医療・介護を支える継続企業の知恵袋          ㈱Kaeマネジメント 代表取締役 駒形和哉

毎日ブログを書き続けもうすぐ10年になります。2025年、2042年に向けた医療介護の厳しい時代を乗り切る策を考えます。

お墓まいる!

2019-08-10 05:54:16 | 薬局

今日から…。

 

昨日は福岡にて「薬局経営研究会」であった。

私は高松、広島、福岡と移動した。

高松は隔月の「薬局経営研究会」となる。

いつものうどんも食べた。

広島ではつけめんも……食べそこねた。

福岡ではラーメンを……食べそこねた。

次回だ!

 

そして、今日はこれから千歳空港への直行便で北海道に戻る。

そのままお墓参りに向かう。

昆布の産地である日高の海岸線を走る。

山側はサラブレッドが草を食む姿がのどかに広がる。

今夜は近隣の三石昆布温泉に宿泊する。

日高の海の幸をいただきながら白ワインに酔いしれる。

 

私の生まれ育った街は人口が2万人ちょっとの小さな町である。

高校はここから少し離れた苫小牧で下宿生活をさせてもらった。

そして大学は仙台の今は無き東北薬科大学で学ばせてもらった。

今、思うと、こうして全国を飛び回っている自分が嘘のようだ。

 

実家は色々なことをやっていた。

私が小さいころは時計屋だった。

時計の修理に明け暮れるおやじは怖かった。

近づくと小さな部品が飛ぶので怒られた。

時計だけでは食べていけなく、冬場は剥製なども作っていた。

剥製は皮を残し、中に詰め物で作る。

だから小さな頃はいろいろなジビエでが食卓に上がる。

特に雉は、朝が雉肉の味噌漬け、昼は雉肉のうどん、夜は雉肉のソテーだ。

それが毎日のように続く。

それから訳ありで釣具屋になった。

私は釣りなど出来ないが説明をしながら売っていた。

この頃から「講釈師、見てきたような嘘をつき」を覚えたのかもしれない。

おやじは自分が渓流釣りが好きだったから始めたようだ。

さらに私が大学に行くようになると釣具屋ではやれないと花屋になった。

葬式の花も運んだ。

おやじはどの仕事も器用にこなしていた。

 

おやじにいつも言われたのが「俺がこんなに器用なのに、どうしてお前は不器用なんだ」である。

確かに、不器用だ。

それと何かの拍子に「何でもいいから日本一になれ」である。

その続きがある「泥棒でも、乞食でも、〇〇汲みでも」が続いた。

今は使ってはいけない言葉かもしれない。

 

と、そんな訳で50歳を過ぎてから「男、駒形和哉は日本一を目指す」ことになった。

残念ながらおやじのなって欲しかった職業ではない。

そして何と言っても不器用だからオブラートに包んだような話が出来ない。

 

今日は温泉だ!

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2 コメント

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Unknown (東大一直線)
2019-08-10 17:10:08
駒形社長おかえりなさい。日高三石かぁ、最高ですね。
私はMeijiカップでしぶこを見てきます。たらたら〜もいいけどタラやらイカは北海道が一番美味いべさ。
なまら (駒形和哉)
2019-08-12 04:43:29
温泉につかりながら、何となく自分の今を考えちゃいました。

あずましい時間を過ごしました。

なまらいいべやぁ。

そしたっけまた。

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