今回は、妻についての話しです。私の当直日に合わせて妻も週三日間勤務していますが、食事提供の為で夕方4時30分から6時30分までです。他の職員の当直者は食事も一人で作りますが、中には手が掛からないレトルト食品などで済ます職員もいます。代表が家庭的な食事を出したいとのこだわりがあり、結局妻はその要望に応えるように務め出しました。
代表のその意向を妻に伝えても、当初妻はためらっていました。理由は主に三つです。障害者と全く接したことが無い。果たして満足な食事が作れるのか。40年近く外での仕事はしてこなかった。確かに40年の空白も事実で、今さらこの年齢で勤務することなど考えていなかったようで、私の何回かの説得でようやく受け入れてくれました。
GHが我が家から歩いて5分程の職場も幸いしました。4時30分からGHに顔を出さなくても、食材の買出しに行ったり自宅で調理したり、一時間程は自由度があり、働きやすいと感じたようです。妻の4時30分出勤のタイムカードは私が打刻し、本人は作った食事などを持って5時30分頃に現れます。
妻は新しい職場で務め出して半年が経過し、だいぶ慣れてきました。月一回ほどの母体の施設で行われる、当直職員が全員集まる会議にも参加します。主婦の目線で気になることが色々あるようで、出しゃばりませんがしっかり発言します。最近は、「次の会議で、こんなことも提案したり質問したりしてみる」、と積極的です。
妻との会話が増えました。GHの日用品や食材調達については、共同作業です。前日の当直者が残した食材も、私たちの当直の間に使い切らなければ無駄になり、妻とのその打合せも欠かせません。GHの利用者には戸惑いもあった妻ですが、徐々に距離感が無くなり、妻が帰ってから翌日まで私の利用者3人への関与が気になるようです。仕事が終わって私が翌朝自宅に戻ると、待ってましたとばかり、妻との会話はGHの話題が中心となりました。
常に提供する食事のことを考えている妻は、当分痴呆症は遠ざけられるでしょう(人の事は言えませんが)。外食に行ってもこんなものを出してみたいとか、新聞、チラシ、雑誌、テレビなどの媒体を通して常に献立のことを考えています。一回出した献立はノートに記録し、今まで私も食べたことが無いおかずをGHで出しています。
そんな仕事で、妻の一番のダメージは、折角出したおかずを残されることです。また、利用者の一人は味付けを既にしているのに、食べる前から違う調味料をかけます。食わず嫌いの利用者もいます。三人の利用者の好き嫌いも段々分かってきましたが、GHは偏食も治す場所であることも認識し、偏らない食事を出すことを心掛けています。
妻がGHに入所した途端、時たま付きまとって「今日の料理は何?」と聞いてくる利用者もいます。利用者が自ら「美味しい!」と言ってくれるのは稀です。しかし「美味しい?」と聞かなくても、最近は食べっぷりで満足しているか分かるようになりました。美味しいものを食べている時は「黙々と、」です。“3人揃って完食”、何よりの妻の喜びです。
私の介護職への転職から、妻を巻き込んでしまいました。妻にとってみると突然自宅のすぐ傍に職場が近寄って来て、そこでの仕事が日常となりました。その突飛性を、妻はまだ腑に落ちてないようですが、私にとってみると妻が働くことになったのは必然性があったように思います。
去年久しぶりに横浜の中華街に行って、妻と食事をしました。食事に満足しほろ酔い気分で、“占いの館”に入りました。妻を観たてた占い師は、「家でくすぶっていないで、歳に関係なく、これからあなたは外で働くことが天性です」と、ズバリ。「あなたはお金に困ることはないけれど、お金の為ではなく、外で働くことが子供や孫たちとの関係性にも良い影響を与えますよ」、とのアドバイスでした。
