神の御心のままに

本・文字、会話、夢、体験などを通した真理

「箱庭」

2020年09月10日 | 神の御心

その場所は、誰もが知ってて誰もが知らない。

だけど、本当は誰もが行ける場所。

虹色アーチをくぐるには、疲れたり苦しんだりする道を通ってこなきゃいけないと、多くの人は思ってる。

そのうえ、やっとそこに辿り着いても、ふつうの人たちは引き返してしまうかも知れない。

何故なら、ふつうの世界には見えないから、入るのをためらってしまうかも・・・。



光り輝く木々や草花に囲まれたこの世界には、

原始人にお釈迦様、猫の親子と会話をしている人間や、長椅子に座った見猿聞か猿言わ猿たち。

刀を振り回してるひげを生やした乱暴そうな男。

不思議の国からやって来たアリスに、変てこな壺がお気に入りの変てこな人。

それに、ポパイやオリーブなどなど。

ここは、ありとあらゆる全てのものたちが入り乱れる世界。

いろんな人種、さまざまな種類の動物たち、全ての意志が通じ合える世界。

ケンカをしても、それはお互いを理解し合った上での‘ケンカごっこ’。

さまざまな生き方・考え方を、聞けて取り入れられて分かち合える世界。

落ち着いていて、不安は何もない。

穏やかというだけではなく、ワクワク出来るとても楽しい世界。




それでも、とうとうためらいを捨て、虹色アーチをくぐった者は、ひとつのことを試される。

アーチをくぐったすぐそこに、水鳥の浮く池がある。

池の中の水は、いろんな色に輝くビー玉色。

金色・銀色・赤・青・白・黄・ピンク色・・・。

池のはしには、釣り糸を垂らした笠をかぶった怖そうな人がいる。
(何か言われそう!)

反対側のはしには、寝そべって知らんぷりしたカッパがいる。
(ぶっ気味ぃ~!)

そしてそこには、池の向こうに渡るための橋がない。
(一体みんなはどうやって渡ったのだろう?)


戸惑う者に、どこからか声がする。 

≪踏み出しなさい≫


「池の上は歩けない」という思いも捨て、そのまま一歩を踏み出してみる。

池の中のビー玉の色は、輝く魂の色。

魂の色は、そのままの自分。

ビー玉の池は、踏み出す勇気さえ持っていれば、ふつうに歩けるのです。

≪何もいりません、そのままのあなたでいいのです≫


ビー玉の池を渡るあなたの輝きに、笠をかぶった釣り人も、知らんぷりしていたカッパも、祝福の微笑みを贈っています!

~ 来てくれてありがとう、あなたの存在に感謝します! ~


以前の私は、虹色アーチをくぐり抜けたこの世界を、ただ遠くから見つめ、

そして時には中の住人に見つからないよう、近くからそっと眺めているだけでした。

入りたいけどちょっと怖い・・・。

でも、やっぱり入ってみたい!

だけど、どうやって入ったらいいのかが分からない・・・。

入り方の分からない私は、「きっとこんな私ではだめなんだ」そう思っていたのでした。

しかし、「そのまま、ありのままの私でいいんだ」と、自分自身を赦し受け入れたとき、私は虹色アーチをくぐり抜け、今ここに存在(いま)した。


過去も未来も現在も、『全ては今ここにある』。




■まだ心理学やスピリチュアルなど全く浸透していなかった頃、「箱庭」を体験した。

そこにあった、いろいろな子供のおもちゃのような人形や雑貨を使って、思うままに「箱庭」を作った。

自分の内面に隠れているものが、そこには現し出されるという・・・。

今でこそ、「画像に撮って保存」なんて事が当たり前だけど、当時はまだそんな時代じゃ無かった。

「箱庭」を作ったその日に、私は大まかな内容の文章と「お絵描き」に、その様子を残した。






そして、「箱庭」を作った数年後、上記の文章を書いた。

あの時、「箱庭」に現し出した世界を、私は実際に今歩んでいる。

全ては神の御心のままに。



今此処に、目覚めるとき

2020年08月31日 | 神の御心

■今、答え合わせの時代(とき)

答え合わせが始まる

もうすでに始まっている


地球人類は「神の御心のままに」生かされている

全ての人は「神の御心のままに」常に今此処を生きている


(令和2年8月31日追記)



■全てに感謝

全部ありがとう


私たちは調和した自他一体

「あなたは私で私はあなた」

今此処に目覚めた私たちは

調和した自他一体を知る


(令和2年6月17日追記)



