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梶哲日記

鉄鋼流通業相談役の日々

縁と外国人就労(その7) 

2025年05月31日 05時02分29秒 | Weblog
前々回と前回で、山岡鉄秀著『シン鎖国論』の中にある、章「移民解禁という愚かすぎる政策選択」の要約を紹介しました。正式なルートではない外国人就労問題。国がその対策を間違えると、「日本の自死」を招くという内容でした。

 埼玉県川口市や蕨市での異常事態であるクルド人増加の問題。何故彼らは日本にやって来るのか。理由はトルコで暮らすよりは、まだ経済的にはマシだと考えるから。日本とトルコとの関係は歴史的に良好で、これを背景とし両国の間には「90日以内の滞在であればビザを免除する」という協定が結ばれている。この「ビザなし」の条件を使ってトルコ国籍のクルド人が次々と来日。
 移民政策について考える際、我われの目の前にはすでに先例というか巨大な失敗例があり、ヨーロッパ諸国がそれ。欧州各国がイスラム系移民や難民の過剰な受け入れによって、白人の比率はどんどん低下、人口動態に不可逆的な変化をもたらし、国の在り方まで変わりつつある。ヨーロッパ文明の変質と崩壊に繋がる『西洋の自死』といわれている。
 ヨーロッパは第二法大戦後、労働力不足に対応するために移民を大量に受け入れ、やがて移民なしではやっていけなくなり、望んでも流入を止められなくなった。政策の失敗によって自動的にイスラム化してしまう、といわれている。しかし奇妙なことに、白人系ヨーロッパ人たちはそれに対して毅然たる対応を取らず、曖味なままにしている。一体何故か。ヨーロッパ人は自らに課したポリコレ(政治的正しさ)によって自死を選んでいる。つまり、白人はかって植民地を支配し、有色人種を差別し、迫害し搾取した罪があり、イスラム教徒を批判するのは宗教差別だ、といった観念に自縛されているとの見解。
 川口市や蕨市のクルド人たちは難民でも移民でもなく、90日間のビザ免除が悪用され、いつの間にか住民登録もないクルド人の人口が膨れ上がり、治安の悪化という深刻な社会問題を起こすに至っただけである。国が問題先送りで済ませてきた杜撰な入国在留管理が招いた結果にすぎない。制度的な不備を放置し、こういう事態に至っているだけである。

あらためて、このような主旨でした。5月26日付けの朝日新聞には、第一面に“難民受け入れたドイツ10年後の逆風”と題した記事が載っていました。ドイツの町で町長になったシリアのボート難民を紹介しつつも、メルケル元首相の人道的な評価は当時世界から評価されたが、それから10年その評価は揺れ動き、ドイツの政策は逆方向へとかじを切っている、との内容でした。さらに新聞の第二面には、“反移民閉じゆく欧州「自国ファースト」右翼台頭”との記事も載っていました。それに付随したコラムですが、“移民 有権者の不満そらす「スケープゴート」”と題し、上智大教授(国際政治)岡部みどり氏が書いたものを、以下引用します。

 欧州社会への難民の「統合の失敗」とも言われる最大の原因は、一度に大量の人を受け入れたことだ。人道目的とはいえ、制御できないほどに受け入れれば結果的に「統合」は阻害される。
欧州連合(EU)が昨年、大幅に受け入れを減らす方針にかじを切ったのは、「望まれる外国人」を選別するためだ。EUは、過去数年間に経済移民しか出していない国をリスト化し、そもそも難民申請できないようにスクリーニングする規則を導入した。
 日本同様、人手不足の欧州では今後、高技能人材は積極的に獲得する一方、スキルが無い人には厳しい対応が取られることになる。それは、本来であれば難民資格が無いのに、不法入国をあっせんする悪質なブローカーの「人道ビジネス」を根絶する意味合いもある。
 「反移民」を掲げる極右政党などのポピュリストたちにとっては、中央政府が本当に移民を管理できているかどうかは、あまり重要ではない。移民が、有権者の不満などをそらすための「スケープゴート」として使えるか否かということだ。

コラムは以上ですが、『シン鎖国論』通じるものがあります。『西洋の自死』に向かわないように、かじ取りをしているのが今の欧州の姿なのかもしれません。江戸時代の鎖国とは、幕府が国を選んで抑制したのです。宗教的な制圧や、植民地化される恐れがある国は排除したのです。一方で、日本の国に必要な知識や富をもたらす国とは、限定し交易し交流を図った。と、私は解釈しています。

