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梶哲日記

鉄鋼流通業相談役の日々

介護仕事の近況(その4)

2025年01月25日 06時55分01秒 | Weblog
今回は、妻についての話しです。私の当直日に合わせて妻も週三日間勤務していますが、食事提供の為で夕方4時30分から6時30分までです。他の職員の当直者は食事も一人で作りますが、中には手が掛からないレトルト食品などで済ます職員もいます。代表が家庭的な食事を出したいとのこだわりがあり、結局妻はその要望に応えるように務め出しました。

代表のその意向を妻に伝えても、当初妻はためらっていました。理由は主に三つです。障害者と全く接したことが無い。果たして満足な食事が作れるのか。40年近く外での仕事はしてこなかった。確かに40年の空白も事実で、今さらこの年齢で勤務することなど考えていなかったようで、私の何回かの説得でようやく受け入れてくれました。

GHが我が家から歩いて5分程の職場も幸いしました。4時30分からGHに顔を出さなくても、食材の買出しに行ったり自宅で調理したり、一時間程は自由度があり、働きやすいと感じたようです。妻の4時30分出勤のタイムカードは私が打刻し、本人は作った食事などを持って5時30分頃に現れます。

妻は新しい職場で務め出して半年が経過し、だいぶ慣れてきました。月一回ほどの母体の施設で行われる、当直職員が全員集まる会議にも参加します。主婦の目線で気になることが色々あるようで、出しゃばりませんがしっかり発言します。最近は、「次の会議で、こんなことも提案したり質問したりしてみる」、と積極的です。

妻との会話が増えました。GHの日用品や食材調達については、共同作業です。前日の当直者が残した食材も、私たちの当直の間に使い切らなければ無駄になり、妻とのその打合せも欠かせません。GHの利用者には戸惑いもあった妻ですが、徐々に距離感が無くなり、妻が帰ってから翌日まで私の利用者3人への関与が気になるようです。仕事が終わって私が翌朝自宅に戻ると、待ってましたとばかり、妻との会話はGHの話題が中心となりました。

常に提供する食事のことを考えている妻は、当分痴呆症は遠ざけられるでしょう(人の事は言えませんが)。外食に行ってもこんなものを出してみたいとか、新聞、チラシ、雑誌、テレビなどの媒体を通して常に献立のことを考えています。一回出した献立はノートに記録し、今まで私も食べたことが無いおかずをGHで出しています。

そんな仕事で、妻の一番のダメージは、折角出したおかずを残されることです。また、利用者の一人は味付けを既にしているのに、食べる前から違う調味料をかけます。食わず嫌いの利用者もいます。三人の利用者の好き嫌いも段々分かってきましたが、GHは偏食も治す場所であることも認識し、偏らない食事を出すことを心掛けています。

妻がGHに入所した途端、時たま付きまとって「今日の料理は何?」と聞いてくる利用者もいます。利用者が自ら「美味しい!」と言ってくれるのは稀です。しかし「美味しい?」と聞かなくても、最近は食べっぷりで満足しているか分かるようになりました。美味しいものを食べている時は「黙々と、」です。“3人揃って完食”、何よりの妻の喜びです。

私の介護職への転職から、妻を巻き込んでしまいました。妻にとってみると突然自宅のすぐ傍に職場が近寄って来て、そこでの仕事が日常となりました。その突飛性を、妻はまだ腑に落ちてないようですが、私にとってみると妻が働くことになったのは必然性があったように思います。

去年久しぶりに横浜の中華街に行って、妻と食事をしました。食事に満足しほろ酔い気分で、“占いの館”に入りました。妻を観たてた占い師は、「家でくすぶっていないで、歳に関係なく、これからあなたは外で働くことが天性です」と、ズバリ。「あなたはお金に困ることはないけれど、お金の為ではなく、外で働くことが子供や孫たちとの関係性にも良い影響を与えますよ」、とのアドバイスでした。

自分の人生の先行は、自らは分かりません。かといって、他人(占い師)の意見に、全て委ねていいかの判断はつきません。妻は、長年やってきた合唱の集まりなど大事にしています。しかしそれ以外の人と接触しない人生を送るよりは、身体が動く今の妻には、この新たな職場は合っているのではと感じる昨今です。   ~次回に続く~

 ある日の夕食


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介護仕事の近況(その3)

2025年01月18日 07時25分59秒 | Weblog
現在当GHの利用者は3人です。2人は開設当初去年の7月からの入所、1人は去年の10月からの入所となります。前回もふれましたが、利用者の3人は普通に会話ができます。またそれが職員と利用者、利用者同士の間で、衝突やトラブルなどに繋がる可能性がありました。その利用者の人間性やコミュニケーションついて、お話しします。

仮に、開設当初からの2人をAさんBさんとし、1人後からの入所をCさんとします。年齢は、Aさん25歳、Bさん39歳、Cさん58歳です。AさんとBさんは、当GHに来る前母体の昼間の介護施設で長く一緒でしたので、両人の間では特に問題はありませんでした。ところがCさんが入ることで色々な問題が起こりました。

CさんはここのGHに来る前は、自宅から日中は就労型施設に通所していました。しかし最近怪我(膝関節の損傷)をされ、その施設に通えなくなりました。GH施設は日中のショートステイで利用歴はあったそうですが、夜間利用のGHはここが初めてとなりました。去年10月体験入所を経て、正式に利用することになりました。

そして3人の共同生活が始まり、Bさんに異変が生じます。食事の時間にBさんが一緒に食卓に着かないのです。Bさんは自閉的な面があり、初対面の人への対応は不得意で、Cさんに対する強い警戒感からでした。職員が工夫して徐々に慣れてもらうしかありません。利用者の凸凹を埋めるのが職員の役割ですが、警戒心を解くまで約一ヵ月掛かりました。

ここで、3人それぞれのプロフィールをお伝えした方が、相克関係を説明するにも、個人の行動を知ってもらう上でも、分かりやすいと思います。
Aさん:理屈派であり、1日何もしないことに生きがいを求めています。食べることにこだわりがあります。睡眠障害のせいか10時間寝ても寝不足を訴え、朝起こしても中々起きません。人を見ます。
Bさん:独特の美学を持っています(但し他者から見ると歪んでいることも)。幻覚・幻聴に惑わされます。内向的であり、誰かに何かを強く言われると自分を閉じ、卑下する傾向があります。
Cさん:お母さんに厳しく育てられたせいか(マザコンの反面も)、他人にその憂さを晴らす傾向があります。それなりの歳なので良識的ではありますが、短気で時に暴力的になることがあります。

AさんとBさんの関係は、前述したように特に問題はありません。BさんとCさんの関係は同じく先述したように、BさんがCさんを拒否したところからスタートします。Cさんはそれを根に持ったのではないのですが、Cさんの相手が弱いとなれば(何を言われても抵抗しないBさん)下に見る特性から、上から目線となりました。

「何でそんなに早く食べるの、ゆっくり味合わないの⁉︎」「えー、そんなことも知らないの⁉︎」と、CさんがBさんに浴びせる言葉です。CさんはBさんを小突くことも、たまにあります。見かねて私も中に入り、Cさんに注意を促すこともありますが、Bさんが自ら対抗できることを見守っています。
 
CさんはAさんに対しては、ちょっかいを出しません。AさんはBさんより年下ですが、Aさんの無言の威圧が、Cさんをそうさせているのです。その結果、Cさんは人を選んで、上から目線を駆使します。一方、AさんがBさんを一目置いてくれていることを分かっているので、二人の関係性はスムーズなのです。

Aさんの朝は、職員泣かせです。他の2人は自分で起きてきて、6時から6時半までにリビングに顔を出し、7時の朝食をとられます。Aさんへは職員が部屋に行き、声掛けすることが日課です。ひどい時は、3~4回声掛けしても起きない時があります。代表が当直の際は、ほぼ一発で起きるようです。そこが、人を見ている(確信犯)と私が感じるところです。

Bさんですが、ある日私が当直に入った途端、「自分の二階の部屋から下に飛び降りた」と言い出します。怪我も無く、自室のテラスの下の外を調べても形跡がありません。代表に緊急に報告をしたところ、それは嘘ではないかとのこと。代表曰く「年末年始に実家に帰れるとの期待を裏切られ、何か気を引きたかったのでは」。妄想かどうかの判断が必要です。

Cさんは、物をよく失くします。ある時は障害者手帳を、ある時は鍵を。その時は慌てふためき大騒ぎをして、探してくれと要請があり、低姿勢です。しかし外で落としたのではなく、仕舞い忘れたり実家に置いてきたり、見つかると後はけろっとして、お詫びもお礼もありません。内心少しだけムカつきますがCさんの性格、本人を責めないように努めています。

結局Cさんは、入所後一ヵ月ほど経って、怪我で就労型施設にも通えなったので、GHの母体の介護施設に通所することになりました。3人揃って、送迎車で行き来し、昼間は施設でも一緒に過ごしています。心なしか、3人の関係が前よりよくなっているように感じます。そんなことも受け止めるGHは、家族の居場所に他なりません。

3人には掛けたつもりの梯子を、外されることがしばしばあります。「教育とは流れる水の上に文字を書くようなむなしいものだ。だが、それを岩壁に刻み込むよう真剣に取り組まなくてはいけない」。教育の難しさを説いた、教育者の森信三の言葉です。とても、とてもそこまでは到達していませんが、意味するところは少し分かるようになりました。   ~次回に続く~
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介護仕事の近況(その2)