■もうすぐ光が到達する。

その光に無傷で堪えうる者は、その光に同化出来るだけの

潔白さ、正直さ、実直さといった、心を持ち合わせる者。


心の闇が深ければ深いほど、心中暗ければ暗いほど

その光の衝撃は大きい。


その衝撃の大きさ故に、堪えうる事が出来ない者の

崩壊作用もまた大きい。


今世界は、

「金によって奴隷化され支配されていた物質の時代」から

「愛によって自由で解放された精神の時代」に変化しようとしている。

それはすなわち『神性の自覚』と『霊性の復活』。


やがて全ては、〝今此処〟に目覚める。


(令和元年12月2日追記)



■今、人類の目覚めと浄化の時。

光り差すところ、闇は消え去る。

一点の曇りも許されず、光明によって全ては照らされる。

どんな小さなことでも、どんな些細なことでも。

たとえ、どんなにうまくそれを隠せたと思っても。

それらは、必ず、あぶり出され、手放すことを促される。

一点も、一握りも、絶対の例外はない。


『次元の変化の波を渡るには、光の波に乗るためには、自らを濾過し浄化して、次なる波動と同じ光と化しなければならない』

そのために、大きくこの世は乱れ揺れている。


しかし・・・

『あなたに訪れたその変化は、素晴らしい世界への扉を開くことでしょう』


今起きている全ては、「神の計画」「人類自身の計画」。

神である地球人類の、「神性の自覚」と「霊性の復活」。

『神の申し子である一人一人が、今こそ『祈り』を復活させるとき』


あなたは私で私はあなた。

全てのものは、自他一体(ひとつ)の生命(いのち)。

『私はあなたを愛してる』『あなたは私を愛してる』


そして、今此処に、目覚めた。



■ある時 ある場所 私は祈っていた。
そして 受け取った。

鳥居の足元はぼやけ 今まで信じられてきたものが崩れる。
枠が消失する。
支えが壊れる。

人類の行く末。

すべてが覆る。
掻き乱される。
掻き回される。

激動・激変・右往左往・混沌・苦渋
価値観の転換を余儀なくされる。

私は 驚愕し 動揺した。


地球は、人類は、必ず光差す明るい未来に向かうのだと、祈る私は感じていた。
しかしながら、光差すほうへと向かうとき 通らねばならないポイントがあった。
自らが更なる光の存在となるためには 開かねばならない扉がそこにはあった。

次元の変化の波を渡るには、光の波に乗るためには、自らを濾過し浄化して、次なる波動と同じ光と化しなければならない。

各々のパンドラの箱を開け、その中身をきちんと受けとめ受け入れ認めたとき、
自分を含めた全てを許し、全てのものと一体となったとき、次元変わるその扉は開かれる。

価値観の転換は、扉へ通じる唯一の道。
それを促すものは、驚愕し、動揺するほどの「激動・激変・右往左往・混沌・苦渋」。

しかしそれさえも、神の計画、光の計画。
地球人類が選んだ魂の進化。

その計画が齎す悲しみ苦しみ絶望感は、地球人類に愛の心を思い出させる。
同慈同悲を引き出されたものたちが、価値観の転換を余儀なくされ、約束された一定の数を超えるだろう。

全ては愛のために。
地球人類の魂の栄光のために。

今、目覚めるとき。


■【あなたに訪れたその変化は、素晴らしい世界への扉を開くことでしょう】

予想もしなかった出来事が、ある日突然として起こることがある。
否応なく、今までの生活に変化がもたらされる。

あがいてもあがききれない、進まねばならない道筋が見える。
そこには、決して人間智では計り知れない「神の計画」がある。

「神の計画」とは世界を動かすこと。
それは善なる愛なる光なる世界へと、全てを展開させること。

あなたに起きたその出来事・変化は、まさしくそのためのもの。
今まで固く閉じられていた神秘なる扉は、訪れたその変化によって、あなたの感情や意志に関係なく開かれる。

それは、「神の計画」だから。
あなたは紛れもなく、神の申し子の一人なのだ。


人間は神の子、仏の子。
神聖なる神の分身、神そのもの。
ゆえに「神の計画」とは、すなわち「人類自身の計画」でもある。

訪れた変化の意味するものは、生き方の修正、生活の在り方。
今を悔いなく生き切る「生」と「死」の価値転換。

自分の「生」を振り返り顧みる自分の問題。
自分の「死」を受け入れ認める自分の問題。

訪れた変化が促すものは、『人間とは何か?』『自分とは何か?』
そんな最も本質的な疑問の掘り起こし。

喜びも悲しみも波のように引いては寄せる、一繋がりの一つの生命(いのち)。
「あなたは私で私はあなた」
みんな誰もが「自他一体(ひとつ)」と知る。

祈りと愛で呼び覚まされる、地球規模での「神性の自覚」と「霊性の復活」。

今、目覚めるとき。


■その悲しみの中で、私は何を見つけただろう?
その苦しみの中で、私はどんなことを感じただろう?
この境遇において、その悲しみや苦しみは、私にどんなことを教えてくれているのだろう?

