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[平成の思い出にもう一度]カレーライスの誕生★カレーの伝播普及が照射する国民国家・日本の形成(上)

2019年04月09日 13時15分28秒 | 日々感じたこととか

 

 

2011年11月15日 20時21分56秒

 

ご存知のように、日本のカレーは、英国海軍式の「カレー粉:curry powder」の導入に始まるとされています。そして、カレー粉を小麦粉で固めた「カレールー:curry roux」の<発明>により、就中、日本海軍におけるその普及改良によって、日本のカレーは「日本式カレー」としてその独自の歩みを始めた、とも。

でも、カレーの本場はインドではないの?

畢竟、日本式カレーを含む広い意味のブリティッシュカレーは、ある特定の料理のメニューを意味しており、(都度、出来合の/お気に入りの)数種類の香辛料を配合してライスにかけるためのソースを作る、そして、そのソースをライスにかけて食べるという、誤解を恐れずに一般化すれば、「食物の食べ方」を意味する本場インドのカレーとは、よって、そもそも両者は「競技種目」を異にしているのだと思います。

要は、「日本のカレーと英国のカレーはどちらが美味しいか」という問いは、「鷲と鯱はどちらが強いか」「ソフトバンク・ホークスとなでしこジャパンはどっちが強いか」を問うのにも似た非生産性を帯びている。

他方、(インドを分厚く覆うヒンズー教では牛を食べることはまずなく、よって、ビーフカレーは一般的ではないこと/イスラームの国、例えば、バングラディシュやパキスタンではポークカレーは先ず出ないとかは看過するとしても、)「インドのカレーと日本のカレーはどちらが美味しいか」という問いは、「二次方程式の解法と電卓はどちらが便利か」あるいは「AKB48とキティーちゃんはどちらが可愛いか」を問うのと同様に無意味な問いではないか。と、そう私は考えます。

極論すれば、日本の「カレー」や(くどいですが、「日本式カレー」を含む)英国流の「カレー」という言葉は普通名詞であるのに対してインドの「カレー」は抽象名詞である。あるいは、前者が固有名詞であるのに対して、後者は普通名詞である。

このような対比の2項の両義性は、例えば、「アメリカ合衆国:the United States [of America]」や「the Pacific [Ocean] 」という固有名詞が、(定冠詞がついていることでも自明なように、)元々、「one and only something=one of them, but it is the only one of them」のニュアンスを伴う、しかし、結局の所、単なる普通名詞から固有名詞に<出世>した経緯と、あるいは、パラレルなの、鴨。

 

 

日本の「カレー史学?」に画期を打ち立てた、森枝卓士『カレーライスと日本人』(講談社現代新書・1989年)を始め、ものの本によれば、「カレー:curry」という言葉は、500年近く前の16世紀、英国東インド会社のスタッフと英国海軍の将兵がタミル語から英語の語彙に持ち込んだものらしい。而して、その原意は「ライスに味付けするソース」という程度の普通名詞だったとか。

要は、語源的に言えば「カレー」とは、(大相撲の世界では「ちゃんこ」とは「食事一般」を意味する名詞であり、よって、それらが力士部屋で稽古を終えた力士に供される限り、サンドイッチもビーフシチューもフランス料理のフルコースも「ちゃんこ」に他ならないらしいのですが、この「ちゃんこ」ほど抽象度は高くはないにせよ、)元来、それは「鳥雑炊」とか「天麩羅蕎麦」という抽象度の名詞ではなく、謂わば「雑炊」とか「揚げ物」といったより高い抽象度の普通名詞だったのです。

また、タミル語でも「カレー」には「ソースをライスやナンにかけた料理/食べ方」という謂わば「丼物」に近い抽象度の意味もあり、更には、「ライスやナンにソースをかける」という動詞の意味もあるらしい。而して、19世紀半ばまでには漸次、英語でも「curry」は動詞としても使われるようになったとOEDに教えてもらいました。閑話休題。

 

【海上自衛隊のカレー】

 

語彙語源談義からカレー史(?)の素描に戻ります。時は18世紀半ば、インド洋を遊弋する英国海軍の艦内の給食メニューとして、現地調達の食材で経費を節減するためと保存のための工夫でもあったのでしょうか、あらかじめ香辛料を配合しておく、謂わば「プロトタイプのカレー粉」が重宝された。しかし、その普及は文字通り「英国海軍のインド洋艦隊」というローカルなものに止まっていた。