「移民は経済成長のために必要だ」とか、「高齢化社会では移民を受け入れるしかない」とか、「移民は文化を多様で豊かなものにする」など、ヨーロッパを移民社会に進ませたのと同じロジックを、日本は避けなければいけません。移民一人ひとりを国がルールに従わせるべく統制力を発揮することが前提で、移民導入政策への安易な移行は自死に向かわせます。現在の外国人就労制度を、我々も身近な問題として見守って行かなくてはなりません。身近な課題として、私も考えを新たにしています。次回、それらをお伝えします。   ~次回に続く~


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縁と外国人就労(その6) ~『シン鎖国論』の要約(2)~

2025年05月23日 23時28分49秒 | Weblog
クルド人が従事している解体業や産廃物処理業は、労働集約型でもあり、正直言って最近の日本人がやりたがらない、厳しくキツイ仕事です。クルド人経営者は、不法滞在のクルド人を使うことによって人件費(コスト)を極端に抑え、格安料金で仕事を請け負うことができます。また、解体した資材の一部が(コスト削減のために)非合法に廃棄されているのではないかとの疑念もあります。

いずれにせよ、日本で日本人がやりたがらない仕事に就くことによって、トルコの寒村で農業をしている時よりもずっと高い収入を得ることができるからこそ、90日間のビザ免除を使って次から次へとクルド人がやってきているというのが基本図式です。少し俯瞰的に考えてみると、ここから今の日本社会が直面している構造上の問題が見えてきます。「労働者不足」を今後どうしていくかという問題です。とくに、労働集約型の事業形態の仕事では、現状でもかなり外国人労働者に依存しています。

技能実習制度が、実際には奴隷制度に近いような劣悪な労働環境で運営されているとか、賃金の未払いや運配があるといった問題もかなり指摘されています。労働集約的で、かつ請け負い価格で叩かれる仕事を、外国人労働者に依存せずに回していけるかどうかというのは重要な問題です。岸田首相は2023年7月の令和臨調において「労働力人口が減るわけだし、人口減少問題はすぐに解決できないので、大幅に政策的転換をして移民を積極的に入れ、日本らしい共生社会の道を探っていく」という趣旨の考えを発表しました。さらに、「特定技能2号」の対象業種も驚くほど拡大する方向に向かっています。

移民政策について考える際、われわれの目の前にはすでに先例というか巨大な失敗例があります。ヨーロッパ諸国がそれです。なぜそれに気づかないのか、不思議でなりません。イスラム教徒は概して多産ですが、西側先進国では既にイスラム系移民の人口が急増し、白人の比率はどんどん低下しています。西洋のイスラム化が加速度的に進んでいるのです。このヨーロッパ文明の変質と崩壊に鋭く警鐘を鳴らしたのが、『西洋の自死』を著したイギリスのジャーナリスト、ダグラス・マレーでした。

原著は2017年刊ですから、今から6年前のヨーロッパ社会を分析した論考です。マレーは、イギリスを中心に、欧州各国がイスラム系移民や難民の過剰な受け入れによって、人口動態に不可逆的な変化をもたらし、国の在り方まで変わりつつある事実を赤裸々に描写しました。ヨーロッパは、第二法大戦後、「労働力不足に対応するために移民を大量に受け入れ」、やがて「移民なしではやっていけなくなり」、「望んでも流入を止められなくなった」と明確に書かれています。そして、「政策の失敗によって自動的にイスラム化してしまう」と、ほぼ断定しています。

しかし、奇妙なことに、白人系ヨーロッパ人たちはそれに対して毅然たる対応を取らず、曖味なままにしている様子が『西洋の自死』には描かれています。いったい何故でしょうか。マレーによれば、ヨーロッパ人は自らに課したポリコレ(Political Correctness=政治的正しさ)によって自死を選んでいるというのです。つまり、「白人はかって植民地を支配し、有色人種を差別し、迫害し、搾取した罪がある」「イスラム教徒を批判するのは宗教差別だ」といった観念に自縛されていると。

もうひとつ注目すべきは、この本の日本語翻訳書の巻頭で“解説”を書いている中野剛志氏による「はなはだ遺憾ではあるが、我々日本人は本書を『日本の自死』として読み換えなければならなくなった」との厳しい指摘ではないでしょうか。「移民は経済成長のために必要だ」とか、「高齢化社会では移民を受け入れるしかない」とか、「移民は文化を多様で豊かなものにする」など、ヨーロッパを移民社会に進ませたのと同じロジックを、まさに今の日本も大声で広めようとしているように思えます。他国の失敗例から何一つ学ばぬまま、日本も「自死」に向かうつもりなのでしょうか。

