Action is my middle name ~かいなってぃーのMorrisseyブログ

かいなってぃーのMorrissey・The Smithsに関するよしなしごと。

代官山蔦屋『お騒がせモリッシーの人生講座』イベントレポート(2)~モリッシー自伝抜粋

2018-09-29 16:50:10 | 『お騒がせモリッシーの人生講座』

イベントレポートの続きです。(前回はこちら

今回は「レポート」というより、イベント中に触れたモリッシーの自伝の

内容の再紹介という感じです。

 

イベントでは、自伝からの抜粋も紹介したい…と事前打ち合わせで話しており、

単に好きな箇所を選ぼうとするとキリがないので、少年モリッシーがいかに歌手モリッシー

という「大人」になっていくかを軸にして、象徴的なモリッシーの言葉を5つ選び、

紹介しました。

ところが本番では、少年→大人というキレイな流れでは紹介できず、話のついでにランダム

にでした(むしろ、現在から過去にさかのぼる感じ)。

…ということで、ここで改めて順を追ってお見せしておければなと思います!



①11歳 音楽との出会い

少年時代のモリッシーを支えたのは、レコード、そして放映が始まった数々の音楽番組。

音楽に触れることで、ここではないどこかがこの世の中にはあること、こうでありたい

と自分に「なる」ことを願うのは、どん底のマンチェスター生活でも可能であるという

希望を知りました。自伝では、音楽のことだけは、前向きに素直に語っています。本当の

自分に「なる」鍵であったと振り返っています。

 

②18歳 仕事への憎悪

学校は卒業したものの、あまりにもマンチェスターにいたくなくてw、定職にはつけず、数々のバイト

についてはやめ、ついてはやめ、していた頃の言葉。アメリカに行きたくてお金を貯めるため、

レコード店の店員、内国税収入庁のファイル係、病院で医師の手術後の白衣についた内蔵を落とす

仕事…などを転々としますが、どこも長続きせず職安の職員にも匙を投げられる始末。

働くことに対する嫌がり方がハンパない。普通妥協や観念もするのでしょうが、うまくやってこう

なんて気持ちもハナからないのでしょう。「ガバガバヘイ解雇」までされるw

“Heaven Knows I'm Miserable Now”はめちゃ実録だったのですね…。

 

③歌手デビュー「ザ・スミスのモリッシー」戦略

 後のラッセル・ブランドとのインタビューでも語っていましたが、自分には「ポップスター」

となる要素が皆無だったと自覚していたモリッシー。そこで「やっぱダメか」と諦めずに、

歌手として勝負するために「ザ・スミスのモリッシー」というキャラクターを創り上げます。

グラマラスでもセックス・シンボルでも、アイドル的なかわいさもなかったモリッシー、

普通「それじゃあ、ダメか・・・」と諦めるところですが、むしろ「今までいなかった存在」

になることを選択。ヨレヨレおばさんシャツの見かけのみならず、歌詞にすべて自分を入れ

「ポップ」を逆手に取ったのがヤバい!そして戦略的。スミスでの彼のあの姿、存在感は、

偶発的シンデレラボーイではなく、「どうしたら今の自分を抜け出せるか、あっち側に

行けるか」を練って練って練ってできたものなのではないでしょうか。

歌手ですけど、もんのすごいセルフプロデューサーでもありますね。

 

④32歳 憧れのデヴィッド・ボウイとの共演

12歳でボウイに出会って20年後、憧れの救世主と共演を果たしたモリッシー。

数々の憧れの存在とコラボしたり、復活させたり、お友だちになったり、ファンの夢を

すべて果たしている「プロファン」だと思うのですが、ボウイと共演した時のこの気持ちは

格別だったようで、自伝の中でも自分の奥の方にいる幼い自分(いわゆるインナー・チャイルド)

にまで語りかけています。とても素直な感動が伝わってきて、あのわっかりにくい自伝の中でも

私が大好きな部分です!ボウイは、モリッシーにとっては本当に救世主、彼のよく使う

「鍵」という言葉そのものだったのだと思います。

 

トーク中、尾田さんから、モリッシーはボウイの逝去に関して追悼の辞を述べなかったと批判

を受けていた、ふたりの関係がそんなに良くなかったのではという声もあったけど…?

