「家」 @ 鎌倉七里ガ浜 + 時々八ヶ岳

湘南七里ガ浜(七里ヶ浜とも)から発信。自分の生活をダラダラと書きとめるブログ。食べ物、飲み物、犬の話題が多い。

八ヶ岳西麓原村(7) 葬式、戒名、墓

2024-01-09 16:30:43 | 八ヶ岳西麓の楽しい暮らし
名著「葬式は、要らない」。

幻冬舎新書。著者は島田裕巳(ひろみ)さん。


2010年に出た本だ。当時すでに読んだ本で、それを私は再び読んでいる。

二度目の読書はいいね。

理解が深まるし、年月を経て自分の知識もかなり増えているので、読むのが楽しい。

島田先生は宗教学者である。

この本の出版当時は東京大学先端科学技術研究センター客員教授(↓)だったが、現在は東京女子大学に勤務しておられるらしい。


この本には、日本の葬式についての島田先生の疑問がいろいろと書かれてある。


第一章から順番に、・・・

葬式は贅沢、急速に変わりつつある葬式、日本の葬式はなぜ贅沢になったのか。


世間体が葬式を贅沢にする、なぜ死後に戒名を授かるのか、見栄と名誉。


檀家という贅沢、日本人の葬式はどこへ向かおうとしているのか、葬式をしないための方法、葬式の先にある理想的な死のあり方。


因みに私の両親の話をすると・・・

1.葬式をしていない。
2.戒名ももらっていない。
3.墓もない。

焼いて、ただ海洋葬(散骨)を依頼しただけだ。

日本が私の両親みたいな人ばかりなら、この本も出版されなかっただろうね(笑)

私の父は生前私にこう言った。

「普段から何年も会ってもいない人ばかりなのに、自分が死んだあとにその人達にわざわざ遠いところから自分に会いに来てもらう必要がない。それって私にとってはおこがましいことだ。生きている皆さんには、もっと時間を他の有効なことに使ってもらいたい。だから私の葬式なんて不要だ。また死後に戒名をカネで買う意味がわからないから戒名も不要だ。自分は出家もしていないからな。みんな戒名を買いたがるが、戒名の本来の意味を知っているのだろうか。白洲次郎が何と言ったか(=白洲次郎は「葬式も戒名も要らない」と言った)、おまえ(=私のこと)は知っているか? 私は焼いてからただ海に撒いてもらえばいいから」と 。

母は父ほどの合理主義者ではないので、本当はどう思っていたかはわからないが、「私もそれでいい」と言っていた。余談になるが、私は父とは話が合うのだが、母の言うことは理解できないことも多かった。父の話はスッと私の腑に落ちるが、母は腑に落ちない話ばかりしたのである。

・・・なんてことを山荘で考えていた。

たまたま私はこの島田先生の本を山荘に持参していた。最近何人かの方の墓じまいの話を知ったからだ。ご立派な家系で相当立派な墓があり、その墓を引き継げそうな人がいっぱいいるのに、墓を潰してしまうことを決める親族が多いのだ。それはなぜか?・・・と考えていたら、もっと遡って、葬式って何だろう?ということを考えたくなったのである。

山荘でこんな本を読んでいたら、いや、こんな本を読んでいたからか、12月29日に義母が亡くなった。年末にそこから急にいろんなことが動き出した。義父はもう90歳であまり動けない。中心になって動いているのは義姉(=喪主)と妻である。

妻のものの考え方は、私や私の父のそれに似ているが、義姉の考え方はまったく異なる。私からすると随分不思議なポイントがいくつかある。

義姉は神道が大好きなのだ。義姉はある神様の信者らしいのだが、義母の死に際しては義母が形式的には浄土宗に属するということから、神道式の死後に付けられるおくりなではなく、本来なら仏教で生前に出家した僧侶に付けられる戒名が義母に授けられることを望んだ。

そしてインターネットでみつけたウェブサイト(?)で、義母の喪主として義姉は義母の戒名を急遽買って来た。因みに義母はもちろん出家もしていない。極めて俗っぽい(=悪い意味ではなく、現実的で冷静な)人であった。いよいよお別れとなる前には、神主でも僧侶でもなく、義姉自身が義母の前で祝詞(神式)かお経(仏教)かわからないが(その場に私はいなかった)、唱え始めたとのことだ。