実際、この英国流カレーの前史、<神話時代>に、「カレールー」さえも英国海軍の艦船の厨房で<発明>されていたという話も聞きます。しかし、それが事実としても、それも、所詮「コップの中の発明」に止まらざるを得なかったということでしょう。

蓋し、この経緯は、確かに、ウィンドーズと同じ「OSソフト」をビル・ゲイツのマイクロソフト社以前に、あるいは、ほとんど同着で開発していた発明家(inventor)はいたのでしょうが、OSソフトによって世界の情報通信の風景を一変させたのは、間違いなく、イノベーター(innovator)たるビル・ゲイツとマイクロソフト社であることとルでしょうか。

ことほど左様に、貨物輸送の航空便もなかった当時(ちなみに、旅客輸送の航空機もなかったのですよ。為念)、多種多様の香辛料を、極端に言えば食事の都度調合しなければならない本場のカレー、よって、英国人の嗜好も理解している腕っこきのインド人コックを雇う余裕がそうそう多くの家庭にあるはずもない以上、18世紀後半に至っても、本場インドのカレーが英国社会に広範に普及することはなかったのです。

 

そんなニッチとニーズを察知したのがC&B社の<発明>とされている。つまり、同社は、あらかじめ香辛料を調合し、それを「カレー粉:curry powder」として商品化した。このイノベーションによってカレーは英国の家庭料理として瞬く間に普及し、更に、英国海軍に逆輸入された。

実際、OEDの1810年の改訂版には「curry powder」が項目として登場するくらいですから。畢竟、現在では、最早、日本人の国民食となった感のある、カレー(=「英国流日本式カレー」)への道はこうして、英国のあるイノベーターによって(by an inventor and innovator)、黒船来航(1853年)の半世紀前には準備されていたのです。

 


 

而して、時は明治。世は文明開化の時代。資料によれば、早くも明治5年(1872年)、カレーのレシピを収録した敬学堂主『西洋料理指南』が刊行され、 明治10年(1877年)に東京の洋食食堂の「風月堂」が日本で初めて「ライスカレー」をメニューに載せる。また、明治36年(1903年)には、大阪で日本初となる「カレー粉」の製造販売が始まった。そして、日清戦争(1894年-1895年)と日露戦争(1904年-1905年)の両戦役をモメンタムにして押しも押されもしない日本軍の看板メニューとなっていたカレーは、ついに、そのレシピが公開される。すなわち、明治41年(1908年)の『海軍割烹術参考書』と明治43年(1910年)の『軍隊調理法』で海軍と陸軍の公式カレーレシピが公開されたのです。

ちなみに、「カレーライス」は海軍の、「ライスカレー」は陸軍の各々「カレー」の料理名(尚、「ライスカレー」という名称自体は、札幌農学校(1876年~:現在の東北大学農学部及び北海道大学の前身)の寮食メニューとしてかのクラーク博士自身が導入されたカレーの名称と同じなのですけれども、この名称が普及したについては陸軍の給食を媒介にしたものと思われます)。この名称の違いを見ても、当時の陸軍と海軍の対抗意識がカレーを挟んで華麗に(?)火花を散らしていると感じませんか(笑)

尚、日本で初めて「インスタントの固形カレールー」が市販されたのは、大正15年(1926年)の

ハウス食品による試みが最初ということです。

 

【資料記事紹介】

日本初のカレー再現 作り方伝わり140年 ローズホテル横浜
日本にカレーの作り方が伝えられてから今年で140年目となるのを記念し、かつて外国人居留地だった横浜市中区山下町のホテル、ローズホテル横浜で、日本初のレシピを忠実に再現したカレーが、21日から5月31日までの限定メニューとして提供される。

横浜開港資料館が日本初のカレーレシピを21日から特別展示するのに合わせ、ホテルに再現を打診し実現した。レシピは明治5年に2冊刊行されており、作家の仮名垣魯文(ろぶん)による『西洋料理通』は、横浜の外国人居留地のイギリス人が使用人に与えたレシピを翻訳したもの。もう一つは詳細不明な「敬学堂主人」という人物による『西洋料理指南』。インドカレーとは異なり、ヨーロッパの影響を強く受けた作り方となっている。

再現した同ホテルの小林誠一総料理長は「カレーにしては食材の数が少ないと思った」とレシピを見ての印象を語る。野菜は長ネギのみ。小麦粉でとろみをつけ白いご飯でカレーの周りを囲うように盛りつける。シンプルだが、忠実に再現すると素材の味が良く出て懐かしい味わいになったという。水分などを調整し、「マトン(羊肉)」「牛」「蛙と海鮮」の3種のカレーが完成した。