日本在住の外国人は、2000年の時点で131万人だったのが、2022年で300万人。この2年半はコロナ禍で外国からの流入を止めていたわけですが、それでも2~3倍ほど増えています。川口で起きていることに象徴されるような、遵法意識ゼロのまま日本に不法滞在しているクルド人たちの問題を前に、「クルド人は可哀そうな人々だ」と叫び、具体的な問題を指摘すると「人種差別だ」と騒ぐ左翼活動家団体が存在し、それらと連携することで相互に便益を受けているクルド人グループがあります。外国人への生活保護費負担や医療費、社会保険料負担もかなり大きくて、そこには典型的な「弱者ビジネス」が成立していて、現状を看過するなら、日本国民が今後継続的に重い負担を強いられるようになると考えなければいけません。

川口市で起きているクルド人問題は一つのモデルケースではないかと思います。クルド人たちは難民でも移民でもありません。日本とトルコとの友好関係に基づく90日間のビザ免除が悪用され、いつの間にか住民登録もないクルド人人口が膨れ上がり、治安の悪化という深刻な社会問題を起こすに至っただけです。国が「問題先送り」で済ませてきた杜撰な入国在留管理が招いた結果にすぎません。不法滞在者に厳しく対処せず、難民申請を無制限に受け付けるなど、制度的な不備を放置するようなだらけたことをしていたから、こういう事態に至っているだけです。

日本に来ているクルド人たちは、ほとんどトルコ国籍なのですから、トルコ政府と相談して、ビザ免除を廃止すればいいと思います。日本人がトルコに行きたくなったらビザを取ればいいだけのことです。不法滞在者は摘発して強制送還し、違法操業をしている業者は摘発して解散させればいい。問題はシンプルだと思います。正当な理由を持ち、合法的に生活できる人、日本社会に馴染もうとする善良なクルド人だけを残します。それだけのことです。

自民党の炭木微充幹事長は、日本を多民族国家に改造したいそうです。しかし、海外(オーストラリア)に長く暮らした立場から明言しますが、多文化主義も異文化共生も、移民一人ひとりを国がルールに従わせるべく統制力を発揮することが前提となって初めて成立することを理解せねばなりません。「シン・鎖国論」の観点から言って、移民導入政策への安易な移行はNO!です。私は、移民に対しては国の門を閉ざすことを原則とし、戦略的取捨選択としては、まずもって出入国在留管理を厳格に運用することが大前提であると提言します。   ¬~次回に続く~


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縁と外国人就労(その5) ~『シン鎖国論』の要約(1)~

2025年05月17日 05時34分29秒 | Weblog
今までKさんの仕事を通して、外国人就労を正規のルートで見てきました。最近読んだ本で、正式なルートではない外国人就労問題を知りました。著者山岡鉄秀『シン鎖国論』。国がその対策を間違えると、「日本の自死」を招くという内容です。第一章「移民解禁という愚かすぎる政策選択」、少し長いのですが、2回に亘ってその内容を要約・引用したいと思います。

自宅の敷地内で外国人同士が殺し合い。乱闘をしていたのはクルド人(トルコ国籍)たちで、原因は男女関係(不倫)を巡るトラブル。突然暴走したクルド人の運転する車が飛び込んできて、1階の自宅がメチャクチャになってしまった。市民は普通に生活する権利が脅かされています。連日深夜近くになると、街の主要道路を違法改造車や、大音量を誇示し猛スピードで爆走する車が列を連ね、住民たちの安眠を妨げます。日本人女性を見かけたら執拗にナンパを繰り返す。これが埼玉県川口市や蕨市でたった今起きている現実なのです。クルド人問題、日本社会が初めて直面する異常事態となっています。

正確な全体像は把握されていませんが、クルド人たちは2023年に入って倍増し、4000人くらいいると言われていて、そのうち3分の2以上は、住民登録がない“不法滞在者”ではないかと推測されています。クルド人とは基本的にはイスラム教徒とのことですが、総じて敬虔ではなく(飲酒の習慣がある者も多い)、日本社会とのトラブルは宗教的生活様式に由来するものではなく、遵法精神が皆無で日本の法律や最低限の常識的なふるまいを一向に理解しようとしない点にあるようです。彼らは、大小複数のクラン(一族郎党)ごとに団結し、利害が一致しない部分ではいつも抗争を繰り返しています。

