あげてうずくまって、そこで試合終了」
「それは大変でしたね。でも、見てみたかったな。シンイチさんの二回宙返り」
 彼女は初めて僕の名前を口にした。
「それっきりだったんだ。高2の冬でさ。怪我が完治する高三の春には、引退の時期が近づいてて
「残念でしたね。でも、またやればいいじゃないですか」
「どこで?
「今はわからないけど、きっとそのうちどこかで」

「シンイチさんて面白いですね、箱の中にいろんな秘密が隠してあって、なかなか出てこない」
「面白くないよ。パンドラの箱を開けば、世界に災いが飛び出すんだから」
 でも、僕の中にはまだ開いていない箱があった。そのことは、彼女に気づかれてはいけない。そう、決して。
「今度は、私の好きな場所で会いませんか」
「どこ?」
「サタケ商店街」
「何、それ?
「知らないんですか、サタケ商店街、結構いいところですよ」

へ)

『ホワイトラブ』目次
1.プロローグ
2.ホテルニューイサカ
3.白井愛
4.セントラルパーク

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