goo blog サービス終了のお知らせ 

梶哲日記

鉄鋼流通業相談役の日々

1000回を振り返り(その3)

2025年03月29日 04時29分46秒 | Weblog
このブログは一体何のために書くのか・誰に・何を・どう伝えるのか、振り返っています。前回は何のために・誰に書くのかを述べましたが、今回は何を・どう伝えるかについて書いてみたいと思います。

先ず何を伝えるのか、についてです。ともあれテーマを決めることですが、何のために・誰に書くのかに連動していることは確かです。それをベースに書くのは私、日頃の私の問題意識に他なりません。この問題意識は二つ、一つ目は私が実際にやっている事・関わっている事、二つ目は私の描いているモノの見方・考え方です。

ブログをスタートしてから数年のテーマは、一つ目が多かったのですが、最近は二つ目も多くなっています。読者はこの二つに縦分けて読んで下さっていると思います。この二つは言葉を替えれば、一つ目は体験実記と、二つ目は思考実証です。どちらかに偏ると閉塞感がありますのでバランスを考えて続けています。

ブログを書くようになり、そのお陰で色々なことに関心と興味が持てるようになりました。逆に書き続けるためには、実際に体験し、物事を良く観察しなくてはなりません。その勢いで、一回の投稿の文章が長くなってきてしまいました。そこで無理に一回きりにしないで、シリーズで、そのテーマを数回に亘って掲載することが多くなりました。

書こうと思うテーマは複数ストックしていて、何を書こうか困る事は最近なくなりました。その週に書くのは1つのテーマだけですが、先のテーマについても何か気が付いたらメモしています。その週のテーマについては、直ぐ書くのではなく、アイデアを2~3日温めて整理しています。従って書き始めるのは月から火曜日位からです。書いている間に少し内容が変わってくることがあり、これも醍醐味です。

“読むことは人を豊かにし、話すことは人を機敏にし、書くことは人を確かにする”、と哲学者のフランシス・ベーコンは言いました。考え感じただけでは確かになりません。書くことで人は疑いないものにし、また書いておけば記録として残り、残るのであればいい加減なことは書けません。話すことは人を軽薄にさせがちで、書くことは人を慎重にさせます。慎重に確かになるの、繰り返しを毎週行っています。

次にどう伝えるか、についてです。何を伝えるのかは常日頃の意識と解釈しましたが、どう伝えるかは技法であると捉えます。技法とは書き方です。書く内容は同じでも、書き方が違えば伝わり方は変わります。それこそ、て・に・を・は、まで考慮しなくてはなりませんが、技法だけに固執しないように、書いている内容とのバランスを考えています。

私はプロの物書きではありませんので、自己流のスタイルなることは容認しています。しかし、新聞二紙の一面のコラムを毎日好んで読みますので、どちらかというとコラムスタイルかもしれません。本は読みますが小説やエッセイはほとんど読まず、読むのは実用書、解説書、ルポ、歴史書などが中心になります。書き方は、多く読んでいるものに影響されるのではないでしょうか。

テーマによっては、本や新聞や雑誌の文章から引用することも多くあります。以前は一々その紙面を見ながら、パソコンに打ち込んで文字起こしをしていました。ある時文章をスマホで写真を撮って、文章をコピーし、スマホにある“メモ”アプリに張り付けると、自動的に文字起こしができてしまうことを知りました。こんな機能が私のスマホにあったのです。

OCR(Optical Character Recognition/Reader)機能というのだそうです。写真や画像から文字を読み取り、テキストとしてデジタルデータ化する(光学文字認識)技術とのことです。先ずは、必要な原文をデジタルデータ化し、後は省略なり添削なり自由自在に編集が可能です。異なる出典の文章を集め、切ったり貼ったりパソコンならではの機能に助けられています。パソコンやタブレットがないとブログも発信できません。

