カルトvsオタクのハルマゲドン/虚業BLOG

オタクと政治に関するBLOG

1999年3月11日から3月20日 マシウスの夜郎自大日記

2012年03月27日 00時47分50秒 | Weblog
3月20日(土) えだの幸男オープンミーティング

えだの幸男(衆議院議員)さんのオープンミーティングに参加する。月1回、大宮公民館で開催されている。雨で寒い中、案外出席者が多かった。ほぼ満席。
今回のテーマは「年金」だった。わしにとって最も興味の薄いテーマだったが、全く退屈しなかった。えだのさんの論理は明晰であり、それを聴くのは快かった。明朗な知的快感を得る。
講演のメモを以下に記す。
年金は老後のための貯金ではない。貯金ならば国家がする必要はない。個人が老後のための貯金をすることにはリスクがある。インフレなどに対応できないからだ。老後何年生きるのか不明であるので、老後のためにどれだけの金を用意しておけばいいのか不明となる。また過剰な貯蓄は経済の停滞を招く。若壮年が老年を、国全体で支える、これが年金である。これを個々の家庭内で行うなら、子どもが産まれない可能性もある。年金の不公平は世代間で問題にするのではなく、同世代間でこそ問題とするべきである。年金は税制化されるほうが一元化する。消費税をそれに当てるのが望ましい。「目的税」という言葉が俗に言われるが、「目的税」と言うからには、財源としてそれ以外用いるべきではない。消費税は(医療介護を含めた)年金以外には用いず、従来の年金国民健康保険は廃し、それは消費税のみでまかなう、とするのが将来的に望ましい。消費税は逆進性が高い(所得の低い人の負担が大きい)と俗に言われるが、保険料の逆進性は消費税をはるかに上回る。ならば、保険料を廃し消費税をそれにあてるほうが合理的である。この場合消費税は10%ほどになる。現在の国民保険にも税金が用いられている。そのことを考えれば、このように改善するほうが低所得者にとってもよいものとなる。将来的には、国の仕事は、年金や社会保障のみに限定していく。

えだのさんの講演のあと、質疑応答。参加者の質問内容のものすごさにアホはオタクだけの専売特許でないことを知る。スタージョンの法則はどこでも有効だ。ちゃんと応対しているえだのさんはたいしたものだと思った。私なら途中でブチ切れている。

「政治家の仕事は問題を社会システムから捉え改善することだ」とえだの幸男さんは語った。それと対照的に、漫画家は読者一人一人の内面に対してそこに働きかけることが仕事なのだな、と、その夜考える。

えだの幸男さんのページへは、うちとこからだと民主党ページ経由で行けます。

邦夫ちゃんとは私は政治信条は異なるけど、相対的に見て邦夫ちゃんが今回の候補の中ではあれで一番ましなのだな、と、考える。少なくとも石原慎太郎よりははるかにいい。都知事選は邦夫ちゃんに勝ってもらいたいと思う。



3月19日(金) 飢えている

飢えている者は延々食い物の話をする。飽食する者はそれを不作法だと感じる。私は飢えている。飽食する者の口吻に漂う美食の香りに敬意は払う。しかし私は飽食しているわけではないので飽食している者と同じことはできない。この日、飽食されている敬愛する美食家から批判されたので、飽食している者の真似をはじめようかと考える。が、できようはずもない。飽食している者は飽食している者同士で不作法を軽蔑されていただきたい。文人相軽んず。空腹はある限界を超えると感じなくなるものであり、餓死寸前の者が飽食しているかのような錯覚をしていることはままある。私は餓死する気はない。

法案のこと、「よく頑張ってくれました」という言葉を、町田ひらくさんと、あじまるさんから、いただきました。これだけでいい。飽食されているかたがたから嘲笑されてでも無様にはいずった甲斐がありました。



3月18日(木) 児童ポルノ法案、今後など

児童ポルノ法案について特別な情報を私が持つわけではないですが、たぶん最終調整案で通ように思います。
「ポルノ」の定義等ではエクパット関西さんの意見を私は強く支持します。「ポルノ」の定義については、矯風会的発想と、最後まで論戦が行われました。エクパット関西さんへ対し私は最大限の敬意を払います。今回の法案はここまでの形となりましたが、今後見直しされるさい、いっそうエクパット関西さんの精神が鮮明となったものとなることを今は期待します。
余談じみますが、マンボウとか私とかがこの法案に注目した理由のひとつは、この法案が実質上「悪書取り締まり」のための警察(それを含む「悪書追放」圧力)の新たな武器を与えることにならないか、という危惧でした。
「なにを『児童ポルノ』と呼ぶのか」について、法案は、かなり繊細なところに落ち着いたように私は思います。

さて、この法案成立にやや先立ち、ニュースなどでこのような報道がなされました。「『児童ポルノ』をCDロムに焼き付けたものをインターネットなどで販売していた男が逮捕された」・・・私は、これに、一種の作為を感じます。議論に議論を重ねた「児童ポルノ」という(法的)概念を、故意に不鮮明にした報道であり、警察発表だったと感じるからです。私が言っているのは、一種の陰謀論かも知れません。しかしながら、「児童ポルノ」という定義について、これまで重ねられた努力を無効化させることは望ましいことだとは私には思えません。

