かごめかごめの真実とは

空海様が私に教えてくれた秘密の暗号

応神天皇の墓と仁徳天皇の墓は兵庫県神崎郡にあります!

2019-07-08 03:28:58 | かごめかごめの真実とは

2019年7月8日(月

ユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産委員会は6日、宮内庁が「仁徳天皇陵」として管理する「大山(だいせん)古墳」など「百舌鳥(もず)・古市(ふるいち)古墳群」(大阪府)を世界文化遺産に登録することを決めた。

この発表には柿本人麻呂さんも行基さんも大変喜んで居られることでしょう。 

この応神天皇陵や仁徳天皇陵ですが、これらの古墳をお墓と思い込んでいる人が大半なのではないでしょうか。

少なくとも応神天皇陵と仁徳天皇陵は、公的な墓標であってお墓ではありません。

応神天皇と仁徳天皇の亡骸を葬った本当のお墓は、播磨国風土記に記された埴岡の里、現在の神崎郡の神河町とその南に隣接する市川町にあります。

又、歴史では応神天皇の子が仁徳天皇であるように語られていますが、その二人の間に二人を繋ぐ王が存在しています。

その三人、つまり親子三代の墓が埴岡の里に存在しています。

その三人は二等辺三角形で描く位置に存在しています。

 
住所:兵庫県福崎町田口(付近の住所。正確な所属を示すとは限らない。)
35度0分41.39秒 134度42分30.76秒
35.011497,134.708546
 
 
住所:兵庫県神河町鍛治(付近の住所。正確な所属を示すとは限らない。)
35度4分36.20秒 134度45分30.81秒
35.076721,134.758558


 
住所:兵庫県市川町美佐(付近の住所。正確な所属を示すとは限らない。)
35度2分55.60秒 134度43分27.52秒
35.048777,134.724312
 
 


 

下の赤丸の場所が仁徳天皇のお墓です。

 

 下の赤丸の場所が応神天皇のお墓です。

 

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