遅くとも木曜日までには、一応書き上げています。そこでホッとするのですが、それから何回も繰り返し読み返して修正を重ねています。誤字・脱字もあります、流れからして文章の表現もおかしなところもあります。外出する時は、パソコンからスマホに文章を転送して、電車などの移動中チェックしています。パソコンの文章は変更都度USBメモリに保管、万一パソコンが壊れた時のフェールセーフをしています。そして土曜日の朝投稿して、その一週間の仕事がようやく終わります。   ~次回に続く~
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

1000回を振り返り(その2)

2025年03月22日 04時12分32秒 | Weblog
このブログは一体何のために書くのか・誰に・何を・どう伝えるのか、について述べてみたいと思います。前回の(その1)では、ブログをスタートした目的(何のために書くのか)についてふれました。初期の段階では、私は何かを書いて残すことで、社員が読んでくれて、社内のコミュニケーションを図るためと書きましたが、この目的にしても年月を経ながら変遷してきました。

今回は何のために書くのか・誰に、を少し掘り下げてみます。会議などでの発言は、その場の対処や対策だけで、それを離れ私の物事の考え方や感じ方は中々社員に伝えるチャンスが無いと感じていたので、ブログでそれを表現出来たらとの思いがありました。しかし、社員にブログを読んでくれているのかどうか、一々聞くわけにもいきません。一方通行でいいとは思いつつも、この目的はしばらくして実質取り下げました。

読んでくれている人がブログ上にコメントを投稿してくれない限り、そうです、ブログの内容について意見は聞けないのです。この投稿もかなりハードルは高いと思いますし、直に話してくれる人も滅多にいません。そして、ブログは誰が読んでくれているかも殆んど分からないのです。分かるのは、ブログへのアクセス数だけです。書くネタ探しに追われ投稿期日に迫られ、何のために書くか・誰に書くか明確にしないまま過ぎ去った時期もありました。 

SNSの世界で個人の情報を発信する色々な媒体も変遷があり、19年前とはブログの存在感や価値観も変化しています。とりも直さずこの私の19年間は、社長職から会社から離れ相談役になった軌跡でもあり、それを綴ることは自分を見つめ直す機会になり、ブログの内容の変遷はともかく、続けられたから、自分の生き方で新たに気が付くことも多くありました。

読んでくれる人たちは、会社の社員や取引先、鉄鋼業界、勉強会仲間、友人・知人、家族などであることは確かです。わが社を新規で訪れる方が、わが社のホームページを事前にチェックして、リンクしている『梶哲日記』を見てくれるケースもありました。私は今まで、自分からブログを書いていることを殆んど公言していません。誰が読んでいるか全て把握はできませんけれど、何処かで誰かが読んでくれている集積がアクセス総だと解釈してきました。

自分が書きたいことを大事にしたいのですが、読んで下さる側の立場になって興味が湧くかどうかの視点が、もっと大切だと思ってきました。このブログの継続は、究極は自分の為でもありましたが、多く読んで下さる方がいるから書き続けてこられたのも揺ぎ無い事実です。

何のために書く・誰のために書くか、「ブログを書いている現在の心境」は、と問われれば次のような表現になります。「読んでくれている誰かがいる限り、書いている私がいる限り、そこにブログがあるから書く」。似たような言葉になってしまいましたが、「そこに山があるから登る」。イギリスの登山家ジョージ・マロリー(1886~1924)は、「なぜ山に登るのか。そこに山(エベレスト)があるからだ」と答えました。

この言葉を哲学的に捉えれば、「山は人生に似ている。 目先の小さな目的に捉われず、その山の頂上を目指し、ただ一生懸命登ればいい」。となると思います。しかし「そこに山があるから登る」、この表現だけだと実際のところ何も答えていないに等しいともとれます。1924年エベレストの登頂を試みて、帰らぬ人となったマロリーです。2度のエベレスト登頂に失敗した後、23年に米国で講演し「なぜエベレストに登るのか」という、繰り返される質問に嫌気が差して、「そこにそれがあるから」と投げやりに答えたとも伝わっています。

