介護タクシー青い鳥のつれづれ日記

東村山市を拠点に「本当に必要な移動サービス」を提供する介護タクシー青い鳥代表の裕さんのつれづれ日記です。

新年を迎えて

2021-01-18 12:00:14 | 人生
令和3年の年が明けてはや半月が過ぎた。
昨年の大みそかに東京のコロナ感染者が1300名を超え、明けて正月には2,000名を超え、とうとう2回目の緊急事態宣言が発令された。
当然年明けの業務は0。今年は配食業務がないので5年ぶりに元旦を家で過ごした。
毎年年頭には今年一年の考えをまとめるのだが、今年は何もする気がせず、ふて寝して過ごした。
さて今年はいかがな年となるか。昨年末で配食の仕事を引退したため、収入は大幅に減るだろうが、地元ディサービスの送迎業務を契約したので
多少は賄えるだろう。本業は壊滅状態なのでまったくあてにはならないが、細々と継続するしかないだろう。車両メンテの経費がでればよしとしようか。
63歳目前である。体や目の衰えもあることだし、そろそろ本格的に終活すべきなのだろう。母も義母もすっかり手のかかる老女になってしまった。
せめて家族がコロナに感染せず、元気でいられることのみが希望である。年金受け取れる65歳まであと2年となった。
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大晦日

2020-12-31 12:02:57 | 人生
今日は大晦日。今、台所ではお正月の準備で嫁と娘が奮闘している。自分は、最後の買い物をしてきた。
今年はコロナで始まり、コロナで終了。いろいろなことがあったが、こっこにきてコロナは最悪の状況。
1日の感染者が1,000名間近までになるとは思っていなかったな。
3月1日に大きな目標を公表してからコロナ過のなかでできることは全部やったが、何一つ成果はでなかった。
新たな法人設立に向けての仲間集めも不調に終わり、苦労して立ち上げることすら馬鹿馬鹿しくなってきた。
おまけに年末に配食業務を引退し、来年の生計は見通しがたたない。
来年はどんな年になるのかな。コロナが終息しても仕事が順調になるとは思えないし。
ゆうべ、久しぶりにちょこっと飲んだが効いてしまった。体調もわるいのでそろそろ終活に向かう一年となるだろう。
まあ、おふくろのお陰で住む家があり、家族も元気でいるので良しとしようか。
家も仕事もなくし、路頭に迷ったひとたちが、無事に年を越せますように。
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とうとうこの日が

2020-12-19 16:43:46 | 人生
本日をもって5年半続けた地域の見守りを兼ねた弁当配食の仕事を辞めました。
1月19日まで席はあるものの、業務は昨日で終了です。
体力の低下と夜半の運転が厳しくなりました。
特に夜間、人や自転車、標識が見えなくなり、危ないので諦めました。
プー太郎になりましたが、本業を細々とつなげていこうかと。
あ~、またこれで大好きな巨ベラつりができなくなりました。
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「大きな決断」をした後で

2020-11-29 10:30:42 | 私の想い
今朝は久しぶりにTVに向かい怒っている。NHKの討論番組。胸にバッジを付けたお偉い議員さんたちがそれぞれもっともらしく勝手なことをペラペラほざく。
新型コロナウィルス拡大の中、すでに関連死は2千名を超えている。もうそろそろ政府は「手に負えない」ことを認め、分科会の提案を素直に受け止めてはどうか。
各知事も「国が責任をもって対策を言えないなら自分たちが決めて発信する」ぐらいのことをやりなさいよ。
国にも都道府県にも打出の小づちがあるわけじゃなし「行動を制限したらすべて補償」なんてできないって正直に言えよ。
補償の財源を少しでも確保するために国会議員や知事の給与を削減するとか一時金を返還するとか、痛みを伴ってみればもう少しましな対策を検討するのではないか。
経済的に何も困ることのない輩が毎日報道で無責任発言を続け、それを面白おかしく色づけして報道するメディア。
この状況を毎日患者の治療に専念している医療従事者はどうみてるのだろう。もちろん旅行なんぞに行ける状況ではないし。
介護関連従事者(自分も含め)も同じように怒り心頭でみているのではないか。
「介護」という名の付いたタクシー事業者である自分だからこそ何かできることはないかと考えるが、何をするにしても国が定めているタクシー料金が最大のネックとなる。
いっそ自分で会社を立ち上げ、自分自身に業務委託しようかともがくも設立に必要な最低人数さえ集められない。
ひとつの見守り活動に終止符を打ったあとでも、「外出支援」の必要性をますます強く感じている。あきらめずに仲間集めを続けて行くしかないな。
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大きな決断

2020-11-23 09:06:35 | 人生
地元施設が行っている地域見守り活動の夕食配膳業務を退職した。
思えば、6年前。同じ施設が行っていた「外出支援」を先輩が辞めたことから、知人からの依頼で始めたのがきっかけだった。
「外出支援」を担当していた職員から配食ドライバーが足りなくて困っていると聞き、自分にも出来る見守り活動と引き受けた。
市内担当地域の100軒ほどを3台の車で配食する。大変なのは「本人及び家族へ手渡し、安否確認が必須」であった。
高齢者がほとんどでかなり認知が進行している利用者もおり、配食時に留守にしたり、在宅してても来訪に気が付かず会えないなど
時間内に終了できず苦労することも多々あった。
退職の理由は、ほぼ体調維持の難しさと夜間運転が厳しくなってきたこと。自分の後任や組織の体制が整いつつあること。
このコロナ過の中で収入の減少は自殺行為みたいなものだが、事故を起こしてからでは遅いので決断した。
この業務から得た経験値は大変な財産となった。高齢者の見守りがどうのようにあるべきか、大いに勉強させて頂いた。
この経験を現在関わっている見守り活動に活かせていこう。
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