クルドはトルコ、イラン、イラク、シリアの山岳地帯の住民族で、人口は3000万人~4000万人とされ、歴史上一度も「独自の国家」を持ったことはありません。第一次世界大戦でオスマン帝国が消滅した後はトルコ政府に同化政策を強いられ、従わない場合には抑圧されたため世界各国に難民として逃げ出しているというイメージがありますが、1990年代にトルコがEU加盟のために社会・司法制度を変更して以降、現在は同化政策や死刑も廃止され、差別政策は行われていないとされています。トルコにおいては人口の2割弱に当たる1500万人がクルド人です。

なぜ彼らは日本にやって来るのでしょうか。理由は、それでもトルコで暮らすよりは“まだ経済的にはマシ”だと考えるからです。トルコでも貧しいという彼らがどうやって日本まで渡航して来て、どのように生計を立てているのか。過去に来日し(合法的に入国しているかどうかは人による)定住しているクルド人の中には成功者も現れました。具体的に言うと、解体業、産廃業、ケバブショップの経営などで利益を上げている人たちです。

そもそも、日本とトルコとの関係はたいへん良好で、とびきりの友好国だと言えます。一つはエルトゥールル号遭難事件がその契機になっているでしょう。明治23年に、本州最南端の和歌山県串本町沖で、オスマン帝国の軍艦エルトゥールル号が折からの台風の影響を受けて座礁、機関が爆発して587名が死亡するという大変な海難事故がありました。このとき串本町の人たちが命がけで救助作業に当たり、69名を助けたのです。そして明治政府は生き残った乗組員たち全員を2隻の軍艦に乗せ、無事にオスマン・トルコまで送り届けたのでした。トルコ政府はこの救難活動を行ってくれた日本に対して深く感謝し、小学校の教科書にも載せているため、トルコ人で親日感情を持たない人はほとんどいないのだと聞きます。

一方、1980年に始まったイラン・イラク戦争がエスカレートして都市攻撃戦が始まった1985年に、現地駐在や出張でイランにいた日本人を救ってくれたのがトルコでした。3月17日、イラクのフセイン大統領が突然、「今から48時間後より、イラン全土上空を『戦争空域』に指定する」、つまり、軍用・民間の区別なく、イラン上空を飛ぶ飛行機は無条件に攻撃すると宣言したため、各国政府は自国民をイランから脱出させるために、大慌てで救援機をイランに飛ばしました。しかし、あろうことか当時の日本政府は「安全が確保できない」「自衛隊機を外国に飛ばすのは憲法に抵触するのでは?」と、救援機を出さず自国民を見捨てたのです。イラン国内には当時215名の日本人がいましたが、出国できないと聞いて絶望していたところ、タイムリミットが刻々と迫る中、テヘランのメヘラバード空港にトルコ航空の特別機が2機着陸します。邦人たちは全員このトルコ航空機に分乗し、無差別攻撃が開始される直前、無事にイランを脱出してイスタンブールに到着することができたのです。当時の駐日トルコ大使、ネジアティ・ウトカン氏は、「私たちは、エルトゥールル号の借りを返しただけです」と答えたそうです。

こうした歴史を背景として、日本とトルコの間には「90日以内の滞在であればビザを免除する」という協定が結ばれています。この「ビザなし」の条件を使ってトルコ国籍のクルド人が次々と来日してくるわけです。90日が経過した後、一旦出国してから戻る者もいれば、そのまま不法滞在を続ける者、さらには難民申請をする者もいます。2023年6月にようやく入管法の改正案が参議院本会議で可決、成立しました。従来は、「難民認定の申請中」であれば送還が認められていませんでしたが、今回の改正によって、3回以上難民申請をした人の送還が可能になりました。それまでは、難民でない人が送還を免れるために申請を繰り返す「濫用」が頻発しており、実際に難民申請を繰り返すことで20年以上滞在しているクルド人もいるそうです。

日本に来ているトルコ国籍のクルド人たちは難民ではないし、移民とも違います。川口市に集住しているクルド人たちは、経済的理由で日本に来て、入国後は不法滞在を続けているケースがほとんどなのです。今回の入管法改正に関して、「日本は諸外国と比較して難民認定率が低い」とか、「難民申請中の送還は国際法違反だ」という批判もありますが、難民保護の問題と外国人の不法滞在に伴う社会問題の多発という問題を同列で語ってはいけません。川口のクルド人問題は、一つは出入国管理の運用の失敗であり、もう一つは、日本社会における労働集約型産業をどう維持していくかという構造上の問題に繋がっていきます。 ~次回に続く~
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縁と外国人就労(その4)