優しかった義母のことや、今回のことをいろいろ考えていたら、私は音楽が聴きたくなった。

マイスキーって日本の曲も演奏しているのね。


浜辺の歌なんてのがあったよ。五木の子守歌も。


ではそれを。

浜辺の歌♪


沁みるねぇ。

高天からくちを飲んでいるからかな(笑)。


義母は優しい人だったよ。私にも丁寧に接してくれた。

夜遅くになり、室内が薪ストーブで暑くなり過ぎたので、空気を入れ替えよう。


「急速に変わりつつある葬式 - 「直葬」登場の衝撃」とある。


直葬は私にとっては衝撃ではなかった。

ここでいう「直葬」(じきそう、または、ちょくそう)とは故人がなくなった後、自宅に遺体を安置して近親者だけで通夜をし、火葬場に直接送り込むというものだ。つまり告別式とか葬式がないのである。

この本の出版よりはるか前に、私の父は正に「直葬」されたのである。私の母に至っては、遺体が自宅に安置されることすらなかった。自宅はすでになく、一人息子の私から600km離れた病院で亡くなった。コロナ禍の一番酷い時で、人が集まることすら危険視された。母は病院で亡くなり葬儀社の手で火葬場へと直接的に寂しく運ばれた。

だから私にとって直葬なんて衝撃でも何でもないのだ。

それで済むと考える私のような人にとって、現代において広く行われている葬式の多くは不思議なことでもある。


それでもまだ葬式とは、私にも理解できることではある。

故人と関わった人や故人に世話になった人が、故人のことを思い、故人をお見送りする儀式なのだから。

私が理解できないのは戒名だ。


まず本来的な話として、戒名とは出家した立派な人である僧侶が、生前に授かるものだ。



ところが現代多く行われているのは、生前出家もしなかった俗世界の人である故人のために、その死後になって遺族がカネを出して戒名を買うという行為である。



そしてこんなことが行われる仏教国は日本以外にはない。


お寺は「戒名がないと極楽浄土へ行けない」と言って、戒名を授かることを故人の遺族に勧め、相当な額のカネを取って似たような漢字を組み合わせた戒名を捻りだして来る。

俗人のためにカネで買う戒名などまったく意味がないと、私は不思議に思うのだ。

因みに、私の父が死んだ時「戒名無し、葬式無し、墓無し(海洋葬)」について、私はあるお寺の僧侶にその問題点を尋ねた。その方がおっしゃるには「まったく問題ない」とのことだった。死んだら土に還るまでのこと。戒名や葬式があろうがなかろうが、だれもがただ土に還るということらしい。

かつては埋葬方法の多くを占めていた土葬が、現代の日本の多くの場所で不可能になってしまっている。したがって厳密なことを言うと、故人のお骨は通常は骨壺に入れられ、それが墓石の下部のカロート(唐櫃、骨壺を安置するスペース)に置かれているから、土には還っていない。しかしまあ地面に近いところにはあるので、意味的には土に還ったと言えなくはない。問題はマンション型というか、建物の中の墓である。あれでは土に還ったとはまったく言えない。

私がお尋ねした僧侶はそのような意味のことをおっしゃった。恐ろしく先進的な考えを大胆に披露してくださった僧侶だったね。仏教界からは、それが今の仏教界の経済的基盤を崩すものととして嫌われそうな考え方だ。しかし物事を突き詰めて考えればそういうことになると私も思う。

土に還るという意味からしたら、私の両親の海洋葬(散骨)は最も基本に忠実な方法ではある。


葬式、戒名、墓。

加えて日本の墓って、基本的に家単位でつくるのはなぜだろう。個人別の墓ではなく、家単位で、複数の人の小さなお骨をひとつの墓の下の狭いスペースに一緒に入れることは、昔は支配的だった埋葬方法である土葬が日本では限られた地域以外で見られなくなってしまったことにもよるのだろう。加えて特に都市部やその郊外では人口密度の高さから土地が足りないことにもよるのだろうね。

女性の多くは嫁として戸籍上は別の家に入るが、墓が家単位になることにより、やがてその女性が亡くなると、生家とは別の嫁ぎ先の家の墓に、お骨となって入るケースが多い。なぜ?と私は思う。「そんなのごめんだわ」と思う女性も多いはずだ。そりゃそうだろう。私は男だが、私だったらそんなの絶対嫌だ。

「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利に ・・・」と日本国憲法に定められているが、戦後作られて来た日本の墓の多くが個人単位でないのは不思議だ。いろいろと不可解で、酷ですらあると思える日本の墓。

それだけ大変なことが多く、やたら高くつく墓なのに、その多くが世代が替わると墓じまいされてしまう近年の現実。

やっぱり私は散骨でいいわ。嫁じゃないけど(笑)。

考えるとキリがないが、歴史的にも浅い現代の様々な習慣がある。惰性的妄信的にそれらに従うのではなく、そもそも何のためにそれをしているのかってことくらいは、基本に立ち返って考えたい。