一方でこの言葉には、知識人でロマンチストでもあったマロリーらしさはなく、ニューヨークのガサツな記者の解釈という説もあります。そして別の機会に同じ質問に答えて、マロリーはこんな言葉を残しています。「ただ単に、達成衝動を満足させたいだけであり、この先に何があるか確かめたいという、抑えきれない欲望が人の心には脈打っている」と。

他の事例を持ち出して、少し回り道をしたかもしれません。私のブログに対する心境と、マロリーのエベレストに対する真意とどう比較されるか、読んで下さる皆様の判断にお任せ致します(私のブログの評価と同じく)。少しだけ発言が許されるなら、一週間単位で達成衝動を満足させたい、継続してこの先に何があるか確かめたい、という抑えきれない意欲がブログの私にあることは確かです。   ~次回に続く~

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

1000回を振り返り(その1)

2025年03月15日 02時10分55秒 | Weblog
週一回のこのブログの投稿を始めて、今回で1000回目を迎えました。

その初回は“本日がスタート”と題して、「本日は大安です。わが社のホームページを更新するにあたり、リンクするブログを作成し、今後『梶哲日記』として、会社の出来事や鉄鋼流通業の将来について語っていきたいと思います。恐る恐るブログを作りました。本日は記念すべき日です」との内容でした。

それは2006年2月8日15時の投稿。ですから今から19年前、私が53歳の時です。現在私は72歳ですので、19年/72年となり、人生の三割弱このブログと付き合ってきたことになり、ブログの重みや必要性をあらためて感じます。正直、ここまで続けられるとは思っていませんでした。

19年前の頃とは、先代が急逝して私は社長となり16年経ちましたが、会社経営のあり方や社員の求心力を色々と模索していた時代です。積極的に外部のセミナーや異業種交流会などに、参加していた頃でもあります。その集まりで、コーチングの仕事をされている女性と知り合います(私より10歳ほど年下)。この方がブログを始める切っ掛けを作ってくれました。 

コーチングとは、指導をした相手が目標を達成できるように、コーチが指導する方法です。コーチングでは、コーチが一方的に指示を出すのではありません。目標の達成に向けて、気付きを与えたり自主的な行動を促したり、サポートします。ビジネスだけでなく、スポーツや芸術などの世界でも活用されています。そのような仕事をされている方でした。

「人間の可能性は無限、課題に対する答えは相手の中に必ずある、相手が自ら答えを見つけるためのパートナーに徹する」、との3つに基づくコーチングの考え方に興味を持ちました。その方もコーチングを始めたばかりでクライアントを探していました。約2ヶ月、彼女にコーチングをお願いすることになりました。結果、わが社の曖昧であった当時のビジネスモデルが明確になりました。その後、その方には会社の企業研修も依頼しました。

話をブログに戻します。その方に誘われて、ブログを開設・利用する講習会に一緒に参加したのが、ブログスタートの切っ掛けです。私は何かを書いて残すことで、社員が読んでくれて、社内のコミュニケーションが図れるのではないかと始めました。コーチングのその方の目的は違っていましたが、暫くして彼女のSNSはブログからフェイスブックに変りました。その方とはた未だに勉強会でお会いしますが、共に歳を取りました。 