2025年05月10日 01時11分30秒 | Weblog
外国人の人材派遣会社のKさんに同行して、弟は3回ベトナムに行きました。その内の1回に私の知人(KMさん)も加わっていました。KMさんも運送会社を経営していて、後にKさんの会社から3名ベトナム人を採用することになります。今回はKMさんと私の出逢いからスタートします。
   
そもそも私とは、KMのお父さんとの縁が始まりです。28年ほど前ですが、お父さんが梶哲商店に突然訪ねて来られます。昭和40年代、わが社の運転手を製鉄所で見掛けて、感動したというのです。制服やヘルメットをきちっと身につけてテキパキと構内で作業をしていたわが社の社員に刺激を受け、いつかは会社を訪ね、梶哲の社長に会いたかったとのこと。

当時わが社は、関東一円の電炉メーカーの構内に入りミルスケール(※欄外注釈)を集荷していました。私の先代は戦時中、大学生の時に志願して海軍に入隊していたので、その軍隊教育を会社に持ち込んだのでした。KMのお父さんは昭和40年代、白ナンバーで運送の仕事をしていました。いずれ運送会社を自分で興して社員を抱えた時、わが社を見習いたいと長年思っていたそうでしたが、中々足が向かず意を決しわが社を28年前訪ねてくれた時は、先代は既に亡くなっていたのです。

お父さんは東北岩手県の出身。地元の中学を卒業して直ぐに、15歳の春集団就職で上京します。最初に就いた仕事が、自転車でのデパートの商品の配送でした。運転免許を取得してトラック運送の道に入り、念願の運送事業の許可の申請をして、ようやく受理されます。そこまでの道のりだけでも並大抵の苦労では無かったようです。良い荷主にも恵まれ、社員も100人を超えて、運送業界では中堅クラスまで一代で築き上げます。

私の先代に会いたいと突然来社された、KMさんのお父さんとはそれが切っ掛けとなり、折に触れお会いすることとなりました。お父さんが主催する会合に呼ばれたり、わが社の経営計画発表会に来賓として出席してもらったり、私より5歳年上のお父さんからは、人生の先輩として、色々な体験や世の中の摂理を勉強させてもらいました。

現在50歳半ばの息子さんのMKさんとは、勿論お父さんとの縁からで、彼が20代から知り合っています。MKさんは30歳でお父さんから社長のバトンを渡され、今日に至るまで立派に後を継いでいます。私が長く続けていた勉強会に、KMさんをお誘いした経緯があります。ある事情があって私はその勉強会から退きましたが、社外の師から学ぶ意義を理解してもらい、KMさんはずっと継続されています。

お父さんは今から22~23年前に私塾を立ち上げました。元々社員教育には熱心な方で、社内で礼儀・作法を運転手に学んでもらっていました。ある時期は採用した社員の定着や躾に相当苦労されていました。運送会社だから運転手だからと、社員教育を諦めませんでした。その長年の積み重ねを、外部の人にも広めたいとの思いが私塾の設立に繋がりました。

私は開所と同時に声を掛けられ、3年前お父さんが亡くなるまで20年近く、塾に通わせてもらいました。参加者は、社内の幹部社員も含め外部の人も入れて、最盛期10名を超えていました。その塾で行われた内容は紆余曲折もあり、毎週末の座禅会へと定着していきました。お父さんが他界した後、KMさんが塾を引き継ぎますが、私はお父さんが他界したタイミングで卒業させてもらいました(KMさんがやりづらいと感じ)。私の代わりに梶哲商店の社長が、現在メンバーとなっています。

この塾の関係者6~7人で、忘年会、新年会、暑気払い、座禅研修旅行等々が開催されてきました。私はこのような集まりには、都合が付けば参加させてもらっています。この集まりに件のKさんを、一年前に、皆さんの了解を得てお誘いしました。皆さんには気持ちよく受け入れてもらい、Kさんもすっかり溶け込んでくれました。以来Kさんは、その集まりに度々顔を出すようになりました。

そのような関係が出来た上で、弟関連の契約の進み具合を見て、改めてKさんをKMさんに単独で引き合わせました。KMさんの会社が運送業の他ロジスティクス事業も展開していることは先述しましたが、整備工場も運営しています(自社トラックだけでも100台を超えているので)。実は今日本では、社会問題になりかけていますが自動車整備士が不足しています。