同ホテルでは、再現したカレーを1階レストラン「ブラスリーミリーラ・フォーレ」で提供する。

1人前1400円。

 

(産経新聞:2012年4月22日

 

 

チャート式の参考書よろしく今までの記述を整理すれば、

 

◎カレーの語義

而して、また、今までの記述を敷衍すべく資料を転記しておきます。舞鶴海兵団によって刊行された上述の『海軍割烹術参考書』のレシピと、そのレシピを現在に蘇らせた「横須賀海軍カレー」で有名な魚藍亭にも掲げられている横須賀市の「カレー事始め」的の記事。ちなみに、日本式カレーの源流、日本海軍のカレーの伝統を華麗(!)に引き継ぐ、海上自衛隊のレシピも下記のURLで入手できますよ。

 

ウマウマ(^◇^)

 

・海上自衛隊のカレーレシピ
 http://www.mod.go.jp/msdf/formal/family/recipe/archive/currey.html

 

 

海軍割烹術参考書:カレイライス

材料牛肉(鶏肉)、人参、玉葱、馬鈴薯、カレイ粉、麥粉、米

初メ米ヲ洗ヒ置キ牛肉(鶏肉)玉葱人参、馬鈴薯ヲ四角ニ恰モ賽ノ目ノ如ク細ク切リ別ニ「フライパン」ニ 「ヘット」ヲ布キ麥粉ヲ入レ狐色位ニ煎リ「カレイ粉」ヲ入レ「スープ」ニテ薄トロヽノ如ク溶シ之レニ前ニ 切リ置キシ肉野菜ヲ少シク煎リテ入レ(馬鈴薯ハ人参玉葱ノ殆ド煮エタルトキ入ル可シ)弱火ニ掛ケ煮込ミ置キ 先ノ米ヲ「スープ」ニテ炊キ之レヲ皿ニ盛リ前ノ煮込ミシモノニ鹽ニテ味ヲ付ケ飯ニ掛ケテ供卓ス此時漬物 類即チ「チャツネ」ヲ付ケテ出スモノトス

[要約]
材料は、牛肉(鶏肉)、にんじん、玉ねぎ、じゃがいも、カレー粉、小麦粉、米。


作り方は、肉、玉ねぎ、にんじん、じゃがいもを「四角にあたかもさいの目のごとく細かに切り」炒める。 フライパンにヘッド(牛の脂)をひき、小麦粉をきつね色になるまで炒め、カレー粉、スープを入れ、肉、野菜を入れて弱火で煮込み塩で味付けする。スープで炊いたご飯にかけて漬物類(チャツネ)を付けて出す。

(『復刻 海軍割烹術参考書』イプシロン出版企画より)




 

カレーライス誕生秘話
今、日本人が一般に食べている「カレーライス」は、「インドのカレー」ではなく、「イギリスのカレー」です。イギリス人の食事は一般に質素ですが、その長い経験から栄養のバランスのとれた「シチュー」はイギリス人の好んだ食事でした。イギリス人の船乗りも航海の時「シチュー」を食べたいと思っていましたが、味付けに使う牛乳が長持ちしないために長い航海の時には諦めざるを得なかったそうです。そこでイギリス人は、シチュー」と同じ材料(肉、人参、ジャガイモ、玉ねぎなど)に、日持ちのする香辛料(カレーパウダー)を使った料理「カレー」を考案しました。これが、イギリス海軍の「軍隊食」として定着していきました。

明治期の日本海軍は、イギリス海軍を範として成長してきましたので、栄養バランスが良く、調理が簡単なカレーに目をつけ艦艇での食事に取り入れました。しかし、これで最初は、イギリス水兵と同様にカレーをパンにつけて食べていました。しかし、これではどうも力がでないということで、小麦粉を加えてとろみをつけてご飯にかけて食べたところこれはイケルということになり、以後日本海軍の軍隊食として定着しました。これが現在のカレーライスのルーツともいえるもので、今では毎週金曜日の昼食に、北海道から沖縄まで、4万5千人の海上自衛隊員が一斉に「カレーライス」を食べています。

こうして日本海軍の「軍隊食」となったカレーライスは、故郷に帰った兵士が家庭に持ち込むことによって全国に広がっていきました。

 


 

<続く>

 

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