【つづく】
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33 コメント

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Unknown (えばら)
2024-01-09 16:54:20
走り読みしました。またあとで読み返します。
物事を突き詰めて考えるとはこういうことなんでしょうか。

おちゃさんの解説する住宅建築も、料理や食材の原理やその歴史を考えながらの調理も、鎌倉の道路上の歴史的な発見から始まる幅広い考察も、いつも面白いんですが、今回の投稿もそうですね。

巷に溢れる葬式や戒名についての説明を読む、暗記するのでは無く、そもそもそれって何? 本当に必要?と考えるところから始まる楽しい話。
ゆっくりまた読みます。
返信する
こんばんは (虫主婦)
2024-01-09 17:00:18
私も自分は葬式も戒名もいらないです。
樹木葬がいいかなーと思ってはいますが、海に散骨でもなんでも可。
とにかく自然に負荷がないようなやり方で。
一応、なんちゃって仏教徒ですが
出家してませんし

自分の親もそろそろお迎えが来て欲しいのですが、
親はかなり若い時分に墓を購入していました。
それはそれで、自分の墓くらい用意しておこう、
と思ったのでしょうけど、
その墓の滞納していた(!)管理料や、様々な手続きを、
子である兄が引き受けざるを得なくて、
今は迷惑を被っているという状況です。
墓じまいしてしまえばいいのでしょうけど、まだ誰も入っていない墓なんで。。。
親が死んで入ったら(二人とも)、そのあと墓じまいなのかな?
私も兄も入りたいとは思わないんですよね。
むしろ絶対入りたくない。
返信する
Unknown (1kamakura)
2024-01-09 17:33:38
江戸の秋

お義母様のご冥福をお祈りします。

私は死んだらどこでもいいです。
子供達が楽な方法で埋葬してくれればそれで。
お葬式もいらないし、戒名もいりません。
実家のお墓に入りたいとも思わないし。
というか、実家のお墓(霊園にある)は妹が継いでいるけど、子供がいないから墓じまいしなくてはいけません。
返信する
Unknown (おちゃ)
2024-01-09 17:46:24
えばらさん

お褒めに預かり、ありがとうございます。
また解説を読んで、楽しんで頂きありがとう
ございます。

この話、そもそもそれって何?ってところに
行きつきますよね。その意味は?という
ところに。なんとなくみんなそうして
いるからってのが多いんですが、改めて
昔読んだ本を再び読んでみました。
返信する
Unknown (金木犀)
2024-01-09 17:51:37
おちゃさん、こんばんは。

お葬式、お墓の問題は、ここ30年、
次男である父から相談されて懸案事項でした。
樹木葬のところを私が探して決めていましたが、
最近になって、急に、
四天王寺さんの本家のお墓に入ることになったようです。
合理的なようで、優柔不断でよくわかりません。

母は、クリスチャンで、服部緑地に合同葬と決まっています。

両親のお葬式は、父は優柔不断、
母は牧師さんを呼んでしてほしいという希望があり、
3年前に家族会議で、
なるべく簡素な家族葬にするということに決まりました。

私個人は、直葬・墓なしでいいと思っていました。
お骨と言っても、一部を持って帰るだけで、
大半は他の方のお骨と一緒になるんですもんね。
でも、いろいろ考えて、
今は簡単な家族葬と生地に近い合同樹木葬ということに決めています。
また変わるかもです。








私自身は、直葬儀
返信する
Unknown (おちゃ)
2024-01-09 17:54:27
虫主婦さん

樹木葬ってもともとは本当に樹木葬だったんで
しょうけど、我が家に時々広告が入るのですが
最近の樹木葬って、樹木葬じゃないですね。

https://www.e-ohaka.com/detail/id1538611652-514947.html

これ、我が家の近所ですが、墓をすごく簡略に
小さくしただけで、樹木の根っこにお骨を粉砕
して撒くなんてことになってないです。

そのお父様のやり方、失礼な言い方になりますが
お子様には却って面倒で負担なことですね。
滞納って、どういう??

