
言わずもがな・・と言ってもお知らせはしておかねばならない。鎌倉である。歴史探訪は有難いと言わなければなるまい。昔のことではあるが鎌倉市長の娘さんとは懇意にしていた。娘さんとは言うものの我々よりはだいぶ年上である。慶応ガールであった。亡くなられて5,6年は経つのだがな。ご主人は前毎日新聞社の記者であった。ただただご冥福をお祈りするのみである。




どっちを向いても古墳がある。西都原、新田原、川南、持田とはまた趣が違う。良いところだぞ。ただね、道が狭いから迷惑にならないように気をつけてもらいたい。



御覧の通り大事にされているのがお判りになると思う。これが当たり前だな。いちいち文化を大切になんて言わなくてもいいのだからな。
手前に小さな古墳があるぞ。これは道端にあるけれど。
天津彦彦火瓊瓊杵尊御陵参考地(宮崎県)
宮内省の調査により明治29年、宮崎県東臼杵郡北川町の可愛岳(えのだけ)山麓の古墳を「可愛山陵伝承地」とした。宮内省がどんな調査をしたかは判らぬが・・・うーむ不思議だがな。小さな円墳が目の前にある。よく見ると主体部が抜かれているように見える。治定するならそれらしくすればいいのだがな。ひ孫の吾平山上陵の方が凄いのだがな。下手に漫画チックなことはやめてもらいたいな。
古事記にはこのような記事はない。日本書紀にあっては「日向の可愛の山の陵に葬ったと」あるのだがここを治定はしていない。
西都原古墳群中の男狭穂塚も参考地等としていることを付け加えておこう。
当該ブログの記事は平成30年(2018)12月6日から21日までである。再度ご観覧あれ。
西郷さんが好きな方は・・賢明なる読者諸氏ならばもう読んでいるかもしれんが・・司馬遼太郎「翔ぶが如く」が面白いだろうな。(我輩の感想だが)