2025年01月11日 06時37分30秒 | Weblog
母体から派遣された職員2人が退職し、「創成期の当GHの混迷に翻弄されたある意味犠牲者だったのかもしれません」と、前回お伝えしました。表現は適切ではなかったかもしれませんが、組織・体制に調和しなかったのも隠し切れない事実です。そして入れ替わるように、新たな職員2人が就任します。この2人は母体から派遣された人達ではありません。

1人目の方です。既に介護職に従事されている男性、50歳半ば。現利用者の1人がこのGHに来る前のGHに勤務されていた方で、当GHに転職されました。恐らく、代表は職員不足でフリーになっていた彼に声を掛けたと思います。当直勤務は当面週一回ですが、職員の即補充においては助かりました。

2人目の方です。やはり既に介護職に従事されている男性、30歳前半。現母体の施設には更にルーツがあり、そこに勤務されながら兼業されることとなりました。恐らく代表は、1人目の方と同様こちらから緊急要請をしたと思います。1人目と同じく勤務は週一回ですが、それでも貴重な戦力となりました。

2人とも母体に関係する方でした。私に比べれば、介護のプロ経験者です。この2人が定着するまで、代表(50歳)が当直の穴を埋めていて、昼間施設で勤務して、そのままGHの夜勤に入っていたので体は辛かったと思います。ようやく職員の新体制で回り出したのは去年の11月からです。

当GHは1人の職員が勤務しますので、複数での共同作業ではありません。しかし、当直者全員での情報の共有や、翌日の当直者への申し送りは必要となります。その方法は二つあり、一つはGHに備えてある記録簿と、もう一つはグループLINEです。前者はGH管理・運営上備えなくてはならず、更に利用者を随時把握するため必要になります。後者は日々変わる情報の発信・交換のために活用しています。

記録簿には、利用者個別に時間の経過を追っての生活記録(それに対する職員の支援)やバイタルサインチェック表があります。グループLINEでは、常備の日用品の不足や食材の残りなどを次の職員に申し送り、また緊急を要する連絡など、職員が入れ替わっても支障がないようにしています。

それでも職員全員で、GHの運営改善や個々の意見を交換する場が必要となり、月一回全員が集まって会議をすることになりました。この会議で大きな改善があったのが、夜間の利用者に対する見回りです。結論からいいますと、3回から2回に減らすことになりました。夜間の見回りとは、利用者一人ひとりの個室を開けて、異常がないかを確認することです。

従来の見回りは、11:00~0:00に一回目、0:00~2:30に二回目、2:30~4:00に三回目でした。それが0:00~3:00に一回目、3:00~5:00に二回目となりました。これは代表が実際当直体験をして、睡眠が分断され職員が十分寝れないのでは、との意向が強く反映されました。長期に働く上で、職員の健康・衛生管理も大事との配慮がありました。

これにより、睡眠時間の自由度が大幅に改良されました。職員の拘束解除の時間帯(夜間見回りは除く)は、22:00から6:00までです。例えば早寝の職員であれば、22:00から3:00まで(5時間)まとめて寝れます。例えば夜更かしの職員であれば、0:00から5:00まで(5時間)まとめて寝れます。これによって、私も大分身体が楽になりました。

因みに、高齢者対象の利用者のGHや、障害者でも身体や知的障害がある利用者のGHでは、トイレ補助、おむつ交換、体位変換などがあり、職員は夜間ほぼ横になることはできません。正に、夜通しの夜勤となります。

いずれにしても、職員一人ひとりが当直で勤務しながら、一人の判断で判断・解決できないこともありその問題を持ち寄って話し合い、会議はこれからも定期的に開催して、GHを運営しながら諸問題の改良や改善をしていくしかありません。

当GHはあらためて障害者でも精神障害限定です。利用者で構音障害がある方もいますが、その方も含め皆さん会話はできます。またそれが職員と利用者更に利用者同士の間で、衝突やトラブルなどに繋がりました。GH内のコミュニケーションや関係性について、次回以降お伝えしていきたいと思います。   ~次回に続く~


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介護仕事の近況(その1)

2025年01月04日 03時58分33秒 | Weblog
令和7年、新年を迎えました。本年もブログ上ですがよろしくお付き合い頂きたいと思います。

さて、障害者の日中の生活支援からグループホーム(以下GH)の勤務になってほぼ半年経過しました。その当直の時間帯は、夕方4時30分から翌朝9時30分までとなります。妻も食事提供の為、私の当直に合わせて勤務していますが、夕方4時30分から6時30分までです。私自身は週3日の当直も慣れてきましたが、GHもスタートしたばかりで、色々な課題への対応をせまられています。