ご両親が入ってから墓じまいとなるとそれも
また費用が発生しますね。入る時と出ると時と
滞納分の納入。今後しばらくの管理費。

虫主婦さんもお兄様もそこに入る希望がない
なら、今から墓じまいで良いのでは(それは
ご両親が嫌がるかな?)。それでも
まとめてお支払がドバっと発生しますね。
滞納分の管理費と、墓じまいの費用。
結構かかるんじゃないでしょうか。
返信する
Unknown (金木犀)
2024-01-09 17:58:36
おかあさま、お亡くなりになられたのですね。
存じ上げず、失礼いたしました。
謹んでご冥福をお祈り申しあげます。
返信する
Unknown (かずちゃん)
2024-01-09 18:37:46
お江戸のお母様亡くなられたのですね
奥様が足繁く行っておられましたね
お父様が残られてまたいろいろな意味で奥様もお忙しくなりますね
どうぞ体調崩されませんように

お墓問題
私も概ねおちゃさんと同じ考えです
戒名の必要性など全く感じませんし、お葬式のお値段にもびっくりします
でも我が家の一番頼りない末息子が、あるとき言いました
葬式って、その人の人生のあり方が現れる儀式じゃないの?と
確かになくなるまで社会と何らかのつながりをもってきた人がなにもせずに済ませるというのは、なかなか難しいことです
両親の場合、ある意味現役だったので葬式はやりました
ただ無宗教で、お墓も作らず、散骨しました
自分たちでやったので、お骨を細かく砕くところから・・・なかなかそれも大変でしたが
今はそれをやってくれる業者さんがあるのですね(笑)
人はそれぞれ考え方があって、奥様とお義姉さまの考えも違うでしょうけれど、奥様とお義姉様と言うことは、後を継ぐ人がいないわけですよね
それで戒名だのお位牌だの、仏壇だのってあっても、じゃあ誰がその面倒を見ていくのって言うことになりますよね

上のコメント欄にも出てきたように、今あるお墓を墓じまいしたり、仏壇を処分するのは費用的にも気持ち的にもむつかしいとおもうんですよね
だから、なぜせっかく(っていう言い方も変ですが)ないものを作るのか?
は私も疑問です
世の中には何も信仰はないにもかかわらず、葬式になると、やれお坊さんだの神主さんだのがいないと成り立たないと思っている人の多いことか・・・

あ~、この問題になると一晩中でも話が終わらないくらい思うことがいっぱいあります(笑)
返信する
こんばんは (虫主婦)
2024-01-09 19:15:04
>滞納分の管理費と、墓じまいの費用。
>結構かかるんじゃないでしょうか。
そーなんですよ。。。
墓を購入したのは母なんですが
母は、良かれと思うと勝手に物事決めてしまう人で、
お恥ずかしい話なんですが、両親とも【テキトー】な人たちなんです。
請求書とかほったらかしでした。
何とかなる(というか誰かが何とかしてくれる)と思ってたようで
もうすっかりボケてしまいましたので、過去自分がどうしてきたかなんて忘れてます。
今、老親の尻ぬぐいで私ら子の(特に兄の)老後の資金が減っている、という状況です。
そういうこともあって、兄は親は死んだら直葬する、と決めてます。
返信する
Unknown (おちゃ)
2024-01-09 19:20:42
秋ちゃん

>実家のお墓(霊園にある)は妹が継いでいる
>けど、子供がいないから墓じまいしなくては

それは以前高速道路で行ったところにあった
お墓ですね? その跡継ぎが無いから墓じまい
っていうのが、正に現代の問題ですね。
人の流動化と少子化が原因と言える墓じまいが
多い。

しかしそこから進んで、跡継ぎが可能な人が
たくさんいても墓じまいする人が多いという
のが現実になりつつあり、結局墓って何だ?
という疑問に行き着きます。

こうした考え方って、急速に今変化している
ので、いよいよ秋さんがお亡くなりに
なる頃にはまた今とは違ってきている
かもですね。お子様たちがその時どう考える
のか。
返信する
Unknown (おちゃ)
2024-01-09 19:29:44
きんちゃん

家族葬になりそうなのですね。
家族葬って最近の業界言葉みたいで、以前なら
密葬としか呼ばれなかったみたいですね。
この本にそう書いてありました。

>お骨と言っても、一部を持って帰るだけで、
>大半は他の方のお骨と一緒になるんですもんね

きんちゃんのおっしゃることはですねぇ・・・
それは、ズバリ、関西だからです。
関西と関東では異なります。
ここをご覧ください。
https://yasurakaan.jp/nodobotoke-kuyou/kantou-kansai/
どこでどう線引きされるかわかりませんが、
「一部だけお持ち帰り」というのはかなり
関西的です。

きんちゃんも、ご両親だけじゃなくって
きんちゃん自身の終わり方を考えておられる
ところなのですね。

私は私の遺言状に「散骨してくれ」と書いて
あります。墓は要らん。私の父や白洲次郎と
同じで、何も要らん(笑)。
返信する
Unknown (おちゃ)
2024-01-09 19:52:44
かずちゃん

お義母さんは施設でしたから、世話にそんなに
手が取られることはなかったですが、お義父さん
は独居老人でヘルパーさんやデイサービスや
娘(私の妻やその姉)が出入りすることで
なんとかなっていまして、そちらがだんだん
大変になって来ているところです。

