珈琲一杯分の話

2018年2月26日スタートのただのボヤキカフェです。
毒とユーモアを楽しんで頂ければ幸いでございます。

温度差8

2020-05-26 | 日記
せっかく幼稚園や学校が再開したというのに(ウチはまだだけど)、やったー\(^▽^)/と喜ぶんじゃなくて不安だの戸惑いだのという記事を目にすると、こういう温度差は埋まらないなあと脱力する。

一方でこんなママもいる。
そりゃ悪い方に考えればキリがないけど、確実にいいこともあるのに。
私は子供の仕事って「遊ぶ、学ぶ、風邪をひく」ことだと思ってるし、これはどれが欠けてもいけないと考える。
子供には重症化しないといわれるいわば恰好なウイルスこそ、子供のうちにバンバンかかって強い身体になって「重症化しない大人」になればいいと思う。
そんな強い大人が、次世代の子供を守れるんじゃないかと思う。
(こんな記事はネットを探してもなかなかないので、自分で書いてみた( ̄▽ ̄;))

まあでも、この人によっての温度差、感じ方というのはどうにもならない。
アンチブログを書いていた時も、よくこの温度差を悩んだ。
S話には確かに、人によって立ち位置が違うとか事情が違うということはあれ、一方で「同じ経験をしても」ということもあった。
例えば組織に少々厚顔なおばちゃんがいても、そんな他人のことなどどうでもいい人もれば、いちいち深刻な問題になる人もいる。
これは理屈だけでは書きようがなくて、スパンといかなかった。

これは温度差というのかわからないけど、先日、武田邦彦さんの話を聞いていて嬉しくなったことが一つあった。
「最初から金儲けや損得を考えて巧いことを言ったりするのではなくて、自分が本当によいと思うことをして、結果お駄賃が貰えるという順序でなければいけない」
というような内容だった。

うーん、納得の温度の珈琲を提供された如し。
ぬるい珈琲は頂けない。
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