尼崎の整体院です|「かいつう館の日々是整体」 腰痛など慢性の痛みは当院にお任せください^^

尼崎・武庫之荘の整体院です。腰痛・股関節・膝痛、首痛や頭痛など大得意。回数券を必要としない、通えない方のための整体です

総量規制 (閑話休題です)

2005-07-30 11:17:29 | 健康 整体
ちょっと長い話が続いたので、今日は息抜きに。

人間は、あらかじめ量が決まっているという話。

例えば、呼吸。人間は一生の間にできる呼吸数が決まっている、という、、、。1時間に何回心臓がバクバクするか。24時間では何回になり、80歳まで生きるなら、総数何回になる。その回数を早めてやれば、人生を早く終わらせる?ことができる。ゆっくりにしてやれば、より長く生きることができる。「生きる」とはまさに「息をする」ことである。ゆっくり息をすることはすなわち「長生き(長い息)」である、と。

怒り、悲しみ、イライラ、、、、すべて呼吸が早くなっているはずだ。ゆったりした呼吸で怒ることはできない。緊張しているときには「リラックスリラックス、、深呼吸して」というのは、呼吸を長くすることで体の緊張を緩める、ということだ。そんなことが呼吸ひとつでできてしまうところに体の不思議さがある。意識しなくても呼吸はできるのに、意識して呼吸を変えることもできる。心拍数を意識して変えることはできない(特殊なヨギなんかは除くよ、もちろん)のに、呼吸を変えることは許されているのだ。なぜなんだろうか。それだけのメリットがあるに違いない。そんな機能が人間に付加されている理由を考えてみるのもいいと思う。


例えば、食事。俗説だが、一生の間に食べる量が決まっている、という、、、。僕は昔、1日に五食くらい食べていた。で、生活習慣病になって、思いっきり食事を減らさざるを得なくなってしまった。今でも、1日二食なら体重を維持できるが、三食なら確実に太る(注意。二食なら体重が落ち、、、ない。それでも維持できるのである。本当に三食必要なのか?)。結局、昔に将来の分まで食べちゃったから、今は量を減らして少しでも未来の取り分を残している、という状況だ。もし、成人病になっても変わらない食生活を続ければ、一生分を食い尽くした時点でオシャカになる、と考えるわけだ。腹八分目は医者いらず、という。腹六分目は薬いらず、という言葉もある。浮いた四分は将来に先送りされていく、と考えれば長生きできるのもうなずける。不老長寿の代表格、仙人はカスミ(霞み)を食って生きる、という。霞みを食って(つまり何も食べずに)生きられるなら、、、そいつはきっと死なない。

まあ、そんな人生なら長生きしても意味は無い、という人もいるだろうが。事故でもない限り、人間が主体的に寿命を決められるかもしれない、という可能性は知っておいてもいい。「なんで、オレが」と言わなくてもいいように。
コメント   この記事についてブログを書く
« もっと果実を 続き | トップ | かいつう館的食論その② 野菜... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

健康 整体」カテゴリの最新記事