そこへもってきて、義母が亡くなったので、義母
から義父への相続も発生しますが、義父は高齢で
なにも出来ませんから、娘たちがその分も
動かないといけません。

この投稿の本文で書いたように、ある僧侶が私に
「人間死んだら土に還るだけ。マンション型の
墓では土に還ったことにならない」と言った
わけですが、義父はそのマンション型の墓を
すでに買っています(笑)。なので、義母が
まずはそこに入ります。そしてやがて
義父がそこに入るのでしょうねえ。

>奥様とお義姉様と言うことは、後を継ぐ
>人がいないわけですよね

それも時間の問題でその後どうするかと
いう問題が出てきますね。通常は墓じまいに
なるのでしょう。またそうでなくても、そもそも
マンション型墓のそのマンションの寿命がどう
なのか。コンクリート造のビルが建て替えられる
なんて時には、きっとそれまで律儀に残っていた
契約者も、それを期に契約を終了させるので
しょう。つまり強制的墓じまいです。落ち着か
ない話だなと思います。

「永代供養」なんて言葉がありますが、結局
せいぜい長くて半世紀くらいしかものを
考えてないビジネスのでしょうね。

いろんなことを考えさせてくれる読書に
なりました。発刊された頃読んだのとは違って
当方にも知識が増えているので、ずいぶん
面白かったです。

森鴎外は友人の戒名まで考えてあげたとか。
基礎的知識を少し得れば戒名を考えることは
誰でも可能で、何も故人のことを知らない
僧侶におカネを払って戒名をもらうより、
家族や仲間内で故人にとっていい戒名ができる
そうです(笑) もっともそれは戒名が欲しい
という方の場合ですが。

戒名の戒は戒めであり戒律の戒。つまり出家した
人の俗名とは別の名。だから出家もしていない
故人が、(日本の場合)妻帯し肉を食べて酒も飲む
(それは本来の仏教の戒めを破っていることになる)
僧侶が一般的で、そこからカネで戒名を買う
という意味がわからないですね(私は)。
返信する
Unknown (おちゃ)
2024-01-09 19:57:01
虫主婦さん

お疲れ様です。
請求書ほったらかしでしたか。
口座引き落としではなかったのですね。
よくそこまで、お寺あるいは霊園が放置して
くれましたね。普通は処分されるべく動くのじゃ
ないかと思いますけど。

お兄様も虫主婦さんも怒り、あきらめ、
焦燥みたいなものがあるでしょうね。
「どないしてくれんねん?」
「勘弁してよね」
みたいな。

お兄様がおっしゃるとおり、最小サイズの
お見送りでいいと思います。
直葬ですね。
返信する
Unknown (金木犀)
2024-01-09 20:32:43
おちゃさん、たびたび、こんばんは。
奥様、どうぞご無理なさいませんように、
とお伝えください。

お骨拾いの関西と関東の違い、衝撃的でした。
ご紹介いただき、ありがとうございます。

たしかに、昔は、密葬と言っていましたね。
家族葬の方が聞こえがいいし、温かさを感じるので、
使われているのでしょうか。

葬式は要らない、は、当時、
飛びつくように買って読みました。
自分の考えがそのまま書かれていて、
膝を打ちながら読みました。
もう手放してしまいましたが、読み直そうと思います。

お骨拾いをしないというのも、
遺族にそれなりの負担がかかりそうで、
(斎場で白い目で見られるとか?)

持ち帰った骨の行き場に、
今知っている1番経済的な方法の、
合同樹木葬を考えています。

地下を掘って空洞にしてあり、土の地面の上に、
骨を入れた木綿の布袋を積み重ねていくシステムです。
横に樹木を植えてあるそうで、墓碑の代わりになるのでしょう。
私はべつに参ってもらいたいとも思っていませんが。

お葬式は、遺族の気持ちの切り替えに必要、
とも、どこかに書いてあって、そうかなとも思うので、
また、娘とも相談してみます。
返信する
Unknown (おちゃ)
2024-01-09 20:53:23
きんちゃん

関西と関東では何かと違うことがありますね。
衝撃でした?
一部持ち帰りだろうが、全部持ち帰りだろうが、
結局どこかで墓じまいされてしまうわけで、
だったらどちらも似たようなもので、結局
他と一緒にされるのかなとも思います。

樹木葬もいろんな形がありますね。
広告がよくポストに入っているので
見ていると面白い。でもなぜあれを
樹木葬と呼ぶのかよくわからない。本来は
樹木の根のところにお骨を撒くことを
想定していたと思うのですが・・・。