2019年06月700回を数え、その時に書いたブログです。以下、抜粋です。

 百田尚樹氏の著書に“大方言”があります。第一章は「現代の若きバカものたちへ」、その中の小題「ブログで食べたものを書くバカ」で、以下のようなことが書かれています。『かつて日本ではブログが大流行した。2006年にインターネットの世界で、ブログで最も使われている言語として、日本語が英語を抜いて世界一に。60億人の世界の人口のうち僅か1億2千万人しか使われていない言語が世界のブログの頂点に達した。長い間そうではなかったが、なんと日本人は世界で一番何かを主張したい民族なのだ。ところが多くのブログには、英語でいうI insist(主張)といった内容のものが殆ど無い』。
 『書かれている多くは単なる身辺雑記。しかしどのブログも最初からこうではなく、開設当初少しは格好良いものにしよとの気持ちは見える。しかし大抵の人は三日もすると書くことがなくなってしまう。そこで多くのブロガーは自分の食べたものを書けばいいとの思いに至る。有名人でもない、あなたの日々の食事に関心持っている人が世の中にどれほどいるのだろうか』。
 “大方言”ですので百田氏のデフォルメした表現はあるのでしょうが、頻繁に発信する多くのブロガーが陥る安直性がそこに見られます。『かくいう私自身も、毎日ツイッターで全く内容もないくだらないことを呟き続けている。いやしくも職業作家がお金にならない文章を書き続けるのだから、SNSの魔力はすごい』。これも百田氏の言葉です。
 当初から私は週一回の発信と決めていました。それ程頻繁に発信する内容もなく、一週間で書くことをじっくりまとめ、出来れば長く続けたいと思っていました。週一回でしたので、「ブログで食べたものを書くバカ」のようにならなかったのかもしれません。いえ、私のブログが読み手にどう映っているか、それは自分で判断しないようにします。

こんな内容を書いていました。19年守ってきたことはこの、週一回だけのアップ、一週間かけてまとめる、書いたものを自分で評価をしない(読み手に委ねる)、です。その結果として、長く続けられました。1000回を、ここで少し振り返ってみたいと思います。  ~次回に続く~

 ブログ画面左のカテゴリーの投稿通算回数
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

介護仕事の近況(その10)

2025年03月08日 03時56分49秒 | Weblog
件の利用者のAさんの拒絶が続いています。と、いっても妻が作った食事の拒否ではなく、朝の起床です。他の利用者は、自ら6時台から起きリビングに顔を出し、7時の朝食までテレビを観たりコーヒーを飲んだりゆったりと朝の時間を過ごします。その他の利用者が食事を終え、自室に戻った8時過ぎ頃から、Aさんへの起床の声掛けが始まります。そして最終9時過ぎにはデイ介護の送迎車に載せなくてはなりません。

Aさんは睡眠障害があり10時間以上寝たとしても、本人は睡眠の充足感が無いようです。通院している精神医は、朝起きて昼の施設に通所するだけでも褒めてあげなさい、とは言うそうです。とはいうものの、職員は中々起きないAさんを起こして食事をさせ送り出すことが大仕事です。Aさんの難儀なこところは職員の顔色をみることです。駄々をこねる人とそうでない人がいますが、私は駄々をこねられる人です。

私の時の起床の声掛けは2回・3回は当たり前、送迎車が来るまで起きず、その送迎車の職員の手を借りることもあります。私にとってみると、それは恥です。Aさんは自分が起きられないのは、潜在意識がなせる業で自分ではないと、幼児退行を起こしていると(潜在意識は過去の自分であるとの説です)主張します。正直、これが私の唯一この仕事でのストレスとなります。介護でブルーな気持ちになった時、次の文章を思い出します。

『利用者と介護者との関係』
利用者の現在の状態だけでなく、利用者には人生の背景があることを理解し、可能な限り共感し受容することが大切である。また利用者の、身体的・精神的・社会的側面、生活活動の状況、環境因子、個人因子、健康状態などを細かく知ることが必要である。一方介護者は自分自身を知り、自分の価値観や感情などについて客観的に理解しておくことである。その自己覚知をすることで、目の前の利用者の真の姿を理解することができる。また利用者と信頼関係を構築するには、自分の感情や行動をコントロールすることが必要である。両者の人間関係は、介護の質を決定づけるものである。特に信頼関係がないと、介護実践が成り立たない。その構築の為には十分なコミュニケーションが不可欠である。

これは介護福祉士実務者研修のテキスト中の、「人間関係の形成に関する記述」の言葉です。介護者は対する利用者の十分な理解はいうまでもありませんが、先ず優先しなくてはならないのは介護職自身の自己知覚だとのことです。これを阻むものは先入観や偏見ないし傲慢性ではないかと、私は思います。これを常に払拭できて初めて、介護者は利用者と同じ目線になれるとの訓えです。私に取ってAさんの存在は、これを実践できるかのお試しだと受け止めています。

