梶哲日記

鉄鋼流通業会長の日々

勉強の変遷2

2010年03月27日 07時37分20秒 | Weblog
一概に経営者の勉強と言っても、色々あります。外部の勉強会の様な形で学ぶだけが勉強で無いことは明らかです。取引先、社員、知人や友人、はたまた自分自身の所作振る舞い、それこそ自然現象から、学ぶ対象は千差万別です。広義に解釈すると、それほど広がります。

ここでの勉強は、外部の勉強会や専門のアドバイザーなどに限定したいと思います。先代は私の知る限りでは、その様な意味の勉強はして来ませんでした。前回も書きましたが、創業者は大方成功体験があります。従ってその必要はないでしょうし、また他人から教わる謙虚さも持ち合わせていないと言えるかもしれません。

それが良いとか悪いとかではなく、一つの現象として受け止め、今私の思うところを書いています。人間には必ず、独断や独りよがりのところがあります。それは単なる勘違いや思い違いのレベルではなく、“自分は正しい”と信念として無意識に思い込んでしまうところです。

常に正しいのか正しくないのかと自分に問うことは、非常に辛くしんどいことですし、またそれを指摘し教えてくれる人が傍にいるかどうかが、何よりも重要です。またそんな存在がいても、その指摘が正しいとした場合、素直に受け入れられるかどうかが更に重要です。

人間は根本的には、“自分を変えたくない”生き物なのではないでしょうか。ですからその様なケースでは、厳しい指摘であるほど、多くの人はそこから逃げるか、その人を切るのかして遠ざける行為をするのが常套です。

また所謂経営技法の他に、世の中には成功哲学や企業存続の理(ことわり)も、つまり自然の摂理もあるはずです。それはそれを究めた専門家から教わらない限り、一経営者が独学するには限界があります。そんなことを学べる師匠と出逢えるかどうかもあります。

学ぶことは永遠ですが、私も学ぶだけでなく、教わったことを後輩に伝える歳にいつしかなってしまいました。学んだことは修得して自分で実践出来るだけではなく、人に伝えて初めて価値があることを、最近少しずつ学んでいます。
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