お葬式は遺族の気持ちの切り替えになるか?
・・・わかりません。ならないというか、
余計悲しい気持ちになるような気もしますが。

我が家の場合、葬式もなく海洋葬で、両親が
逝ってしまった先の海は、ほぼ毎日見てまして
ね、気持ちの切り替えではなく、むしろ両親を
なんとなくいつもぼや~んと感じているような
状態です。
返信する
Unknown (ほたる)
2024-01-09 22:14:05
お義母さま、お悔やみ申し上げます。
この年末年始、ドガティ君の無邪気さに
慰められたのでは。

お父さまがおちゃさんに話されたこと、
カッコイイ! グッときました。

島田氏の本の目次に「葬儀は法的義務ではない」
とあったように、だいぶ前にそのことに気付いて
から、私も葬儀、戒名、墓は無用だと夫に伝えて
あります。

何かで読んだのですが、火葬も二酸化炭素排出
の問題を抱えているとのこと、なるほど!
と思いました。
土に還る… 土葬の会などもあるようですね。
返信する
こんばんは (めい)
2024-01-10 00:03:07
戒名って、仏教バージョン洗礼名と思っているので、
え!?金で買うの!?と驚きました。
「洗礼名」って「クリスチャンネーム」でしたっけ?
「戒名」って「ブディストネーム」とか言うのでしょうか?
返信する
Unknown (ユーアイネットショップ店長うちまる)
2024-01-10 04:34:46
暮れに墓参りに行ったら墓仕舞いされてる墓がありました!
お墓だけでも数百万円。やれ石はどの種類がいいとか
吉の墓相とか墓にも金がかかるし。
確かに最初から海葬してればそれで終わり。
人口が少なくなり墓守もいなくなるので
考えるべきですね。
返信する
Unknown (ショコラ)
2024-01-10 06:52:54
おちゃさん、ショコラです。本年もよろしくお願いします。
ここにお集まりの方は、やはり皆さん合理主義者(?)が多いようで、私もその一人です。今の北鎌倉の山上の墓は、親父が買ったもので、おふくろも一昨年に入ったので、親父も満足したかなと思っています。それにしても何も言わなかったのに最高位?の戒名がついてしまい、葬儀屋に聞くとその相場はクルマが買える値段で、でも親父の遺志なんだから仕方ないか、と思って支払い(領収書は出ました)、でも息子たちには無理だよなあと思い、やはり墓じまいをしなければと決意しました。けっこう重い仕事ですが、もう少ししたら意を決します(と毎年言ってる気がする)。XX庵さんも危機感があって、幼稚園(保育園だったか)経営を始められたそうで(北鎌倉から鎌倉に向う線路の左側にあります)、何よりです。
ただ、自分のことを考えると、手を合わせる物理的な対象があるのは、なにかにつけ便利だったりします。それが墓である必要はまったくありませんが。おふくろの葬式の際、葬儀屋に「あなたならどうします?」と聞いてみました。担当者さんの答えは、「コインロッカー型のお墓」だそうです。この前NHKで草刈正雄さんの(彼が生まれる前に米国に帰国してしまい、ずっと行方が分からなかった米兵だった)父親の話をやっていましたが、その時のお墓もコインロッカー型でした。ある意味、合理的なのかもしれません。
返信する
Unknown (おちゃ)
2024-01-10 08:20:46
ほたるさん

ありがとうございます。義母は29日に亡くなり
ました。ドガティ君はそんなことはわからず
(そもそも会ったこともないですが)、
元気に遊んでいました。

父は合理主義者でしたね。
めんどくさがりでもありました。
省けるものなら省いてしまえというのが
徹底していましたから、白洲次郎の遺言
が大好きだったのだと思います。

葬儀はどのような形でもいいですね。
別にその時急に仏教徒になる必要も
ないです。自分で葬儀を自分流で行うという
人も多く表れていて、そのウェブサイトも多く
あります。見ていると面白いですよ。
たいへんなのはご遺体の処理なんですが。。。
体液が出ますからね。そのあたりはプロが
いいかな。自分で執り行う人が増えたら
葬儀屋さんや仏教界には脅威です
ね(笑)

この著書には、火葬にすることによる二酸化炭素
排出の影響にも少しですが触れられていました。
ダイオキシンや二酸化炭素問題で
自分でゴミを燃やすことすら禁止されている
時代です。近隣に火葬場が新たに生まれる
ことに対する住民の反対なんてどこでも
すごいですが、当たり前っちゅうたら当たり前
で、考えないといけないことは満載ですね。
返信する
Unknown (おちゃ)
2024-01-10 08:35:08
めいさん