「悪書追放」の精神は、「人権」とは別なロジックによって成立しています。「人権」と対立するロジックです。
「悪書追放」運動は、「読書空間」の成立と、軌を一にします。「家長も知らないこと」を本で知る。読書は読む者に批判的態度をもたらします。「悪書」とは「書物」そのものを指します。「家長」にとって恐怖なのは、「悪書」自体の影響力だけではなく、家族の一人が「悪書」を手に、(家族)共同体とは別な、一人きりの世界に閉じこもることが、恐怖なのです。批判的態度を持ち、個が確立すること、それは、「家長」的実存を持つ者から見たら「共同体解体」の恐怖です。この恐怖が、「悪書追放」の精神を支えています。

「悪書」である、「有害」である、という論拠として、「有害コミック」のときも、「子ども」が持ち出されました。今回の「児童ポルノ」ではさらに「子ども」と「子どもの被害」についてより検討と論議が深化したように思います。
私自身は、たとえば「マンガ防衛同盟私設掲示板」管理者として、議論の深化にほとんど寄与しなかったばかりか管理者としてふさわしくない発言も繰り返してしまいました。そのことを、掲示板参加者ならびにマンガ防衛同盟に対し、謝罪し反省します。

法案は万全なものではないし、ぼんくらしているとせっかく積み重ねられたもの、それに傾けられた人々の労力が無視され、誤用運用される恐れは、これは人間のすることですから、常にあります。私たちはそのときに無神経な既成事実に負けることなく、「なぜ」なのか、「どういう論理なのか」を吟味し、法の濫用であるときには濫用であると主張することが、私たちに課せられていると、私は考えます。

これはあくまで私個人の感想です。(市民団体)マンガ防衛同盟その他は一切無関係です。私はマンガ防衛同盟の役職を昨年いっぱいで降りました。私のHPで「私設」してました「マンガ防衛同盟私設掲示板」もこれを機とし閉鎖いたします(市民団体マンガ防衛同盟並びにマンボウMLは私とは関係なく継続しますのでご安心を)。おつきあいいただき、ありがとうございました。



3月17日(水)

風邪に負けてる。



3月16日(火)

風邪に負けてる。



3月15日(月)

接骨院へ行く。肩の痛みは風邪による炎症とのこと。接骨院では冷湿布になるのでこれに適さないと教えられる。薬飲んで寝る。



3月14日(日)

朝、曽さん、一時帰国。
夜、首から肩にかけて、筋を違える。



3月13日(土)

風邪が好転しない。



3月12日(金)

ネーム2本。うち一本、18ページ用のもの、11ページでネタが終わる。自主没。やりなおし。



3月11日(木) 体験の総合

3月7日の日記で、就学以前の幼児段階から、視聴覚媒体によって情報を吸収し、知能形成をおこなってきた子供たちは、学校で系統的にあたえられる知識についても、その理解の仕方がちがいはじめているのではないかという意見もあるのだ。という小松左京の文を引用したけど、宮崎駿「出発点」(徳間書店)にはこんな文があった。

よく思い出してみると、この商売に入ったとき、自分たちも実に愚かな若者だったんですよね。だから「近頃の若いもんは」ということは言わないようにしているんですけど、この頃、これはちょっとまずいんじゃないかなと、職場の中にいても感じるんですよ。体験が、総合されないんですよ。これは恐ろしい経験なんですけどね。
どういうことかというと、自分の絵なら描ける、それも結構上手に描く。だから試験に受かって、ここに入ります。だけど仕事は自分の絵を描くことじゃない。人の絵をとりあえず動かしたり、間に絵を入れたりしてやるわけです。そうするとこれまでなら、その経験が自分の描く絵に戻ってきて、自分の絵がちょっと変わったり、人の絵を動かしているんだけど、自分の絵の経験がちょっとそっちに生かされたりしながら、少しずつ経験が膨らんでくる。けど、全然それが総合されない人間が出てきちゃったんです。いまから十年ぐらい前からです。本人はものすごく苦しみながらやってるんですけど、その苦しみの経験が、自分の描く絵の中に何も投影されないんですね。そのための神経索がつながってないんですよ。それは多分もっと小さいときにつながるべき神経索だったんだろうと思うしかないんですね。
色を塗る仕事があるんですが、僕らの世代では遅い早いはありましたけども、必ずある一定のところまでは誰でも塗れたんです。そこから先は適性がものをいって、手早にできるとか、てきぱきできるとか、才能を発揮していい色を決めていくとか、いろいろ広がっていくんですけどね。ところが最近は、入ったときから一年間なんにも進歩しない子がいるんです。本人は必死にやるんですよ。みんなが帰ったあとも一人残ってね。でも経験が蓄積されてこない。こういうことは僕らは予想もしていなかったことなんです。

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