それらの体験が教えてくれたものは、
私にとって、気付くべき、思い出すべき、とても大切なこと。

その悲しみ、その苦しみ、この境遇が、もし私に与えられて無かったなら、
私はその大切なことに、果たして気付くことが出来たのだろうか?

身を切られるような想いもまた、様々なことを私に教えてくれる。


人間智では何も出来ない自分の無力さ。
計り知れない自然への人間の愚かさと平伏。

愛を忘れ
利己主義の赴くままに
人間が創り上げた組織の崩壊。

生命(いのち)を忘れ
欲に駆られ流されるままに
人間が創り上げた仕組みの崩壊。

神の申し子である一人一人が、今こそ『祈り』を復活させるとき。

「あなたは私で私はあなた」
私たちは「自他一体(ひとつ)」

『私はあなたを愛してる』
『あなたは私を愛してる』

今、目覚めるとき。


■奏でられる 五の和音
封印されたオトを思い出させる

織られるオトは いのちの調べ そして 歓び

五のオトが波にのるとき 伝わる約束 再建のとき
それは無限の調和 放射状の愛

五の和音は 私に人の定めを思い出させ 唄を歌わせた


古(いにしえ)から続く 深い絆
誘(いざな)う音色は 縁(ゆかり)ある響き

幾重にも重なる 時を 今超え
やっと辿り着いた この地で あなたと廻りあう

繰り返す生命(いのち) 姿を変えて
初めてで懐かしい言霊 私の心を揺さぶる

この地に吹く風は 時の流れを包み
太古からの果てない想いを繋ぐ

吹雪く花びら 目覚めを迎え
移りゆく面影に 幻を見る

明かされる扉

真実の意味

交わされた約束

愛しき人よ

この地に吹く風は 時の流れを包み
太古からの果てない想いを繋ぐ

吹雪く花びら 目覚めを迎え
移りゆく面影に 幻を見る

吹雪く花びら 甦る生命(いのち)
流れゆく輪廻の波に 君とたゆたう



<神子屋ブログ掲載文>

地球という場への感謝

2019年10月10日 | 神の御心

「食べること」への感謝

「あること」への感謝

「味わうこと」への感謝

「自分の体」への感謝

「時の刻み・日の進み、暦とリズム」への感謝

「体験すること」への感謝


全ては神の御心のままにあることを感謝いたします。



<私の祈り方/祈りの言葉>

『私は私を』

2018年04月27日 | 神の御心

「私は私でありたい」

「今を生きる私でありたい」

ずっとずっと、そういった生き方を選んできたのだから。

死を迎えるときが来ても、私は私の選択をちゃんとするだろう。


たとえ誰かに理解されなくても、私は私を理解しているから・・・。


出来事の全てに感謝を捧げます。

ありがとう。



<神子屋ブログ掲載文中>

カケラの詩『罪は無い』(再掲)

2018年03月17日 | 神の御心

人間智では理解不能の 繰り返す鎖の輪。

隠されたカラクリ 人類の業。


愛深き罪人の 善行と悪行。

罪深き善人の 悪業と善業。

角度で変わる 曖昧な正悪正邪。


他人を縛り影響与える 独占欲と自己顕示欲。

他人を非難し中傷する 裁き心と批判する心。


放った愛無き行為に 返ってくるは冷たい仕打ち。

投げつけた心無い言葉に 戻ってくるは冷ややかな声。


現れて知る 自らの種まき行為と己の罪。

味わって知る 他人の傷の深さと慈しみの愛。


現れ出でるは 鏡に映った過去の行いと己の姿。


自分の幻に腹を立て 切り裂く陰は生身の自分。

見ていたものは過去の行い 見えてたものはかつての自分。


自らの行為に足立ちすくみ 自らの盲目に愕然とする。

心に波打つ 罪の意識と罪悪感。


自然と湧き起こる 罪を購う贖罪意識。

誘う道順 鎖の回帰。


繰り返す鎖の輪を断ち切る術は 始めから終りまで 『罪は無い』。



<カケラの詩>