今回で、このテーマの話しは最後となります。仏教、仏教というけれど、その仏教はどこからきて一体何なのか。松波龍源著『ビジネスシーンを生き抜くための仏教思考』の力を借ります。第三部“仏教の視点を比較する”の一部を要約して、以下引用させてもらいます。
まずは私たちが生きる現代社会のベースとなっている、西洋哲学と仏教の比較です。紀元前500年ごろ、古代ギリシャの哲学者ヘラクレイトスは「万物は流転する」という言葉を残したといわれます。すべてのものは移り変わってゆき、何かを固定的にとらえるのは不可能であると。この考えは、仏教とよく似ています。
そこから100年ほど下ると、有名なソクラテス、プラトン、アリストテレスの時代になります。その中でもプラトンはヘラクレイトスに影響を受けたといわれ、その後の西洋哲学の大きな柱となった「イデア」を提唱しました。イデアを端的に説明するのは難しいのですが、ものごとの本質や真実の姿、この世の真理のようなものを表す概念です。
仏教と決定的に違うのは、プラトンは、イデアを不動不変の、確固たる究極のゴールとして「存在する」と考えた点です。実在するけれども、私たちはまだそれが見えていないだけだというのです。仏教の場合は、直観すべき空性(真理)は変化そのもの、ネットワークそのものだと考えます。
ギリシャ哲学の時代までの西洋哲学と仏教を比較すると、その違いの視点は『究極的な真理』と『興味の対象』に二つに集約されます。この二点は決定的に異なります。『究極的な真理』について、西洋哲学では「不変不動の確固たる真理が実在する」となり、仏教では「実在するのではなく、関係性やネットワークそのもの」となります。『興味の対象』について、西洋哲学では「認識の対象物:世界とは何か?」となり、仏教では「認識する心:私とは何か?」となります。
その後、西洋哲学に大きな影響を与えたのがキリスト教です。キリスト教が生まれたのは中東のエルサレムですが、紀元2世紀ごろからヨーロッパに流入し、4世紀末にはローマ帝国が国教化しました。ギリシャ哲学には、哲人たちが「ああでもない、こうでもない」と自由に議論をして思索を深める伝統がありました。しかし、キリスト教が国教になったことで、それ以外の考え方が禁止されてしまいます。なぜかというと、キリスト教は「神がこの世をつくった」という世界観で動いており、聖書に書かれたことは「神の言葉」とされていたからです。ですから聖書の内容と矛盾することはすべてアウトとなり、自由な思索が大きな制約を受けることになります。ギリシャ哲学の時代には仏教と共通点の多かった西洋哲学ですが、その軸が聖書を絶対視するキリスト教になったことで、梃子でも絶対性を認めたくない仏教とは、完全に反対の方向を向いたのです。
そんな仏教の発祥の地はインドです。日本への伝道は一旦中国に入り、そこから伝わります。その中国での仏教は、インドからバラバラに伝わり、そして中国でカスタマイズされ変容します。インドの人々は歴史の並び順や、「古いものが新しいものに移り変わりながら良くなっていく」という進化論的な考え方を、あまりしないようです。いろんなものがごちゃごちゃに混ざっていても「それはバリエーションだよね」という程度です。
一方で中国や日本など東アジアの人々は、歴史や物事の順序、整合性を重視する精神文化を持っています。このあたりは西洋の弁証法的思考とよく似ていて、私たちは「新しく出てきたものは古いものより優れている」「古い劣ったものを解決しながら進歩していくのだ」という考え方を、無意識のうちにしているのでしょう。ここに、両者の違いがあります。
仏教を歴史的に見ると、まず釈迦牟尼による原始仏教があり、部派仏教の時代を経て、大乗仏教という大きな流れが分岐しました。大乗の中でも、禅や密教や念仏など、さまざまな流派に分かれています。この流れがインドでは整理されておらず、古いとか新しいとかいうことは関係なく「どれも仏教だよね」と、ごちゃっと一か所にプールされているのです。
そんな状況で、インドから時系列に関係なくランダムに中国に伝わっていくことになります。ものごとの順序や整合性を重視する中国では、後から伝わってきたものが新しいバージョンである「はず」で、新しいものは古いものより良い「はず」だと考えます。内容も整合性が取れませんから、中国の人々にとってはものすごく据わりが悪く、中国仏教界は大きく混乱します。