今回の年末年始は、当GHとしては初めてです。現在利用者は3名です(定員4名)。それぞれには実家があり、3人が実家に帰るならGHは閉めて、職員も休みがとれるはずでした。結局利用者の3名ともGHで過ごすこととなりました。GHは一旦開設すれば、利用者さんが居る限り1年365日稼働は当然のことになり、職員の出勤もしかりです。

私達夫婦は年末年始予定もなく、当直のシフトに組み入れてくれていいと申し出ていました。結局当直は、12月29日と30日、1月1日と3日となりました。幸いなことに、我が家で娘と息子の家族が恒例で全員が集まって正月を祝うのが2日の午前11時からでしたので、支障ありませんでした。職場から歩いて5分の所に自宅があり、その近さも助かっています。

あらためてGHでの勤務内容です。職員1名で4名の利用者(現在3名)の援助・支援をします。片や現在職員要員は5名います。私以外は、週1日程度しか勤務しませんので、私は週3日の当直となります。身体や知的障害者(精神障害者のみ)はいませんので、夜間のトイレなどの介助はなく、深夜~明方3回の見回りはありますが、何もなければ普通に寝ることはできます。しかし朝夕の食事の提供や施設の掃除、そして生活支援も行いますが、私以外の職員は全て一人で行うことになります。

このGHには母体があります。昼間障害者の生活介護支援をしている施設があり、そこが母体です。施設の代表が長年GHを開設したいと想っていて、去年7月その夢が叶い開設にこぎつけました。既存ではなくゼロからのスタート、色々諸問題が出てきますが、それを一つひとつ解決してクリアすれば、管理職の任命を受けた私としてもやりがいがあります。

去年の7月から10月まで12回に亘って、私の介護の仕事をこのブログ上でお伝えしましたが、その後も色々変化がありました。今回また近況をお伝えしたいと思います。当初係わっていた職員が2人退職し、新たに2名が加わりました。利用者も2人から3人に増え、近々4人になる予定です。利用者が定員になれば、運営的に採算が採れるようになります。

先ず職員に関してです。当初の職員の人員は、私も含め母体の昼間の施設に勤務していた人たちでした。GHで新たに職員を募るのではなく、母体から派遣する形でした。その中に女性の看護師の方(60歳半ば)がいました。施設で唯一飲みニケーションが出来る男性(同じく60歳半ば)もいました。この二人が退職してしまいます。

看護師の方は、金曜日から日曜日まで、私と同じく3日間当直可能。彼女の自宅が神奈川県と遠いこともあり、自宅に戻らずGHに連泊していました。通所する昼間の施設は日・月曜日はお休みです。彼女は無償で、利用者と二日間日中はGHに居ることになりました。それが結果として、裏目に出てしまいます。 

勤務一ヵ月して突然、彼女から代表に辞職の連絡が入りました。利用者の一人とソリが合わなくなったことが理由です。週末日中のGHでは職員はいなくとも、利用者だけで生活することは特に問題ではありませんでした。しかしAさんが週末利用者さんと一緒にいて、見守ってくれることは、スタートしたばかりのGHとしては助かっていたことも事実です。

利用者二人とは、近くのショッピングモールに出掛けたり、食材の買出しに付き合ってもらったり、彼女自身も楽しんでいました。その反面利用者は、朝は遅くまで寝て、食べたいものを食べる、そんな乱れた生活が身に付いてしまいました。彼女はさすがに呆れ、強く言ったようです。するとその利用者は、彼女の言うことを聞かなくなり、全面拒絶の態度を露わにしました。「GHの仕事をしていく自信を失った」と、退職します。

一方男性の方です。離婚歴があり独り身。会社を経営していたこともあり、歳も近く、いつしか月一回程度の飲みニケーションが始まりす。彼から施設の色々情報も伝わり、高齢者・転職者同士、長く付き合える方と思っていました。その彼が昼の施設の仕事を兼務しながら、週一回ほどGHの仕事をするようになりました。食事は手作りでしたので、利用者からも好評でした。ただ彼が唯一拘っていたのはLINEです。発祥の国に特別の嫌悪感があり、GHで情報の共有になったグループLINEの参加を拒みました。

私がメールで、彼にグループLINEの内容を転送するのですが、限界もありました。そんな頑なな彼を代表は許しませんでした。「業務命令でグループLINEをするのか、しないのなら業務から外す」と迫ったのです。しかし彼は持論を曲げず、その後辞職を表明します。たかがLINEごときで大人気ないとは思いましたが、組織について行けない彼を、私としても最後は容認出来ませんでした。

退職した職員2人は、創成期の当GHの混迷に翻弄されたある意味犠牲者だったのかもしれません。このような展開となりましたが、開設したGHは前に進むしかありませんでした。   ~次回に続く~
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