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「少年の日」美術館 

2019-11-17 09:03:19 | 美術
新井 コー児 個展を見て、
同じ時代を描いていると言う共通点から、再掲載することにしました。
2006年3月の記事です。その後も何度か訪れています。

館長は安藤勇寿 ( あんどうゆうじ )画伯。自分の少年時代を描いている。
新井さんは自分で経験できなかった。憧れをやや斜に構えて、コミカルに描いているのに、安藤画伯は淡い思い出として描いています。
永遠の少年(少女)の心を持つ方には見ていただきたい美術館です。

場所は栃木県佐野市(旧田沼町)と群馬県からは離れていません。

「少年の日」美術館 ホームページ:http://www.shonennohi.jp

撮影禁止なので画廊内の写真はありません。

町並みを過ぎ、野を越え、川を渡り、どこまで行っても美術館らしいものがない。これは道を間違えたんじゃないのと思う位、街から離れています。


 


           敷地の入り口付近の大きな色鉛筆


ここは色鉛筆の絵画美術館。後姿は偶然通りかかったこちらの主人 画家の安藤 勇寿さん。


場所は栃木県佐野市御神楽にある小さな小さな美術館。


今は市町村合併になって佐野市になっていますが、少し前までは安蘇郡田沼町だったんです。


周囲は田んぼ、川、そして、山。自然のただ中にあります。


川を挟んでその反対側には神社があります。 御神楽と言う地名はこの神社に由来するものかもしれません。 ここで、作者は自分の原風景を描いているようです。 絵の舞台は昭和30年代頃の農村。今もそのままの風景がここには残っているのです。



                 本 館


本館入り口の上に大きな時計があります。小学校をイメージしているのでしょうか。 敷地の中に小さな小屋が2つあります。


 


                 ともだちの家


小屋の内壁には子供達の作品がありました。



              赤い郵便ポスト  


きょうだいの家 2つの小屋は子供達のアトリエなんです。


申し込めば、無料で貸して貰えます。 確かに、「こんなのがあったら良いなー」と思います。安藤さんはその夢を実現したのでしょう。 今日は歳時記展、常設展示でした。


 


                色鉛筆の列


館内入り口付近の壁にありました。まるでバーコードみたいです。


美術館の内部は広くはありません。大


展示室とその前後に挟むように配置された小さな展示室が2つ。 大展示室の3面の壁に大きな絵が3枚ありました。


一番大きいのが畳5枚分題名は”泣き虫”。 構想から完成まで3年掛かったそうです。 夕闇迫る農村地帯。今にも沈み落ちそうな真っ赤な夕日、ススキの穂が白く輝いています。 多分、けんかに負けたんでしょう。男の子が只一人。遙か遠く、家から漏れる暖かな灯りが見えます。 これを眺めていると、 じ~ん”と来てしまうのです。


家でお母ちゃんが待ってるよ。早く帰ろう!と声を掛けてあげたくなります。


次ぎに大きいのが畳3枚分のもの。題名は”花びらの画用紙”。 満開の大きな桜の木。ハラハラと花びらが落ち、地面は花びらで敷き詰められている。男の子が桜の木を囲むように棒きれで大きな円を描いています。その傍には子犬がそっと寄り添っています。微笑ましくも穏やかな春の日この華やかさは圧巻です。


もう一枚、これも畳3枚分だったかなー 朝霧に煙る漁村の風景。これは白黒のモノトーン。墨絵の世界のようです。この静けさは何なのでしょう。


大展示室の中央には長椅子が置いてあります。ここに暫く座り、時間を忘れぼんやり眺めるのも良いです。 少年、少女の時代にタイムスリップできるかもしれません。


美術館なので内部の画像撮影はできません。ここの作品を絵はがきにしたものも何枚か持っています。これをデジカメで撮って、その画像を載せることも考えたのですが、止めることにしました。 畳5枚、3枚の絵は画像ではとても再現できそうもないからです。



ここで来館者は絵の感想を書きます。 以前来たときには母も書きました。


館内では絵はがきを売っています。正真正銘の切手売り捌き所になってます。家族や友達にここで書いて、郵便ポストに投函できるのです。 ご近所の人も切手を買いに来るのでしょうか?