こんなふうに、インドからバラバラに伝わってきた仏教に困惑する中国に、度胸のある人が現れました。天台智顗(てんだいちぎ)という6世紀後半の人物です。彼はごちゃごちゃとして整合性の取れていなかった仏教を、自身の解釈で「えいやっ!」と整理したのです。「これこそが、最も優れた仏教徒に向けた最高の教えだ」と彼が考えたのが「法華経」でした。こうして法華経をよりどころにした天台宗が、当時の中国では「最高で最新のバージョン」だとされたのです。
実際の歴史事実とはまったく違うのですが、「ごちゃごちゃして訳がわからない」という人々の困惑を解消したことは、当時の中国仏教界では非常に大きな功績でした。この智顗の解釈がベースとなって、その後の中国仏教にも大きな影響を与え続けることになります。
以上が要約ですが、松波氏著書第三部のごく一部です。中国から今度は日本に伝来した仏教も、同じく中国からランダムに入り日本でカスタマイズされました。日本の今日までの仏教について、この本はとても解りやすくまとめています。いずれこのブログ上で、中国から渡って日本で変質した、その内容の仏教も紹介したいと思っています。
『ポスト資本主義と仏教』について、今回は話してきました。その仏教も、歴史上でも、国によっても多様性があります。しかし原点は2500年前の釈迦牟尼の思考であることは間違いありません。ポスト資本主義においての仏教の視点も、松波氏はそれをベースとしています。
人々が物質的に豊かになるため、その経済の成長のためにも、ある時代まで資本主義は避けて通れない必要なシステムでした。しかしその結果として、格差や不平等、気候変動、環境悪化、社会的排除など様々な弊害を生み出しました。それらを回避するのに、カーボンニュートラルやSDGsなどの取り組みも、近年課題となっています。資本主義もそうですが社会主義も、変質は繰り返してきたものの、両方とも陰と陽を持ち合わせ、歪を解消できていません。
釈迦牟尼の時代は物質的に豊かではなく、その仏教は現代を想定していませんが、釈迦牟尼は心の在り様の悟りをひらいていました。人間に必ず訪れる生老病死についても、どう考えどう対応するかヒントを与えていました。ポスト資本主義としての、そのような仏教を見直す必要性を今回痛感しました。
まずは私たちが生きる現代社会のベースとなっている、西洋哲学と仏教の比較です。紀元前500年ごろ、古代ギリシャの哲学者ヘラクレイトスは「万物は流転する」という言葉を残したといわれます。すべてのものは移り変わってゆき、何かを固定的にとらえるのは不可能であると。この考えは、仏教とよく似ています。
そこから100年ほど下ると、有名なソクラテス、プラトン、アリストテレスの時代になります。その中でもプラトンはヘラクレイトスに影響を受けたといわれ、その後の西洋哲学の大きな柱となった「イデア」を提唱しました。イデアを端的に説明するのは難しいのですが、ものごとの本質や真実の姿、この世の真理のようなものを表す概念です。
仏教と決定的に違うのは、プラトンは、イデアを不動不変の、確固たる究極のゴールとして「存在する」と考えた点です。実在するけれども、私たちはまだそれが見えていないだけだというのです。仏教の場合は、直観すべき空性(真理)は変化そのもの、ネットワークそのものだと考えます。
ギリシャ哲学の時代までの西洋哲学と仏教を比較すると、その違いの視点は『究極的な真理』と『興味の対象』に二つに集約されます。この二点は決定的に異なります。『究極的な真理』について、西洋哲学では「不変不動の確固たる真理が実在する」となり、仏教では「実在するのではなく、関係性やネットワークそのもの」となります。『興味の対象』について、西洋哲学では「認識の対象物:世界とは何か?」となり、仏教では「認識する心:私とは何か?」となります。
その後、西洋哲学に大きな影響を与えたのがキリスト教です。キリスト教が生まれたのは中東のエルサレムですが、紀元2世紀ごろからヨーロッパに流入し、4世紀末にはローマ帝国が国教化しました。ギリシャ哲学には、哲人たちが「ああでもない、こうでもない」と自由に議論をして思索を深める伝統がありました。しかし、キリスト教が国教になったことで、それ以外の考え方が禁止されてしまいます。なぜかというと、キリスト教は「神がこの世をつくった」という世界観で動いており、聖書に書かれたことは「神の言葉」とされていたからです。ですから聖書の内容と矛盾することはすべてアウトとなり、自由な思索が大きな制約を受けることになります。ギリシャ哲学の時代には仏教と共通点の多かった西洋哲学ですが、その軸が聖書を絶対視するキリスト教になったことで、梃子でも絶対性を認めたくない仏教とは、完全に反対の方向を向いたのです。