と聞かれました。私は、本当に大切な存在の死に関して、軽々しく「R.I.P.」だとか言えないの

ではないかと思います。それってまるで「死んだんだね、安らかにね、ほなさいなら」みたいな??

ボウイはモリッシーにとって永遠に死んでないんだと思います。

 

トーク中に少し触れましたが、引用元含めて補足です。

この批判を受けた後、2017年“Rolling Stone”のインタビューの中でモリッシーはボウイに関して

「宇宙の電話で彼から電話がかかってきたとしたらどんな話をしますか?」と質問されました。

モリッシーは


「デヴィッドは地球の電話では何度も私に電話をかけてきた。今のデヴィッドはきっと幸せに

違いない。音楽は永遠だ、ほら今、デヴィッドはその真ん中にいる。彼が人生からそれ以外の

ものは何も、望んでいなかったと思っている」


と、答えていました。陳腐な追悼の言葉など、なかったわけだなあ~と思いました。

モリッシーは音楽という永遠を通して、いまだにボウイとライブな交信を行っているのでしょう。

 

⑤ソロ歌手「モリッシー」として

あんなにつらかった学校時代、「モリッシー!!」という教師たちにののしられ、つるし上げられる

ための名前は今や、ファンから熱烈な愛を持って迎えられ、求められる名前となりました。

その満足感が現れている部分。つらい少年時代に、故郷に、生身の体の皮をはぎとられる刑罰

並みの残酷な倫理がまかり通っていたダークな世界に、勝った。


モリッシーの勝利宣言とも言える文章だと思います。勝利の自覚、自信は彼をますます屈強にさせ、

今のもの凄いモリッシーを作り上げているのだと思うと、ますます目が離せないし、

これ以上何を歌っていくのか耳も離せない!!もの凄いレイヤーで過去もあるけど、

「ベストヒット歌手」とかではなく、「現在進行形歌手」なので、キリがなく

魅せられるのだと思います。

 

イベントが終わった後、いろんな方とお話しできました!

「スミスは聴いていたけど、今のモリッシーとかよくわかってなかったから

びっくりした」

「スミスと今のモリッシーって違うものかと思ってたからつながってる

とわかって興味でた」

「ずっと聴いてなかったけど、帰ってスミス聴きなおす!」

「モリッシーのソロも聴いてみます」

…など嬉しいお言葉もいただきました。

 

イベント後、担当編集者の圓尾さんも、インスタで書いてくれました。


「現場主義というのともちがうんだけど現在主義とでも言うのでしょうか。

懐古主義の逆で、今を楽しめるのがいちばんよいよなと思います。

『お騒がせモリッシーの人生講座』はそういうことをモリッシーの

作品や言動から教わる本です。

スミスやモリッシーを伝説の人として過去に押し込めるのではなく

現在進行形のアーティストとして見る。

前野健太の歌にも『今の時代がいちばんいいよ』ってのがあるけど、

そういうことだと思います」


その通りですね。そして、自分にも「今の自分がいちばんいいよ」

って言うためにも、そんな気づきを得るためにも、私たちには音楽が必要

なんだと思いますよ!!過去やノスタルジーとはひたるためだけの

ものにあらず。乗り越えたり、今を生きる味方にするものではないのかな。

 

…また長過ぎて、ここでひとりトークショー(笑)していても仕方ないので

終わり。

 

あ、トークイベント前半で圓尾さんに「ブログとかのテンションと違くて

固い」と言われましたが、わたしのあれもジャンル的には「テンション高め

派生形」だったんですけどねw どんだけ話しを詰め込むか!!的な。。。


まあ、対比的な妙も踏まえて、

次回10月28日(日)日曜日真昼間からの

ロックカフェロフトさんでのイベントは、

もっとオモシロ系に走ろうかなとも思っております。

お相手もお相手ですし!!www

今回と内容もおもむきもガラッと変えますので、

よろしかったら是非そちらにもおいでください。

 


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