○インフォメーション 美術館では年3回の展示換えをしており、4月25日から開館4周年記念展が開催されます。 新作が発表されます。 その題名はボールと言う名前が付くと聞いています。


まさか、サーカーボールではないでしょう。 どんな絵なのかとても楽しみにしています。 休館日:毎週月曜日開館時間:午前9時30分~午後5時




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8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (ayugawa)
2006-03-30 12:29:36
こんにちは
例年に無い寒さでしたが、故郷の山に雪も無く春になったようです。 カメック君も越冬し一段と逞しく成長したでしょう。

何処から来たのか、人の蠢く街の狂気は何なのか!
カルチャーも疲れます。
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Unknown (田沼労働野武士)
2006-03-30 14:20:07
「田沼町を忘れない」にコメントして下さってありがとうございました。
ブログによってトラックバックできないのもあるようですね。特にヤフーなんかはなかなかトラックバックできません(笑)試しに私の方もトラックバックしてみます。

ついでに御神楽という地名はおそらく宇都宮神社から由来が来てるとは思います。田沼町史に書いてあったような気がします。家に帰ったらまた詳しく調べてみます。
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Unknown (カメック )
2006-03-31 04:10:15
ayugawa 様

県北は豪雪、県南は少雪でした。
冬将軍の訪れは早く、12月には鮎川の川面は結氷しました。
これは大変な冬になるかと心配していましたが、1月は例年並み、雪もほとんど降りませんでした。2月以降はむしろ暖かい日が多かったように思います。
ブログには時々寄らせて頂いております。

            地方住まいのカメック
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Unknown (カメック )
2006-03-31 04:27:57
野武士 様

格好良いハンドルネームですね。僕は憧れます。
御神楽の由来ありがとうございました。そうではないかと想像はしていました。
道路標識だったでしょうか。宇都宮の言う表示があり、宇都宮市とは大分離れており、何なのかナー、不思議だナーと思っていました。
郷土の歴史を訪ねるのは面白そうですね。

市町村合併が急速に進み、
はて、みどり市てどこだっけなんて、
その影で、旧町村名が消えてゆくのは。そこに住んでいる人には寂しいことです。
田沼町御神楽 → 佐野市御神楽 ですか
じゃなくて、佐野市田沼町御神楽だって良いと思うのですが・・・・、多分、役所の決まりごとがあるんでしょう。

トラックバックは相変わらずエラーです。残念です。            


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Unknown (田沼労働野武士)
2006-03-31 11:17:21
補足です)

御神楽という地名は田沼町史を見たところ、カグラは昔は「崖」という意味があったそうです。あそこに良く行かれると分かると思いますがあの地域は、野上川沿いなどに崖がけっこうあります。昔は、崖には神聖な神様がいると言われていたそうで、それで宇都宮神社などが建てられてらしいです。
そんなことが書いてありました。
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Unknown (カメック )
2006-03-31 23:50:52
>カグラは昔は「崖」という意味があったそうです。

そうなのですか。わざわざお調べ頂きありがとうございました。
僕は神楽舞と関係あるのかと思いました。

宇都宮神社と宇都宮市との関係はと想像は膨らみます。
きっと、宇都宮市は「宇都宮」に「市」が付いたんでしょうね。
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Unknown (カメック )
2006-04-07 05:24:04
田沼労働野武士さん

宇都宮神社の名前の由来、一寸分かりました。
宇都宮神社は僕の知っている限り宇都宮市にはありません。

宇都宮市の中心部に二荒山神社があります。

母も気になっていたようで、宇都宮市のHPを見たようです。

その結果、二荒山神社の社号が宇都宮であることが分かりました。そう言えば、二荒山神社の正式名は宇都宮二荒山神社でした。これまで宇都宮市にある二荒山神社かと思っていましたので、気にも留めませんでした。
鎌倉幕府の中枢にあった藤原宗円が宇都宮二荒山神社の宇都宮を氏とした。この宇都宮氏の治めた場所が地名になったようです。
宇都宮神社は二荒山神社と由来を同じとすると考えるてよいのでしょうか。

今回は歴史のお勉強をしてしまいました。(^_^;)
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Unknown (田沼労働野武士)
2006-04-07 12:40:26
ブログの方にコメントありがとうございました。
そうですね。宇都宮神社は二荒山神社から分家した神社だと思った方がいいですね。天満宮―菅原神社と同じような感じだと思います。
旧田沼町には4つ宇都宮神社がありますので、それだけ昔から宇都宮と交わりが深かったかも知れません(笑)


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