そんな仏教の発祥の地はインドです。日本への伝道は一旦中国に入り、そこから伝わります。その中国での仏教は、インドからバラバラに伝わり、そして中国でカスタマイズされ変容します。インドの人々は歴史の並び順や、「古いものが新しいものに移り変わりながら良くなっていく」という進化論的な考え方を、あまりしないようです。いろんなものがごちゃごちゃに混ざっていても「それはバリエーションだよね」という程度です。
一方で中国や日本など東アジアの人々は、歴史や物事の順序、整合性を重視する精神文化を持っています。このあたりは西洋の弁証法的思考とよく似ていて、私たちは「新しく出てきたものは古いものより優れている」「古い劣ったものを解決しながら進歩していくのだ」という考え方を、無意識のうちにしているのでしょう。ここに、両者の違いがあります。
仏教を歴史的に見ると、まず釈迦牟尼による原始仏教があり、部派仏教の時代を経て、大乗仏教という大きな流れが分岐しました。大乗の中でも、禅や密教や念仏など、さまざまな流派に分かれています。この流れがインドでは整理されておらず、古いとか新しいとかいうことは関係なく「どれも仏教だよね」と、ごちゃっと一か所にプールされているのです。
そんな状況で、インドから時系列に関係なくランダムに中国に伝わっていくことになります。ものごとの順序や整合性を重視する中国では、後から伝わってきたものが新しいバージョンである「はず」で、新しいものは古いものより良い「はず」だと考えます。内容も整合性が取れませんから、中国の人々にとってはものすごく据わりが悪く、中国仏教界は大きく混乱します。
こんなふうに、インドからバラバラに伝わってきた仏教に困惑する中国に、度胸のある人が現れました。天台智顗(てんだいちぎ)という6世紀後半の人物です。彼はごちゃごちゃとして整合性の取れていなかった仏教を、自身の解釈で「えいやっ!」と整理したのです。「これこそが、最も優れた仏教徒に向けた最高の教えだ」と彼が考えたのが「法華経」でした。こうして法華経をよりどころにした天台宗が、当時の中国では「最高で最新のバージョン」だとされたのです。
実際の歴史事実とはまったく違うのですが、「ごちゃごちゃして訳がわからない」という人々の困惑を解消したことは、当時の中国仏教界では非常に大きな功績でした。この智顗の解釈がベースとなって、その後の中国仏教にも大きな影響を与え続けることになります。
以上が要約ですが、松波氏著書第三部のごく一部です。中国から今度は日本に伝来した仏教も、同じく中国からランダムに入り日本でカスタマイズされました。日本の今日までの仏教について、この本はとても解りやすくまとめています。いずれこのブログ上で、中国から渡って日本で変質した、その内容の仏教も紹介したいと思っています。
『ポスト資本主義と仏教』について、今回は話してきました。その仏教も、歴史上でも、国によっても多様性があります。しかし原点は2500年前の釈迦牟尼の思考であることは間違いありません。ポスト資本主義においての仏教の視点も、松波氏はそれをベースとしています。
人々が物質的に豊かになるため、その経済の成長のためにも、ある時代まで資本主義は避けて通れない必要なシステムでした。しかしその結果として、格差や不平等、気候変動、環境悪化、社会的排除など様々な弊害を生み出しました。それらを回避するのに、カーボンニュートラルやSDGsなどの取り組みも、近年課題となっています。資本主義もそうですが社会主義も、変質は繰り返してきたものの、両方とも陰と陽を持ち合わせ、歪を解消できていません。
釈迦牟尼の時代は物質的に豊かではなく、その仏教は現代を想定していませんが、釈迦牟尼は心の在り様の悟りをひらいていました。人間に必ず訪れる生老病死についても、どう考えどう対応するかヒントを与えていました。ポスト資本主義としての、そのような仏教を見直す必要性を今回痛感しました。





