goo blog サービス終了のお知らせ 

街道を歩く

今まで歩いた街道、町並み、これから歩く街道、町並みを散文的に紹介

妻、東京へ行く

2018-12-26 00:10:00 | 街道関連

 言わずもがな・・と言ってもお知らせはしておかねばならない。鎌倉である。歴史探訪は有難いと言わなければなるまい。昔のことではあるが鎌倉市長の娘さんとは懇意にしていた。娘さんとは言うものの我々よりはだいぶ年上である。慶応ガールであった。亡くなられて5,6年は経つのだがな。ご主人は前毎日新聞社の記者であった。ただただご冥福をお祈りするのみである。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

唐仁古墳群 (鹿児島県)

2018-12-26 00:10:00 | 鹿児島 古墳フォトチャンネル

唐仁古墳群(鹿児島県)

 

 

肝属川下流左岸に拡がり、前方後円墳5基、円墳約150基からなる鹿児島県下最大の古墳群である。面白いことに前方後円墳の主軸が同じ方向で築造されていると言うことである。またここの最大の前方後円墳を唐仁大塚古墳と呼び墳長140mを測り、周囲を濠が巡っている。 当該古墳群は5世紀初頭頃から築造されたものとする。 また、肝属川右岸には塚崎古墳群があり、同時期に築造されている様である。両古墳群とも国と呼ぶに相応しい体制を整えていたのかもしれないな。



唐仁古墳群位置

 

当該ブログの記事は平成30年(2018)12月10日から25日までである。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

妻、東京へ行く

2018-12-25 00:10:00 | 街道関連





 まるでお上りさんだな。何度も東京に行ってるにもかかわらず。高尾山に行けと言っているのだが・・・うーむ。
 マイペースが歌った「東京」を思い出すが古いかな。まだ古いのだが「東京の灯よいつまでも」を思い出す人もいるかもしれんな。
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

唐仁古墳群 完

2018-12-25 00:10:00 | 鹿児島 古墳





やはり傍に行ってぐるりを見てみたいよな。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

妻、東京へ行く

2018-12-24 00:10:00 | 街道関連

 表だけなら我輩も行くことは出来るぞ。知り合いの関取がここで結婚式を挙げたのだった。うむ、思い出した。一緒にどうかと誘われたが・・


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

唐仁古墳群

2018-12-24 00:10:00 | 鹿児島 古墳


どっちを向いても古墳がある。西都原、新田原、川南、持田とはまた趣が違う。良いところだぞ。ただね、道が狭いから迷惑にならないように気をつけてもらいたい。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

妻、東京へ行く

2018-12-23 00:10:00 | 街道関連





 東京上野でフェルメール展があってるもんだから親戚のものと一緒に行ってきた。品川に長男がいるからここを拠点にして歩いて来たようだ。
 此処だけの話・・写真が悪いのは・・ご勘弁願う。ははは。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

唐仁古墳群

2018-12-23 00:10:00 | 鹿児島 古墳


御覧の通り大事にされているのがお判りになると思う。これが当たり前だな。いちいち文化を大切になんて言わなくてもいいのだからな。


手前に小さな古墳があるぞ。これは道端にあるけれど。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

唐仁古墳群

2018-12-22 00:10:00 | 鹿児島 古墳


画面右にあるのは前方後円墳である。秀麗な形がお判りになると思うが・・

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

天津彦彦火瓊瓊杵尊御陵参考地 (宮崎県)

2018-12-22 00:10:00 | 史跡フォトチャンネル

天津彦彦火瓊瓊杵尊御陵参考地(宮崎県)

 

 

宮内省の調査により明治29年、宮崎県東臼杵郡北川町の可愛岳(えのだけ)山麓の古墳を「可愛山陵伝承地」とした。宮内省がどんな調査をしたかは判らぬが・・・うーむ不思議だがな。小さな円墳が目の前にある。よく見ると主体部が抜かれているように見える。治定するならそれらしくすればいいのだがな。ひ孫の吾平山上陵の方が凄いのだがな。下手に漫画チックなことはやめてもらいたいな。
古事記にはこのような記事はない。日本書紀にあっては「日向の可愛の山の陵に葬ったと」あるのだがここを治定はしていない。
西都原古墳群中の男狭穂塚も参考地等としていることを付け加えておこう。

 

天津彦彦火瓊瓊杵尊御陵参考地

 

当該ブログの記事は平成30年(2018)12月6日から21日までである。再度ご観覧あれ。

西郷さんが好きな方は・・賢明なる読者諸氏ならばもう読んでいるかもしれんが・・司馬遼太郎「翔ぶが如く」が面白いだろうな。(我輩の感想だが)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする