

これで絵を描いている。次男が高校の美術で使用していたもので、何回か使ったのかは判らぬが、もったいないので譲り受け使うことにした。これで十分である。これはその時から六年は過ぎている。
長男も美術を選択していたが油絵だったので譲り受けても我輩には簡単にはつかえぬ。それで色鉛筆となったわけだ。
絵を描き始めたのは四年も前だ。そのころは椿、詫助、紫陽花、水仙などを描いていた。
肥後朝顔を知ってからはそればかりである。たまに暑中見舞いの葉書には父の朝顔を描いて親戚に送っていた。もちろん実家にもだ。そのときの父はそれを見てたいそう喜んでくれた。それから殆どが朝顔である。これからもそうであろうが、たまには目先を変えねばなるまい。











