週一回のこのブログの投稿を始めて、今回で1000回目を迎えました。
その初回は“本日がスタート”と題して、「本日は大安です。わが社のホームページを更新するにあたり、リンクするブログを作成し、今後『梶哲日記』として、会社の出来事や鉄鋼流通業の将来について語っていきたいと思います。恐る恐るブログを作りました。本日は記念すべき日です」との内容でした。
それは2006年2月8日15時の投稿。ですから今から19年前、私が53歳の時です。現在私は72歳ですので、19年/72年となり、人生の三割弱このブログと付き合ってきたことになり、ブログの重みや必要性をあらためて感じます。正直、ここまで続けられるとは思っていませんでした。
19年前の頃とは、先代が急逝して私は社長となり16年経ちましたが、会社経営のあり方や社員の求心力を色々と模索していた時代です。積極的に外部のセミナーや異業種交流会などに、参加していた頃でもあります。その集まりで、コーチングの仕事をされている女性と知り合います(私より10歳ほど年下)。この方がブログを始める切っ掛けを作ってくれました。
コーチングとは、指導をした相手が目標を達成できるように、コーチが指導する方法です。コーチングでは、コーチが一方的に指示を出すのではありません。目標の達成に向けて、気付きを与えたり自主的な行動を促したり、サポートします。ビジネスだけでなく、スポーツや芸術などの世界でも活用されています。そのような仕事をされている方でした。
「人間の可能性は無限、課題に対する答えは相手の中に必ずある、相手が自ら答えを見つけるためのパートナーに徹する」、との3つに基づくコーチングの考え方に興味を持ちました。その方もコーチングを始めたばかりでクライアントを探していました。約2ヶ月、彼女にコーチングをお願いすることになりました。結果、わが社の曖昧であった当時のビジネスモデルが明確になりました。その後、その方には会社の企業研修も依頼しました。
話をブログに戻します。その方に誘われて、ブログを開設・利用する講習会に一緒に参加したのが、ブログスタートの切っ掛けです。私は何かを書いて残すことで、社員が読んでくれて、社内のコミュニケーションが図れるのではないかと始めました。コーチングのその方の目的は違っていましたが、暫くして彼女のSNSはブログからフェイスブックに変りました。その方とはた未だに勉強会でお会いしますが、共に歳を取りました。
2019年06月700回を数え、その時に書いたブログです。以下、抜粋です。
百田尚樹氏の著書に“大方言”があります。第一章は「現代の若きバカものたちへ」、その中の小題「ブログで食べたものを書くバカ」で、以下のようなことが書かれています。『かつて日本ではブログが大流行した。2006年にインターネットの世界で、ブログで最も使われている言語として、日本語が英語を抜いて世界一に。60億人の世界の人口のうち僅か1億2千万人しか使われていない言語が世界のブログの頂点に達した。長い間そうではなかったが、なんと日本人は世界で一番何かを主張したい民族なのだ。ところが多くのブログには、英語でいうI insist(主張)といった内容のものが殆ど無い』。
『書かれている多くは単なる身辺雑記。しかしどのブログも最初からこうではなく、開設当初少しは格好良いものにしよとの気持ちは見える。しかし大抵の人は三日もすると書くことがなくなってしまう。そこで多くのブロガーは自分の食べたものを書けばいいとの思いに至る。有名人でもない、あなたの日々の食事に関心持っている人が世の中にどれほどいるのだろうか』。
“大方言”ですので百田氏のデフォルメした表現はあるのでしょうが、頻繁に発信する多くのブロガーが陥る安直性がそこに見られます。『かくいう私自身も、毎日ツイッターで全く内容もないくだらないことを呟き続けている。いやしくも職業作家がお金にならない文章を書き続けるのだから、SNSの魔力はすごい』。これも百田氏の言葉です。
当初から私は週一回の発信と決めていました。それ程頻繁に発信する内容もなく、一週間で書くことをじっくりまとめ、出来れば長く続けたいと思っていました。週一回でしたので、「ブログで食べたものを書くバカ」のようにならなかったのかもしれません。いえ、私のブログが読み手にどう映っているか、それは自分で判断しないようにします。
こんな内容を書いていました。19年守ってきたことはこの、週一回だけのアップ、一週間かけてまとめる、書いたものを自分で評価をしない(読み手に委ねる)、です。その結果として、長く続けられました。1000回を、ここで少し振り返ってみたいと思います。 ~次回に続く~
ブログ画面左のカテゴリーの投稿通算回数