話しは介護から少し離れるかもしれませんが、自己覚知について最近感じることがあります。私の前職である鉄鋼流通業界の、大手2社の社長交代がありました。退いた社長はどちらも私と同じ72歳、共に息子(同じ40歳代)へのバトンタッチでした。ここからはあくまでも持論です。50年、30年、5年、滞留年数に対する私の考えです。

私は父親が経営する会社の鉄鋼業界に入り50年が過ぎ、半年前に役員も外れ相談役となり、鉄の業界から完全に引退しました。この50年は人生においても長く、別の自分の存在を知りたいのなら50年は一つの区切りです。私は37歳で社長となり30年が経過して、67歳でその席を後進に譲りました。社長歴30年説は一般論となっていますが、その背景には目まぐるしい経済環境への対応力の必要性と、社長の30年以上の在職は老害君臨のリスクがあるからです。

後進の候補(息子)が既に社内にいるのであれば、社長職を60歳代に譲れれば理想的です。長期政権は、後進の社長が活躍する機会を奪っていることに他なりません。先代は「息子に失敗させたくない」「俺の方がまだ経験が豊かだ」との思いでしょうが、見方を変えれば、早く任せれば失敗は糧となり若い人の行動力や発想は早く反映されます。

5年は、社長職を後継者に譲って先代が伴走する期間としての年数です。この時期は先代や新社長、そして社員(新社長の受け入れ)にとっても大切です。上手く引継ぎ・引き継がれていくかの調整期間ですが、大事なのは先代がこの期間中に後継者に全権を委ねる覚悟を決められるかどうかです。ここに譲る側の、自分の力には限界があるのかもしれないとの自己覚知、その有無が決め手です。もし自分の力がまだ有限だと思ったら、新社長が独り立ちする目的の為にも、自ら退き違う世界に挑戦すべきです。最後のこの5年は、徐々に前職を離れ自分は何者かを理解する、自分の為の5年でもあります。

年数の区切りの持論を押し進めたところ、そこに介護の世界が待ち受けていました。この仕事も気力・体力を考えたら、後何年位できるかと考える時があります。しかし、働ける間、働ける職場があることに感謝しています。このシリーズは今回の(その10)を以って終わりとさせてもらいます。読み続けて下さり、ありがとうございます。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

介護仕事の近況(その9)

2025年03月01日 08時09分35秒 | Weblog
前回と今回は、GHでの仕事の仕方や時間の使い方に関して、またその仕事を通しての私の捉え方、さらに仕事を離れての活動なども織り交ぜ、次の4つの視点に分けてたどっています。今回は、3)精神・思考の視点、4)仕事以外の日常の視点、この視点での話をさせてもらいます。

3)精神・思考の視点。 
去年占い師に手相を観てもらいました。四柱推命の通変星によると私は「偏官(へんかん)」だそうで、次のようなタイプとのことです。『「実行力の星」と「型破りの星」を持っており、強いリーダーシップを持って周りを巻き込んでいく性質の持ち主。実行力の星と型破りの星の名に恥じない、反骨精神の塊であり、自分の裁量で行動したいと望みます。自分のビジョンに向かってぐんぐん進めていくので、周囲からも一目置かれ頼りになる存在でしょう。責任感が強く、面倒見がよく、家族や自分のチームのことを大切にし、相手の適性をよく見極めようとします。それによって、自分が中心に立ってチームを作り上げ、プロジェクトをこなしていくことができるでしょう。一方で細かな指示に従ったり、他の人が仕切ったりしている場などはにがてかもしれません』

この占いが当たっているかどうかの判断は、私を知っている読者の方に委ねます。私自身そうかなと思ったのは、『自分の裁量で行動したいと望みます』との個所です。前回も書きましたが、GHでは自分の裁量で働ける自由度があると感じているからです。「型破りの星」があるかどうか分かりませんが、「実行力の星」については私が行動派であることは自認しています。

