私たちが口にするほとんどの食べ物は、もとを辿れば1粒の「たね」から生まれたもの。ところがいま、世界で売買されている種子のうちのなんと75%が、5つの多国籍企業に所有されていることをご存知ですか? それらの企業は、遺伝子組換え技術と特許を利用して種子を私有化しつつあるという見方さえあります。いま、見えないところで「たね」に何が起きているのか――インドの環境活動家ヴァンダナ・シヴァさんは、「グローバリズムや工業的農業は、たねをお金儲けの道具のように扱っている。たねを、企業による独占や支配から守らねばなりません」と訴えています。
「健全なたねが十分にあれば、食糧不足が起こるはずはない」
「『たね』は、サンスクリット語やヒンディー語で『ビジャ』と言います。生命の源、という意味です。小さな1粒のたねの中に、生命のすべての可能性が詰まっているのです」
柔和な表情で「たね」を語るヴァンダナさんは、カナダで物理学、科学哲学の博士号を取得後、1987年に有機農業を推進する団体「ナヴダーニャ(9つの種)」を設立。有機農業や種子の保存を提唱する一方、多国籍企業による種子の独占やグローバリゼーションのもたらす矛盾を指摘してきました。
「種子には自らの生命を未来につないでいこうとするたくましさがあります。私たちがまいた1粒の穀物の種子が1000粒の種子を与えてくれる。その半分を食べ、一部を保存し、交換し......というように、私たちは種子の恩恵に支えられて生きてきた。健全な種子が十分にあれば、本来は食糧危機や飢餓なども起こり得るはずがないのです」とヴァンダナさん。
ヴァンダナさんたちが営むナヴダーニャ農場では、630品種もの米や200品種の麦、60品種の雑穀、豆、野菜、香辛料などを在来種子で栽培。「大量生産型の近代農業は、単一で均質なものを要求する。でも、私たちにとって大切なのは、多様性と地域性です。多様性が高いほど、じつは生産性も高いんです」
共有財産としての「たね」が独占される
種子を取り巻く情勢が激変したのは、60年代に入ってから。それ以前は農家が自ら種をとり、何世代もかけて味や形、性質などを改良し、地域ごとにその土地に適した種を作りあげていました。ところが、経済成長期になると農業にも経済至上主義が持ち込まれ、大量生産型の単一栽培が拡大。工業的な農業の台頭によって単一栽培に向く生産性の高い種子が求められるようになり、種子づくりは農家の手を離れ、種苗会社の手に委ねられるようになったのです。
「忘れてならないのは、そうした種苗会社の買収を繰り返して巨大化した企業の多くが、戦争中は化学兵器を製造し、戦争が終わると化学肥料や農薬を開発してきた多国籍企業であることです。そして彼らが、次に思いついたのが、種子の特許を握ることでその利益を独占するというビジネス。そのために都合のいいのが遺伝子組換え技術なのです」
遺伝子組換え技術については、その安全性や生物多様性への懸念からも賛否が分かれていますが、ヴァンダナさんがもっとも警戒するのは、本来、共有財産であるはずの「たね」が一部の企業によって独占され、世界の食の支配につながりかねないということです。
「遺伝子組換えとは、種の壁を越え、ある生物に他の生物の遺伝子を入れるという自然界にはあり得ない遺伝子操作の技術。それを種子に特許権をつけることで、あたかも自分たちが新しい遺伝子や食べ物を生み出しているかのような幻想を植え付けようとしているのです」とヴァンダナさん。
「種子は様々な環境の変化に巧みに反応しながら、自らを発展させていくものです。種子は、私たちに本当の意味の豊かさを与え続けてくれる。それが、まるで利益追求のための一つの機械か道具のようにみなされていることを悲しく思います」とヴァンダナさん。
この先、もし彼らが種子の100%を所有するようになれば、私たちに「たねを選ぶ自由」はなくなり、すべて遺伝子組換えになってしまう――。
そうした危機感からヴァンダナさんが立ち上げたのが「シード・フリーダム運動」です。大自然の恵みである種子が世代を超えて生き続ける自由や、農民が種子を保存し、まく自由、私たちが何を食べているのかを知り、遺伝子組換えを拒む自由を守ろうと、世界中を講演しながら人々に訴え続けています。
ヴァンダナ・シヴァ
https://youtu.be/NjO9if9kF6Q
環境活動家、科学哲学博士。有機農業や種子の保存を提唱し、森林や水、遺伝子組み替え技術などに関する環境問題、社会問題の研究と実践活動に携わる。有機農法の研究と実践、普及のための拠点として、NPO「ナヴダーニャ(9つの種)」を設立。これまでに300を超える専門的論文を発表し、多数の著書・共著者として出版。『アース・デモクラシー―地球と生命の多様性に根ざした民主主義』(山本規雄訳・明石書店2007)、『食とたねの未来をつむぐ―わたしたちのマニフェスト』(編著、小形恵訳・大月書店2010)など、それぞれ多くの言語に翻訳されている。「ライト・ライブリーフッド賞」など受賞多数。
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