自分の人生の先行は、自らは分かりません。かといって、他人(占い師)の意見に、全て委ねていいかの判断はつきません。妻は、長年やってきた合唱の集まりなど大事にしています。しかしそれ以外の人と接触しない人生を送るよりは、身体が動く今の妻には、この新たな職場は合っているのではと感じる昨今です。 ~次回に続く~
ある日の夕食
代表のその意向を妻に伝えても、当初妻はためらっていました。理由は主に三つです。障害者と全く接したことが無い。果たして満足な食事が作れるのか。40年近く外での仕事はしてこなかった。確かに40年の空白も事実で、今さらこの年齢で勤務することなど考えていなかったようで、私の何回かの説得でようやく受け入れてくれました。
GHが我が家から歩いて5分程の職場も幸いしました。4時30分からGHに顔を出さなくても、食材の買出しに行ったり自宅で調理したり、一時間程は自由度があり、働きやすいと感じたようです。妻の4時30分出勤のタイムカードは私が打刻し、本人は作った食事などを持って5時30分頃に現れます。
妻は新しい職場で務め出して半年が経過し、だいぶ慣れてきました。月一回ほどの母体の施設で行われる、当直職員が全員集まる会議にも参加します。主婦の目線で気になることが色々あるようで、出しゃばりませんがしっかり発言します。最近は、「次の会議で、こんなことも提案したり質問したりしてみる」、と積極的です。
妻との会話が増えました。GHの日用品や食材調達については、共同作業です。前日の当直者が残した食材も、私たちの当直の間に使い切らなければ無駄になり、妻とのその打合せも欠かせません。GHの利用者には戸惑いもあった妻ですが、徐々に距離感が無くなり、妻が帰ってから翌日まで私の利用者3人への関与が気になるようです。仕事が終わって私が翌朝自宅に戻ると、待ってましたとばかり、妻との会話はGHの話題が中心となりました。
常に提供する食事のことを考えている妻は、当分痴呆症は遠ざけられるでしょう(人の事は言えませんが)。外食に行ってもこんなものを出してみたいとか、新聞、チラシ、雑誌、テレビなどの媒体を通して常に献立のことを考えています。一回出した献立はノートに記録し、今まで私も食べたことが無いおかずをGHで出しています。
そんな仕事で、妻の一番のダメージは、折角出したおかずを残されることです。また、利用者の一人は味付けを既にしているのに、食べる前から違う調味料をかけます。食わず嫌いの利用者もいます。三人の利用者の好き嫌いも段々分かってきましたが、GHは偏食も治す場所であることも認識し、偏らない食事を出すことを心掛けています。
妻がGHに入所した途端、時たま付きまとって「今日の料理は何?」と聞いてくる利用者もいます。利用者が自ら「美味しい!」と言ってくれるのは稀です。しかし「美味しい?」と聞かなくても、最近は食べっぷりで満足しているか分かるようになりました。美味しいものを食べている時は「黙々と、」です。“3人揃って完食”、何よりの妻の喜びです。
私の介護職への転職から、妻を巻き込んでしまいました。妻にとってみると突然自宅のすぐ傍に職場が近寄って来て、そこでの仕事が日常となりました。その突飛性を、妻はまだ腑に落ちてないようですが、私にとってみると妻が働くことになったのは必然性があったように思います。
去年久しぶりに横浜の中華街に行って、妻と食事をしました。食事に満足しほろ酔い気分で、“占いの館”に入りました。妻を観たてた占い師は、「家でくすぶっていないで、歳に関係なく、これからあなたは外で働くことが天性です」と、ズバリ。「あなたはお金に困ることはないけれど、お金の為ではなく、外で働くことが子供や孫たちとの関係性にも良い影響を与えますよ」、とのアドバイスでした。
自分の人生の先行は、自らは分かりません。かといって、他人(占い師)の意見に、全て委ねていいかの判断はつきません。妻は、長年やってきた合唱の集まりなど大事にしています。しかしそれ以外の人と接触しない人生を送るよりは、身体が動く今の妻には、この新たな職場は合っているのではと感じる昨今です。 ~次回に続く~