話しは急展開します。技能実習生や技・人・国の形態ではなく、KMさんの会社は、既に日本で就職経験があるベトナム人の整備士2人と構内作業員1人を、Kさんの会社から採用することになりました。   ~次回に続く~ 
 
※ミルスケール
熱間圧延加工で作られた鉄鋼材料の酸化被膜(酸化鉄)。鉄分が70%以上あり、当時市中から集まったミルスケールは高炉メーカーの鉄源として使われていた。
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縁と外国人就労(その3)

2025年05月03日 03時58分50秒 | Weblog
Kさんに私の弟と会ってもらった後、メタル便提携先の浜松の会社を一緒に訪問して、その会社はベトナムからの2人を運転手としてKさんの会社を通し採用しました。その運送会社は、外国人雇用は初めての試みとなります。その後も、更に外国人雇用の枠を広げたいとのことでKさんに声掛けを続けています。

その経緯を客観的に身近に目の当たりにした弟です。送り出すベトナムの窓口はどうなっているのか、制度をどう活用すればいいのか。そこでベトナムへ(ハノイ)の視察団が結成されます。弟の口利きで集まったのは、メタル便の他地区の提携先、知り合いの運送業社、物流コンサルタントも含め6~7人になったようです。一年前の事です。

現地では、Kさんとベトナムの窓口のパートナー(女性)が、全てアテンドしてくれて密度の濃い視察だったようです。同行したメンバーの中には当初は半信半疑の人もいたそうですが、帰る際にはすっかりこのルートに確信が持てたそうです。その後、弟も含めこのメンバーの中で今日に至るまで、Kさんの会社と契約を交わした先は3社になりました。

ここで、外国人労働者の分類の話をさせてもらいます。以下の4種類に分けることができます。技能実習生、特定技能外国人、高度外国人材(通称:技・人・国)、留学生アルバイト。それぞれの説明です。

 技能実習生:
技能実習(1号~3号)の在留資格を持ち、特定の産業の企業内で就労しながら技術・技能・知識の修得を目指す外国人材。日本で得たスキルや知識を活かすことが期待されます。対象91職種、167作業に該当しなければならない制約はあります。
 特定技能外国人:
特定産業分野において即戦力として活用できるほどの知識又は経験がある外国人材。特定の産業分野(16職種)での外国人労働者受け入れを目的とした在留資格であり、日本語試験と業種ごとの技能試験の合格が必要です。
 高度外国人材(技術・人文知識・国際業務):
専門的な知識や技術力を持った人材。主にホワイトカラーの職種が対象で、日本国内または海外の大学・大学院卒業同等程度の最終学歴を有するか、もしくは10年以上の実務経験を有する外国人材です。高度外国人材は在留期間が長い資格であり、より長く日本で働くことが可能です。
 留学生アルバイト:
資格外活動許可を受けた外国人留学生(事前に地方出入国在留管理局への許可申請が必要で、許可が下りた場合に限り)。外国人留学生は週に最大28時間までアルバイトが認められます(長期休業期間中は40時間以内)。

今回のここまでの話では、技能実習生と技・人・国が対象です。浜松の会社は技能実習生の制度を利用しました。2024年物流問題で、技能実習生に運輸が91種に新たに組入れられ、その会社の採用は日本でも第一号級になるそうです。弟の会社も含めて他2社は技・人・国の対象です。弟の会社は2名採用を決定しましたが、現在入管手続きが込み合っているらしく入社するまで時間を要しています(この時期留学生を優先)。

技・人・国は「専門的な知識や技術力を持った人材。主にホワイトカラーの職種が対象で、高度外国人材は在留期間が長い資格であり、より長く日本で働くことが可能」と、外国人労働者の分類の説明にもあったように、弟は長期的な観点で構内作業や事務仕事の幹部要員として外国人材の採用を考えたようです。

Kさんの会社として、私の縁で生まれた新規の契約で、一時期会社の扱いでは半分ほどを占めたようです。この縁は留まるところを知らず、私→弟→弟の友人に発展しました。更に、私→知人の方へも展開していきます。私→知人、以下その話に移ります。

弟はKさんに同行して、都合3回ベトナムに行きました。その内の1回に、私の知人(以後KMさん)も加わっていました。KMさんもやはり運送会社の社長です。社員は140~150人を擁し、運送のみならず10年ほど前からロジスティクス事業にも進出しました。KMさんの奥様は中国人でありそれを活かし、東南アジア向けに預かった商品をコンテナに入れる輸出業務を請け負っています。次回は、KMさんとの出逢いからスタートしたいと思います。   ~次回に続く~
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