その初回は“本日がスタート”と題して、「本日は大安です。わが社のホームページを更新するにあたり、リンクするブログを作成し、今後『梶哲日記』として、会社の出来事や鉄鋼流通業の将来について語っていきたいと思います。恐る恐るブログを作りました。本日は記念すべき日です」との内容でした。
それは2006年2月8日15時の投稿。ですから今から19年前、私が53歳の時です。現在私は72歳ですので、19年/72年となり、人生の三割弱このブログと付き合ってきたことになり、ブログの重みや必要性をあらためて感じます。正直、ここまで続けられるとは思っていませんでした。
19年前の頃とは、先代が急逝して私は社長となり16年経ちましたが、会社経営のあり方や社員の求心力を色々と模索していた時代です。積極的に外部のセミナーや異業種交流会などに、参加していた頃でもあります。その集まりで、コーチングの仕事をされている女性と知り合います(私より10歳ほど年下)。この方がブログを始める切っ掛けを作ってくれました。
コーチングとは、指導をした相手が目標を達成できるように、コーチが指導する方法です。コーチングでは、コーチが一方的に指示を出すのではありません。目標の達成に向けて、気付きを与えたり自主的な行動を促したり、サポートします。ビジネスだけでなく、スポーツや芸術などの世界でも活用されています。そのような仕事をされている方でした。
「人間の可能性は無限、課題に対する答えは相手の中に必ずある、相手が自ら答えを見つけるためのパートナーに徹する」、との3つに基づくコーチングの考え方に興味を持ちました。その方もコーチングを始めたばかりでクライアントを探していました。約2ヶ月、彼女にコーチングをお願いすることになりました。結果、わが社の曖昧であった当時のビジネスモデルが明確になりました。その後、その方には会社の企業研修も依頼しました。
話をブログに戻します。その方に誘われて、ブログを開設・利用する講習会に一緒に参加したのが、ブログスタートの切っ掛けです。私は何かを書いて残すことで、社員が読んでくれて、社内のコミュニケーションが図れるのではないかと始めました。コーチングのその方の目的は違っていましたが、暫くして彼女のSNSはブログからフェイスブックに変りました。その方とはた未だに勉強会でお会いしますが、共に歳を取りました。
2019年06月700回を数え、その時に書いたブログです。以下、抜粋です。
百田尚樹氏の著書に“大方言”があります。第一章は「現代の若きバカものたちへ」、その中の小題「ブログで食べたものを書くバカ」で、以下のようなことが書かれています。『かつて日本ではブログが大流行した。2006年にインターネットの世界で、ブログで最も使われている言語として、日本語が英語を抜いて世界一に。60億人の世界の人口のうち僅か1億2千万人しか使われていない言語が世界のブログの頂点に達した。長い間そうではなかったが、なんと日本人は世界で一番何かを主張したい民族なのだ。ところが多くのブログには、英語でいうI insist(主張)といった内容のものが殆ど無い』。
『書かれている多くは単なる身辺雑記。しかしどのブログも最初からこうではなく、開設当初少しは格好良いものにしよとの気持ちは見える。しかし大抵の人は三日もすると書くことがなくなってしまう。そこで多くのブロガーは自分の食べたものを書けばいいとの思いに至る。有名人でもない、あなたの日々の食事に関心持っている人が世の中にどれほどいるのだろうか』。
“大方言”ですので百田氏のデフォルメした表現はあるのでしょうが、頻繁に発信する多くのブロガーが陥る安直性がそこに見られます。『かくいう私自身も、毎日ツイッターで全く内容もないくだらないことを呟き続けている。いやしくも職業作家がお金にならない文章を書き続けるのだから、SNSの魔力はすごい』。これも百田氏の言葉です。
当初から私は週一回の発信と決めていました。それ程頻繁に発信する内容もなく、一週間で書くことをじっくりまとめ、出来れば長く続けたいと思っていました。週一回でしたので、「ブログで食べたものを書くバカ」のようにならなかったのかもしれません。いえ、私のブログが読み手にどう映っているか、それは自分で判断しないようにします。
こんな内容を書いていました。19年守ってきたことはこの、週一回だけのアップ、一週間かけてまとめる、書いたものを自分で評価をしない(読み手に委ねる)、です。その結果として、長く続けられました。1000回を、ここで少し振り返ってみたいと思います。 ~次回に続く~






お祝いの言葉を頂き、ありがとうございます。
このブログは今では生活の一部となっていますので、気力・体力が続くかぎり続行したいと思います。
今後共よろしくお付き合い下さい。