私は、どちらかというと深く考えるよりは先ずは行動して、試行錯誤しながら、答えを求めるタイプです。2)での睡眠でもお伝えしたように、実践してその結果を検証して改善していく、このサイクルを好んでいます。健康診断の結果だけを頼るより、自分の体調が一番分かるのは自分だと思っています。例えば、お酒も美味しく感じなくなったら、どこか体が悪くなった結果だと受け止めます。

老いと認知症のリスクの本番を迎えています。常に行動し考えていくことが、脳や体の活性化となり、その回避の先送りに繋がって行くと信じています。ある職員は、利用者が4人になったら今の勤務時間では時間が足りないと訴えます。仕事も細切れに同時進行し工夫すれば、今の時間内で私はこなせそうです。朝食は私が作りますが、残ってる食材を極力使い切り、複数の副食が食べる直前に同時に出来上がるように、常に頭と体を使います。小さな進化と改善は、まだまだありそうです。

今の私は、「仕事をすること」が、「これからも生きること」に、繋がっています。ある方から、私が介護の仕事をしていると聞くと、「立派な社会貢献ですね」と言われます。しかしボランティアという言い方は好きではありません。どこか、「無償でやってやってるんだ」という、上から目線を感じるからです。正当な報酬は頂くを私はモットーとしています。求め過ぎる欲はいけませんが、お金は生きるためには必要です。

利用者の方達は、基本的には、感謝の気持ちも表しませんしお礼の言葉も発しません。積み重ねが利かない職場でもあり、職員の行為に対し、利用者からの積み木崩しの場面が多々あります。しかし、利用者がコミュニケーションを我々に求めているのはしっかり伝わります。利用者を観察している精神面での自分、その自己覚知が大切だと思い知らされてます。

4)仕事以外の日常の視点。
GHの翌月一か月の当直日が決まるのは、前月末ギリギリとなります。事前に外せない予定が入っていて勤務できない日を、前月の20日までに申し出ますが、シフトが確定しないこの10日間は翌月のフリーの予定を入れることが出来ません。なぜ月末ギリギリまでGHのシフトが決められないかというと、本体のデイ介護とGHの介護を兼務している職員がいて、本体の利用者の利用状況が確定しなければ、本体のシフト自体が月末まで決まらないからです。

ならば外せない予定としてどんどん出勤できない日としてエントリーしてしまえばいいのですが、週3日当直の私としては、はばかるものがあります。従って、シフトが決定してから休日のところにフリーの予定を入れて行くことになります。フリーの予定とは、例えば「今度時間があったら会いましょう」などの人との約束です。このような用事もあり、GHそして前もってエントリーしている外出予定などで、週の内自宅でゆっくり夕食をとるのが1~2日程度となってしまいました。

最近週一日は独りの時間として使いたい、ドライブがあります。ドライブというより軽キャンピングカーで、当直明けの午前中に出発して、遠出して停められる良い場所があれば、夕方まで車内で過ごします。写真の場所は、茨城県の稲敷市です。新利根川が霞ヶ浦に注ぐ手前の場所で、土手からの景色がとても風情があります。タイムスリップして江戸時代ののどかな風景を観ているようで、このような場所を探すことも楽しみです。

当直明けそそくさと出掛ける姿を妻が見て、「今の仕事が嫌なの!合ってないんじゃないの?」といいます。つまり仕事が辛く憂さ晴らしをしなければいけないのか、との意味です。私は、当直明け家でゴロゴロしていないで外に出掛けられる「活力」がまだあると、捉えるようにしています。確かにストレス解消、気分転換ではあります。しかし、仕事と自分の時間のメリハリはつけておきたいと思っています。ドライブは、夜勤明けの爽快感があり、リセットできる唯一無二の時間となります。   ~次回に続く~



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする