遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『第Ⅱ捜査官』 安東能明  徳間書店

2015-10-16 21:01:33 | レビュー
 新聞の広告で書名を見て、そのネーミングの特異さに興味をおぼえて読んでみた。この作家の作品を読むのははじめてである。警察組織としてはちょっとあり得ないのではと思われる人間関係の設定が、ユニークであるとともに、けっこうユーモラスなやりとりを含むストーリー展開である。読んで行くうちに、こんな人間関係があるとおもしろい・・・と感じさせる。事件の発端の設定もフィクションならではの意外な設定から始まる。警察としてはあり得ない感じもする。だが、この種の類に近い発端のものなら、警察そのものが公表することは内部告発でもないかぎりしないだろう。事実は小説より奇なりと言われるから、あり得ることかもしれない。この発端がこの作品を読ませる原動力になっているようだ。

 まず、タイトルのネーミングについて。本文では「第二捜査官」と記載されている。意味は同じだが、書名にローマ数字を使ったひねりは、広告のAIDMAの法則でいわれる「A」つまり「Attention」効果ねらいかもしれない。
 「第二捜査官」と呼ばれるのは蒲田中央署刑事組織犯罪対策課盗犯係所属の神村五郎巡査部長37歳である。なぜ「第二捜査官」と呼ばれるのか? 「神村が籍を置く警察署は常に好成績を上げ、署長はぽんぽんと出世街道に乗るようになった。副署長までも差し置いて重用されることから、文字通り、署のナンバーツー」(p13-14)と周囲から目されるようになり、だれが名づけたのか不明のまま第二捜査官と称される。神村が異動になっても、この「官名」がついて回るという次第。蒲中署の門奈署長は神村を異動で呼び寄せることに成功し、カンちゃん、モンちゃんと呼び合う仲になっているという状態なのだ。
 つまり、周囲が「第二捜査官」の実力を認めていて、その組織破り的な状態を受け入れているのである。それは神村の経歴・キャラクターからも周囲の黙認となるムードがあるのだろう。元は高校の物理の教師で、10年前に警察官に転職した人物。身長175cm、細身の体型、くっきりと鼻筋が通った面長の顔立ちは人並み以上だが、目はいつも半笑いしている感じを与える。普段からかなり突飛な服を着ている存在である。冒頭の8ページにそのファッションのディテールが今日の服装として描かれている。ここを読むだけで、ヘンナ刑事という印象を与える。

 この「第二捜査官」神村の相棒的な形で捜査活動を共にするのが、警視庁に入って6年目、27歳で、3ヵ月前の7月に刑事に任用されて蒲中署に赴任してきた西尾美加(みか)である。神村と同じ刑事課に配属されたのだ。なんと、この西尾にとって神村は高校時代の恩師なのだ。元先生と教え子が、同僚として刑事課盗犯係で仕事をするという関係になったのだ。この二人がおもな主人公というところで、こういう特異な人間関係にある蒲中署が舞台となる。

 さらに、意外性のある事件の発端とは、まさに悪い冗談じゃないかと誰しも思うことなのだ。3日前に殺人事件の被疑者として現場で逮捕された佐竹朋子、34歳が、取り調べにあたっていた樽井刑事と取調室から忽然と消えたのだ。それが事件の発端となる。樽井刑事は係長である。取り調べを一緒に担当していた部下の浜野巡査がトイレに行くために中座して、戻って来たら消えていたという。あわてふためき蒲中署内を探したがどこにも居ないと刑事課の倉持課長に報告に飛んでくる。署内は前代未聞のパニックに陥り騒然となる。
 消えたのは刑事課暴力団対策係、係長の樽井信男警部補。佐竹朋子が逮捕された日に美加は宿直当番だったために、逮捕を手伝わされ現場に樽井係長と現場に駆けつけていたのだ。110番に女の声で通報が入り、現場のマンションに向かうとロクされていた。管理人を呼んで部屋に足を踏み入れると、夫・満夫が血だまりの中に、朋子がそれを見おろしていた。凶器は刃渡り30cmの包丁、死因は外傷性ショック死、傷は深さ15cmで心臓まで達し、ほぼ即死状態と鑑定されたもので、その現場で「私が刺した」と朋子が自供したという事件だった。一見明白な事件で、昨日に検察送致の手続きが済んだばかりの状況である。樽井刑事と被疑者佐竹朋子が忽然と消えたのは、なぜか?
 
 殺人現場に無線に応じて駆けつけた樽井刑事はマルBの刑事。美加は盗犯係。佐竹朋子を現行犯逮捕後、翌日倉持課長に樽井から報告すると、課長はこの事件を強行犯係長の富田に回すと書類を引き取ろうとした。しかし、樽井がこの殺人事件の担当を懇願したのだ。そのヤマを誰に持たせるかは課長の裁量で決められる面がある。強行犯係長・富田は勿論倉持課長と口論。しかし結果的に樽井が担当して取り調べていたのだった。
 その樽井は、ここ最近は刑事課に所属しているにも拘わらず、警部昇任試験を刑事専科でなく一般で受けるという形で、勤務時間中も仕事の合間を縫うように、空いた時間があれば受験勉強に勤しんでいたのだ。刑事は仕事場で受験勉強はしない。にも関わらず係長の樽井が敢えてそれをなりふりかまわずやっている状況でもあったのだ。受験日が間近にあるそんな中で、なぜ被疑者と一緒に失踪するという挙にでたのか?
 忽然と消えたのは10月4日木曜日。前代未聞のこの失踪事件を発端に、門奈署長は本部長に報告した後、署内刑事課総動員で捜索にかからせる。勿論、緊急配備態勢を取ることなく内々で解決をめざせというのがトップたちの意向でもあるようだった。
 神村は留置管理課に行き、朋子の所持品一覧を確認した後、美加とマンションの殺人現場の検分を自分の目で行うところから始めていく。そして、神村の並外れたた捜査能力が徐々に発揮され始め、美加を相棒として捜査しながらも、単独で独自の捜査行動を取っていくことになる。
 足取り捜査とともに、樽井家での捜査協力と刑事の張り込みも行われる。美加も樽井家に泊まり込み、家族との接触から情報の一端が得られないかと調べる。美加は樽井の妻・好恵の心情・立場にも親身になる。10月6日土曜日、そのためか、樽井から携帯にメールが入ったという連絡が美加に伝えられる。10月7日日曜日、このメールの発信地の探索後、その地点からの聞き込み捜査が広げられていく。発信地は墨田署管内。樽井は蒲中署の前はここに所属していたのだ。墨田署の応援も得て60人体制で捜査が始まる。そして、10月8日月曜日、竹井ハイツという古ぼけたアパートの二階の一室で、樽井と佐竹の死体が発見される。一見心中の様にみえる死体だった。朋子の左手首に浴衣の帯が結わえられ、もう片方は樽井係長に右手に巻かれて、そこにきつく結び目ができてたのである。だが、死後経過時間は佐竹朋子が4ないし5日、樽井は死後2ないし3日。2日間の誤差がある。死因はインスタントコーヒーに入れられたと思われる青酸カリと判明。
 このことから、人情家の樽井の性格や家庭の事情などを総合して、倉持課長は長年の現場での刑事経験を踏まえて、樽井刑事と被疑者佐竹朋子が心中にいたる経緯の合理的な推理を繰り広げる。その線で、一旦失踪事件の結果公表がおこなわれることになる。
 
 しかし、である。神村は二人の遺体の死後の時間差について、物理の教師だったという得意分野の知識を使い、熱伝導という観点で理論的に考察を始め、データログの収集依頼も行うということで、疑問点の解明に取り組み始める。独自の捜査を進めて行くのだ。教え子である美加に物理学の質問を投げかけながら・・・・・。
 倉持課長からみれば、ごく単純な経緯とみえた失踪事件が、神村とその指示を受けて協力する刑事たちにより、どんどんと思わぬ方向へと捜査が進展していく。

 このストーリー展開で興味深いのは、読み進めていたときに何気ない会話や何気ない行為のように受け止め、その時はあまり気に掛けず読み進めていた箇所に、巧妙な伏線となる情報・材料が仕組まれている点である。勿論それは推理小説の構成では常套手段なのだが、具体的なその材料にアンテナを張ることができないままに読み進めてしまっているのだ。読み進めて、漠然とした推測ができる段階・場面になっても、その具体的根拠がつかめないまま先を読むことになった。
 神村が「第二捜査官」たる由縁は、それらの材料と物理学の知識を統合していくというぶっ飛んだ捜査能力にある。神村が推理の根拠を語る段階でああそうかと思い、語らなかった部分は読了後にああそうだったかとわかることになる。このあたりがやはりおもしろい。 
 もう一つ、西尾美加が恩師である神村と捜査活動をしながら、神村の行動を観察し、それについての感想、思いが各所で描き込まれていく。これが結構おもしろい。なかなか辛辣な批評となったり、神村の行動解説となったりする。
 神村が捜査過程で、美加に質問を投げかける。そのほとんどに美加は回答できないのだが、神村の質問はある意味で、読者に投げかけている質問でもある。それは神村が解明しようとしている推理の線上でのヒントでもあるのだ。私は美加と同様にその返答に困る質問だった。つまり、神村と同じ視点で事件を追えてはいなかった。貴方はこの小説を読み進めて、神村の推理と同じ歩調で進めるだろうか? チャレンジしてみてほしい。

 これは、佐竹朋子が自供した殺人事件が、本来ならばマルBの樽井刑事が本領を発揮できる領域に直結する事件に絡んでいく発端だったのだ。忽然と失踪したように見える事の発端に、樽井刑事の思惑が潜んでいた。それが何だったか? この作品を読み、理解していってほしい。

 違法行為でないものと違法行為がセットなったボーダーラインを巧みについたところにネタがあり、暴力団の組織内での縄張り争いとヤクザの面子が絡んでいく。けっこうおもしろい展開となっていく巧妙な構成になっている。

 ご一読ありがとうございます。

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本書から関心事項とその関連内容をネット検索してみた。一覧にしておきたい。

暴力団の組織  暴力団ミニ講座  :「松江地区建設業暴力追放対策協議会」
六代目山口組組織図・2015  :「暴力団事務所の所在地と画像」
外国人が調べ上げた日本のヤクザ10の事実:「mirojoan's Blog」
偽造医薬品の密売組織の隆盛  :「e-メヒコ e-MEXICO」
偽造処方せんと刑法犯罪  :「弁護士小森榮の薬物問題ノート」
偽造医薬品対策を先導するフランス  :「在日フランス大使館」
地下経済  :ウィキペディア
日本人の指紋の種類  :「法科学鑑定研究所」
蹄状紋  :「コトバンク」
戸籍の売買について。戸籍の売買は可能でしょうか?  :「YAHOO!知恵袋」
”情報屋”闇のネットワークを追う  :「クローズアップ現代」
バカラ(トランプ)  :ウィキペディア
知っているようで知らない【バカラ賭博】って?【Twitterの声も】:「NAVERまとめ」
伝熱  :「コトバンク」
伝熱の基本3形態  :「阿部豊研究室」
データロガー  :ウィキペディア
日影曲線   :「京都市青少年科学センター」
なぜ、春分の日の影の動きは直線になるのか :YouTube
日射エネルギー  :「Studio HAIYAMA」
死体現象(死後変化) :「法病理学講義ノート」(青木康博氏)

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