怪人クンのムフフ日記

ムフフ、ムフフ、時々オヨヨの〝怪人クンワールド〟炸裂!
あの大物も、この人も。愉快な仲間続々登場!

逆指名

2005年11月07日 | Weblog
心の中ではこう呟いている。
『日曜日のこんな朝っぱらから、3時間にも及ぶ合気道の稽古とは…マジ?せっかくの休みなんだからさぁ、ゆっくり寝かせてくれよぉ。頼むよぉ~~~』。
みんなも同じ気持ちだろう。とはいえ、これも修行のうちなのだ。つべこべ言わず受けるしかない。9時から南の体育館で師範先生による指導があるのだ。有段者はなるべく出るようにとのことだった。8:20にはナバから電話があり、その10分後彼が迎えに来てくれた。道がすいていたせいもあって10分もかかることなく現地へ到着。
受付を通り館内へ入る。柔道場は1F奥にある。そこまで行く通路には人がごった返していた。シートを引いて寝そべってる人もいた。みな、Tシャツ&短パンのスポーツスタイルだ。中央にあるフロアーではバレーボールの大会が開催されていた。それでこんなに混んでたわけだ。

8:45、柔道場はまだまばらだった。師範先生が来ていたのでご挨拶。しばらくすると続々と指導員や有段者がやってきた。30名は揃っただろうか?
開始の挨拶もなく稽古へ突入。途中、グループ(約6名)ごと師範先生の指導を受ける。厳しい声が飛んできた。各自水分補給などの休憩はあったものの、それから12時まで3時間休みなく体を動かし続けた。終わってみれば、気持ちいい汗と充実感に満ちていた。
このあとは「合気道新聞」の編集会議が待っている。波乱はあるのか?

場所を2階会議室に移す。長いテーブルを4つロの字型に並べる。今回の会議には編集長をはじめ、“イモ”軍団からちょんまげ、トド、カンフー、新、エロ茶、ナバ、怪人クンが参加。他に副編集長と自転車暴走族(♀)も出席。10名のスタッフのうち7名が“イモ”軍団なのだ。へぇ~、7割を“イモ”軍団が占めているのかぁ。考えるとそれも凄い話だなぁ。
開始前にはエロ茶が人数分の弁当とドリンクを買ってきてくれた。それを食べながらの話し合い。実に和やかなムードの会議。心配されていた波乱はどうやらなさそうだ。場の空気が乱れることもなく、話し合いは順調に進んだ。ようやくこのスタッフたちもまとまったみたいだなぁ。より一体感が出てきたように思う。いいぞぉ。その調子だ。楽しい新聞を作るのだ。まずはスタッフが楽みながらやらないとね。
今号は連載企画のインタビューものとナバと怪人クンの記事ができれば完成となる。11月末か12月頭には生徒に手渡されるだろう。怪人クンも急いでバーベキュー(7/31開催)の記事を書かないと。帰ったら書くとしよう。
盛り上がる会議。みんなの心はすでに次へと向かっている。次号をどうするか?だ。新聞の発行は年2回。春と秋だ。組織の年間イベントも決まっていることや発行時期が同じなので、どうしても1面など記事がマンネリになってしまうところがある。それをどうにかできないか?という部分でいろんなアイディアが出された。中にはハチャメチャなものもあったが、それでいいのだ。なぜならアイディアは1つのヒント。あっと驚く目玉記事はこうした雑談から突然生まれるものだからだ。
13時を少し回った頃まで話し合が続いた。

午後から夜にかけて激しい雨が続いた。洪水警報も飛び出した。結局、この日に書く予定だった担当記事はまったく書くことができなかった。外は雨。こんな夜はウチへ帰ってしまうと再び事務所に行くのは面倒だ。新聞記事を水曜日までにはカンフーにメールで送るつもり。もう少し待っててよ。
21時すぎにTVを点けると北野武監督作品「座頭市」を『日曜洋画劇場』でやっていたのでそれを見た。23:30からは「情熱大陸」(TBS)を時間差(ビデオ)で見た。エロカワイイ歌姫・倖田來未のドキュメント。

夜、ピンク色の薔薇にもメールを入れた。できることなら薔薇とは毎日会いたいが、そうもいかない。気が付くと、“夜の画廊”のムーミンからもメールが届いていた。
(怪人クンに会いたいな…)というメッセージ。
クラブやキャバクラ。お水の世界でいう“指名”とは、そのほとんどがお客側から嬢たちを指名するものであるが、時にはその逆もある。嬢たちからの誘いがそれだ。このメッセージはムーミンからの“逆指名”といえるのかもしれない。彼女とは6月以来会っていない。店には4ヵ月行っていないことになる。2005年も残り2ヵ月を切ったことだし、忘年会気分で近いうちに顔を出してみるのも悪くないかな?そんな気もする。


※本田美奈子さんが亡くなったというニュースを夕方ネット新聞で知りました。いやぁ、驚きました。まだ38歳。若すぎますね。ご冥福をお祈りします。
※“ネコの足跡”の壁に飾られていたもの(写真)。