キリスト教で洗礼名(クリスチャンネーム)は
この世に生まれて洗礼されたあとに、すでに
持っている名前に加えて、付加される名前です。
通常は聖者、聖書、神話にまつわる名前が使われ
ます。

一方戒名は仏教において出家した僧侶に与えられる
名前で、そこで出家者は俗界で使った俗名を
捨ててしまい、戒名に付け替えるわけで、
そこで名前の切り替わりがあるというところが、
洗礼名とは異なるかと思います。
ブディスト・ネームとかダーマ・ネームと
呼ばれているようですが、性格的には洗礼名
とは異なりますね。

いろいろと難しいですわ(笑)
返信する
Unknown (おちゃ)
2024-01-10 08:37:58
うちまるさん

人の流動化が激しくなり、誰もがお寺の
近くにずっと住むわけではなく、オマケに少子化。
そりゃあ、檀家制度は維持できない。しかも
それにはカネが伴います。やたらカネがかかり
共働きでも子供の教育だけで大変な時代。

さあ、どこまで檀家でい続けようと思うか。

そして寺の墓より霊園が人気となり、それよりは
もっと簡素な方法へ、という流れは不可避で、
古い墓の維持はますます困難になるかと
思います。
返信する
Unknown (おちゃ)
2024-01-10 08:50:22
ショコラさん

こんにちは、こちらこそ本年も宜しくお願いします。
最高位の戒名でしたか・・・・最初の方に、院が
付きますね。それはそれは何かと大変。お疲れ
さまでした(笑)。

今の一般人の葬式の形式の源流となるのは、
禅宗において修行僧が修行途中で亡くなる
時の儀式を、一般人に当てはめるところから
始まったとか。だからそれよりはるかに古い
奈良の寺(例:法隆寺)では葬式というものが
できないらしい。仏教をアカデミックに捉え
元々は、そんな俗世界とあまり関わって来な
かったのでしょう。檀家も墓もなかった。
だから法隆寺の僧侶がなくなると、今も別の
寺で葬儀を行うとか。

で、禅宗で形式が始まるくらいだから
北鎌倉の臨済宗の円〇寺とかの塔頭の1つで
あらせられる富士山も見えそうなその××庵は
葬儀の本格派でありそこから授けられる戒名も
格式高いでしょう。

檀家制度の崩壊の中、いろいろ経営を考える
ものの、幼稚園も閉じ始めるお寺もありますから、
簡単ではないですね。今後の寺はどうなるので
しょう。観光客と駐車場と幼稚園経営。寺とは
何なのか。

草刈正雄さんのお父様の墓が出るシーンは
私も見ました。米国人の多くは復活を信じる
ところから火葬なんてしないで、土葬が主
だと聞いておるのですが、それとあの
草刈さんのお父様のロッカーみたいな墓は
どう結び付けたらいいのか?

と思ったんですが、まだ調べてません(笑)
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Unknown (金木犀)
2024-01-10 09:37:46
おちゃさん、三たび失礼します。

>我が家の場合、葬式もなく海洋葬で、両親が
逝ってしまった先の海は、ほぼ毎日見てまして
ね、気持ちの切り替えではなく、むしろ両親を
なんとなくいつもぼや~んと感じているような
状態です。

ここを読ませていただいて、じんわり涙が出ました。
理想的な形ですね。
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Unknown (おちゃ)
2024-01-10 09:46:55
金ちゃん

成仏しあの世へ旅立つという意味では、
葬儀をして初七日、四十九日などいろいろして
一旦そこで完全にお別れということが
正式なのでしょう。そうでないと成仏できない
とお寺さんなら言うでしょう。

ところが我が家は違います。両親は
焼かれて粉になり流れて、そのまま海底に眠って
るだけという意識が私にあります。

これはやり方としては仏教徒的には異端だと
思いますが、その方が私には良いです。
と私は思っています(笑)。
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Unknown (タロウの母)
2024-01-10 11:06:34
お父様のご意見に賛同いたします
が・・・
7月に義母を 8月に義兄を 9月に父を 11月に愛猫を
立て続けにおくりました
義母は生前自分で申し込んだ共同墓地に
義兄は姉の意向でしばらく自宅に
父はお墓を建てるつもりでいます
世間の流れから言って逆行しているのですが
我が家の複雑な?事情からそうする予定です
いずれ墓守りもいなくなるのだろうなぁとは思いますが 私の生きている間は墓守を続ける意向です
かくいう私の理想の死に方は しかし野垂れ死に・笑
もっと言うと 昔のインド?のようにそのまま動物たちに食べられるというのがいいです
親戚にお坊さんがいますが 何のための修行なの?という気持ちを捨てられず お葬式はしましたが(自宅葬ができたのはよかったですが) 今後の供養は坊さん抜きでけっこう! という怒りに似た思いを抱いております
気持ちのない供養って意味ある?と思う今日この頃です
しかし どのお葬式でも お寺さんからは金の匂いしかしませんでした いやいやいや・・・
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Unknown (タロウの母)
2024-01-10 11:08:22
あ 動物のお葬式をしてくださったお坊さんだけは
まともだった気がします…
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Unknown (タロウの母)
2024-01-10 11:14:47
度々申し訳ございません。
うちは父までは一人一基 と聞かされておりました
ちゃんとそのスペースも空けてあるので
建てるのでございます…
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Unknown (おちゃ)
2024-01-10 16:00:41
タロウの母さん

