
昭和49年8月28日 佐世保から船小屋温泉までの道中、後ろに見えるのは筑後川昇開橋である。この当時は国鉄佐賀線(佐賀~瀬高)であり、あの柳川も筑後柳川という駅があった。今では見る影もなかろうが、橋は記念物として残された。
船小屋温泉に到着したのは午後二時ごろだった。三軒の旅館に宿泊の可否を尋ねた。自分の姿がみすぼらしいので相手の意向を尋ねたのである。案の定三軒ともあっさりと断られるはめになった。別にこの地に泊まらなくても博多まで行けば友人がいる。もうひとっ走りすればよかったのであるが、少し回り道をして行きたかったことと、この地を流れる矢部川のある風景に一目惚れしたからである。
ようやく四軒目で契約成立し、落ち着いて川辺を散策することが出来た。

翌29日船小屋を発ち、久留米、甘木、二日市、大宰府、都府楼、友人宅までだ。
ご覧のように石碑が傾いている。これが目に飛び込んできた。いい写真が撮れたと自負している。今のように整備され、かつ公園化されていたわけではないのだが、気持ちのよくなる場所であった。









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