神子屋教育🇯🇵(かみこやきょういく)

我が家流/みみかとママの「おうち」教育

パニック症候群日記/助けてもらう・・・ということ

2010年08月01日 | パニック症候群
私はどちらかというと自立心が強い。
なんでも自分でやらないと気がすまない。
ある意味、助けてもらうとうことが嫌いで苦手。
それに・・・悪いことと思っているかも知れない。

自立心を邪魔されるようなお節介や、やいりたいことを大きなお世話でちょっかい出されることは、誰でも嫌だと思う。
でも、助けてもらうということは、これとはちょっと違う気がする。

母子家庭である我が家は長年さまざまな支援を受けている。
初めの頃は支援を受けること自体がなんだか嫌で、支援脱却のために『働かねば!』の強い思いに駆られた日々だった。
結局、みみかの不登校や父の認知症などなんだかんだとあり、外で働く機会がないまま来た。
もちろん、これら表面的なものではなく、奥底での深い意味合いがあることは良く分ってる・・・・・。(人に説明は難しい)

いつしか、支援に対し少しは『有り難い』そう心から思えるようになった。
手放しで感謝を伝えること、お礼を述べることってムズカシイ。
どうしてかな?
私の場合、なんだか何かに負けたような気持ちになる。
プライドみたいものが疼いて素直に言えないことも多々。

でも・・・・・パニック発症中の今、そんなことは言ってられない。

関わりある人たちに片っ端からカミングアウト。
しんどいままの私、ヘロヘロな私、片付けられない(だらしない)私、ボーッとした私、ちょっとおかしい私、『酸素ちゃん』お抱えの私。
どんな私でもいいから、知ってもらって受け入れてもらわねばーーー!!

深く息が吸えない不安に、呼吸が出来なくなってしまうかも・・・?
その時は救急車を呼ぶようにと、みみかに指示。
基本みみかと二人きりの生活。
隣近所にも現状をカミングアウトして、みみかのこと、私のこと(救急車のこと)をお願いした。

『ヨッシャ、ヨッシャ、ワカッタデ!』
やら
『いつでも言うてや、頼ってや!』
やら
そんな言葉に救われる私・・・・・。

『助けてもらう』ことの心地よさを初めて感じた。
自分の全てそのままをオープンに出し、受け入れてもらえる開放感と安心感はこの上なく嬉しい。

素になったとき、『助けてもらう』有り難さが本当に染み入る。
そして、『助けてもらう』ことは悪いことではないんだと思えた。

それと、私の魂のテーマでもある「あなたと私は同等である」ということに、少し近づき思いを深め実践の道を歩めてる気もした。

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