江戸時代の寺請制度でそれぞれの家がどこかの
近くの寺の檀家だった時代はともかく、今やそれ
は崩れて行き、多くの葬式において、それを
担当する僧侶は故人のことを直接はなにも知らず
に、故人に戒名を授けたり、葬儀を執り行ったり
するわけですから、まあ、建前的にはいろいろ
あったとしても、それは単に僧侶のお仕事に過ぎ
ず、結局はカネの匂いから逃れられない
ですね。彼らはそれで生きていますから。

だったら今後の葬儀は僧侶抜きという
タロウの母さんのような人が続出して
おります。そんなのお別れ会なんだから、
どこの檀家でもないんだから、自分で
お別れの儀式を好きにする。おカネかからない
し。とまあそういうことになって行くでしょうね。

野垂れ死にというのは、一見寂しいように思い
ますが、誰にも頼らず他人に悩まされず
生きた人の死に方として、あって不思議はない
らしい。他人と関わらずに生きる清々しさ
は、その自由と引き換えに「野垂れ死にする
覚悟が必要だ」と池田先生の本に書いてあり
ました。

https://honto.jp/netstore/pd-book_02657990.html

また死んだら獣に食べられて終わりという
のも海洋葬と似たようなもんですね。日本では
それは許されないですが、本質的には同じ。
南米ペルーの鳥葬なんて、ニンゲンの死体を
そのままコンドルに食べさせてますもんね。
やがてそのコンドルも死んで、食べられたり
土と同化する。

一人一墓は本来の姿ですね。土葬時代は
そうだったはずで(当たり前ですが)、ただし
昔の土葬の時はもっと簡単な墓石というか目印が
庶民はあっただけ。土葬にしてそこに大きな墓を
建てると、のちのち地面が沈むので。墓石が
やっかいなことになりますから。
やはり火葬になってから家単位の墓にして
下のスペースにお骨をいくつも入れるという
窮屈な制度になったのでしょうね。
家単位っちゅうのも酷だと思いますわ。
親族の中にはいろんな考えの人がいて、
そこに入りたい人もそうでない人もいるでしょうし。
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Unknown (タロウの母)
2024-01-11 10:24:38
本当にしつこくて申し訳ない
藤原新也の写真本(集というべきか?)の中の
「犬に食われるほど自由だ」
が気に入ってます
それにしてもお父様は賢明な方ですね
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Unknown (おちゃ)
2024-01-11 11:11:23
タロウの母さん

申し訳なくなんてありません。
こちらこそ、ありがとうございます。これぞ
本当の会話であります。

藤原新也のその写真を私は見たことがありません
でしたが、検索して今初めて見ました。
インダス川の話ですね。ニンゲンの死体が流さ
れ、それが中州に打ち上げられ、飢えた野犬が
その死肉を食べに来る。

ペルーのコンドルと同じですね。それでキレイ
さっぱり、循環します。それが残酷だと思うのは
見る人の勝手な感情。わざわざ高価な石を切り
出して加工し、墓を作るが、でもその墓が僅か
何年か後に墓じまいされる今の状況。

インダス川のイヌやペルーのコンドルによる
処理方法の方が、自然へのインパクトも少なく
賢いと言えるかも、と私は思います。
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Unknown (yukarilly)
2024-01-12 05:49:22
お義母様、お悔やみ申し上げます。奥様寂しく悲しいですね。覚悟されていたかも知れませんが お辛いですね。どうぞご無理せずお体大切にされて下さい。
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Unknown (おちゃ)
2024-01-12 06:16:19
yukarillyさん

ありがとうございます。覚悟はありました。
すでにいつそうなるかわかりませんよという
ことは医師から言われているわけですから。

とはいえ、酷く悲しいものですね。
いろいろ妻も思い出したことでしょう。
小さい時から自分を育ててくれた母親ですから。
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