会計ニュース・コレクター(小石川経理研究所)

日米欧、時価会計一部凍結へ 金融危機封じへ非常手段

日米欧、時価会計一部凍結へ 金融危機封じへ非常手段

10月17日の日経1面に大きな見出しで出ていた記事です。記事をよく読み、少し調べてみた結果、相当部分が捏造、あるいは情報操作に近いものであると考えます。

まず記事では、「日本の会計基準を作るASBJは16日の会合で「金融商品に関する会計基準」の見直しで一致した」といっています。たしかに、16日のASBJでは時価評価に関するQ&A案を決定していますが、時価会計を前提とした指針であり、時価会計停止といえるものではありません。また、そのASBJは、プレスリリースで「一部報道で、企業会計基準委員会で時価会計一部凍結や金融商品の時価会計の適用の緩和を決定したかのような記事が出されていますが、憶測記事であります」として報道を否定しています。(ちなみに、ASBJが否定しているという事実を日経はまったく報じていません。)

金融危機対応に関する報道について(ASBJのプレスリリース)

時価評価とその算定を巡る会計基準等について(ASBJのプレスリリース)

17日の日経記事では米国やEUも凍結を決めたような見出しが付いていますが、その根拠を記事の中で探してみると、すでに相当前に報道されている米国で金融安定化法に時価会計を一時停止できる措置を盛り込んだことなどが挙げられているだけです。米国に関しては、法律にそういう措置を入れたというだけであり、実際の会計処理は大枠では変わっていません(時価評価の方法に関する基準が変わっていますが、時価会計を停止するというものではありません、)

日経記事(経済面)によれば、時価会計凍結の方向で急展開したのは15日夜に地方銀行協会会長らから財務・金融担当相が陳情を受けたことがきっかけだそうです。しかし、それ以外に凍結の検討が確定したという記述の根拠があるのか探してみましたが、見当たりません。凍結を既成事実としたもっともらしい(しかしよく読むと間違いが多い)解説はたくさん書かれているのですが、金融庁やASBJの責任者によるコメント等もなく、すべてが日経新聞の憶測です。

以上のように、日経の記事は根拠があいまいで、情報操作に近いものであると考えますが、こわいのは、日経があおることによって、時価会計停止が既成事実であるかのような雰囲気ができてしまい、実際にそうなってしまうことです。ASBJは、報道に流されることなく、筋を通してほしいと思います(そうすると金融庁や金融界から「空気を読め」といわれる可能性があるかもしれませんが)。

次に、日経が一部停止の中身として取り上げている「証券化商品の評価法緩和」と「時価評価の対象外範囲を拡大(保有目的の変更可能に)」(17日の日経朝刊経済面)について考えてみます。

「証券化商品の評価法緩和」については、ASBJが16日に公表した「金融資産の時価の算定に関する実務上の取扱い(案)」では、基本的には時価算定に関する現行規定を踏襲しています。そもそも時価算定の指針なのですから、時価を適用する(あるいは開示する)ということが前提となっており、日経の見出しで強調しているような時価会計の「凍結」ではありません。

また、取引が細ってしまい時価算定が難しくなっている証券化商品を多く抱えている欧米の金融機関にとっては、時価算定の微妙なところ(投げ売り的状況であっても実際に取引が成立していればその情報も加味して算定すべきかどうかなど)は影響が大きいと思いますが、金融庁発表によれば日本の金融機関はサブプライム関連などあぶない商品にはあまり手を出しておらず健全だということですから、それを信ずる限り、議論は必要ではあり、理論的にはおもしろい点ではあるものの、緊急性の高い論点とも思えません。(それとも金融庁発表とは違ってあぶない商品をたくさんかかえている(しかも評価減していない)金融機関があるのでしょうか。)

当サイトの関連記事(ASBJの公開草案について)

保有目的変更のほうは、具体的には売買目的から満期保有目的への変更ということですが、株式には満期はないので、対象は債券だけです。株価が乱高下するから満期目的に変えて原価のままにしておこうといっても認められません(18日の日経では「次の焦点は時価会計一部凍結の対象外である株式の評価になりそうだ」といってあおっていますが)。また、17日の日経1面の表ではデリバティブも対象だとしていますが、記事でいっているように欧州に追随するということだと、IASBの改訂基準でもデリバティブは売買目的から外せる対象にはなっていないので、おそらく間違いでしょう。

保有目的変更による振替は時価で行います。したがって、変更の時期が問題となります。いまから基準を変えて変更を認めるとしても、サブプライム関連の債券などはすでに時価が下がってしまっているので、損失を実現させてから振り替えることになります。ただ、IASBの改訂基準では、今年の7月1日(12月決算であれば第3四半期の期首)にさかのぼって振り替えることを認めているようです。こうすれば、7月以降の下落は反映されないことになります。

満期保有目的に振り替えれば、償却原価法による評価となり時価評価の対象ではなくなるので、たしかに時価会計の一部凍結といえるのかもしれません。しかし、この振り替えによって、時価会計凍結の目的とされる貸し渋り解消には役立つのでしょうか。満期目的に振り替えるということはその債券を満期まで塩漬けにすると会社が宣言することです。銀行の場合、中小企業の資金需要に対応するため、その債券を売却して資金化しようとしても、できなくなるわけですから、貸し渋り対策としては逆効果かもしれません。

当サイトの関連記事(IASBの改訂基準について)

以上見てきた2点の論点だけであれば、具体的な改正内容にもよりますが、現行基準の手直し程度であって「時価会計の一部凍結」などというセンセーショナルなものではないかもしれません。最終的な着地点の予想は容易ではありませんが、ASBJは国際的な会計基準設定主体の動向を注視するといっているので、米国基準や国際会計基準と横並びの線まではいくのでしょう。もっとも、これらの基準の最新のものをきちんと理解するだけでも難しい作業です。

時価会計、実態からかい離した価格に問題意識=金融庁長官

このロイターの記事(16日付)の方がおそらく日経より正確でしょう。金融庁長官は「時価会計自体を凍結すべきとの意見は支配的ではない」と述べたそうです。日経記事と違って実名コメントであり、信ぴょう性があります。
 
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