9-CHANのNever Give Up !

ランをこよなく愛する高齢者が、大腸がんと肺がんを患いながらも、ジョギングを再開しフルマラソンの完走を夢見る様を綴る。

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そして・・・そのあと・・・。

2012-08-30 12:12:22 | 日記
7月8日  
抗がん剤カプセルを外し最後の点滴が終った。
左胸に埋め込んだ点滴注入用のポートは、まだそのままだが、1月から月2回の割合で続けてきた抗がん剤治療は、ひとまず終了した。
副作用の手足のシビレが、後遺症のように残った。

7月27日  
治療結果検証のためのCT検査をする。

8月3日  
CT検査結果の診療。4月のCT検査では見当たらなかった膀胱に大きめな腫瘍の影があり、左右の肺にも3ヶ所再発と見られる小さな影が発見された。  
愕然!半年間の化学療法は、何だったんだろうか?  

ここまでは、前回のブログで記した。

そして・・・そのあと・・・。  

落胆し、落ち込んで、やる気が無くなって、RUNも休みがちになってしまった。  
丁度ロンドン・オリンピックが始まり、夏の高校野球が始まったことも、気落ちした心から目を背け、弱気から逃げ出す格好の逃避口だった。連日連夜テレビに釘付け状態が続いた。

8月7日  
膀胱の腫瘍の成長度合いから、早めの処置が望ましいとのことで、化学療法をしていた腫瘍内科から泌尿器科に廻され、骨盤部MRIの検査と診療に入った。
が、ここの泌尿器科では精密に判断が下せないとのことで、K病院の泌尿器科を紹介され、

8月8日  
K病院泌尿器科を訪れ、診察とファイバースコープでの検査を受けた。
長時間待たされた挙句、下半身を剥き出しにされて、分娩台のような台に大股開きで両足を固定され、尿道から痛い痛いファイバーを差し込まれ、膀胱内を隈なく撮影してもらった。
担当医は親切にも何回もスコープを隅々まで回して撮影してくれて、「キレイですよ、ポリープの欠片も見えないですよ。」と言ってくれた。
確かにモニターに映し出された我が膀胱内は、綺麗なピンク色に輝き、腫瘍らしき内壁の腫れは一つも見られなかった。「CTやMRIの間接的に見る画像よりも、直接目でみる内視鏡の方が何倍も正確ですから、今日の検査で何も無かったということは、膀胱癌の疑いは無いので安心して良いですよ」と宣言してくれた。  
一つホッとした。安心した。
CT検査の影は、何だったのだろう?

8月10日  
M病院腫瘍内科に戻り、K病院での検査結果の総括と今後の治療計画のガイダンスを受けた。  
膀胱癌の疑いは、まったく無くなった。
時たまあるのだが CT画像の影はCT撮影時の造影剤が漏れて膀胱内に入ったものが 画像に残ったと考えられるので安心して欲しいということだった。  
 
しかし肺の小腫瘍は、再発か移転か分からない。培養検査でしか判断できないが、1/2になっている肺は、肺気腫もあって触れられないし 手術も考えられない。  
呼吸器外科の担当医(去年と一昨年、K病院で3度の胸の手術を執刀してくれた担当医が、偶然にもこのM病院に移っていて、またまた担当医となってくれた)と相談して薬を替えて抗がん剤治療を続けてみようということだった。    

従って、切開手術のように癌細胞を取り去ってしまい完治を目指す治療は取れなく、抗がん剤で癌細胞を押さえ込んでおくだけの治療、大きく悪性化しないように防御しておくだけの治療、上手く行って癌が極小化するということもあるかもしれないというまでの治療しか望めないということだった。  
完治はもうない、どれだけ薬で押さえ込んで延命するかだけの道しかないらしい。  
いよいよ覚悟して取り組まなければならなくなった。
 
24日から、抗がん剤治療を始めようと言ってくださったが、こんどの薬は、食欲不振、下痢、吐き気、脱毛などの副作用も激しいらしい。26日の琵琶湖ジョグコン10Kにはどうしても参加したかったので、抗がん剤は31日からにしてもらった。
RUN前に、副作用で体調が変化したらと懸念したからだった。  
 
それでなくとも、7月に終った治療の後遺症が日に日に過激になってきており、指先の感覚がなくシビレが日毎に強くなってきている。足のシビレもきつく、足裏が強張って感覚がないのも心許無い。  
8月トレーニングが はかどらなかったのは、オリンピックだけでなく、この手足の痺れも大きく原因していた。

8月26日の琵琶湖ジョギングコンサートは、従って散々な結果に終った。  
今年の琵琶湖は暑かった。去年も暑かったが、今年は一層暑さが増したようだった。
先ず、この暑さに負けた。  
そして、練習不足、筋力不足に負けた。
普通のランナーにも付いていけなかった。多分、最後尾から2番目か3番目のゴールじゃなかったかな。  
呼吸も苦しかった。肺が半分になっているのは去年も同じだったが、今年は去年より苦しく感じた。手足のシビレだけでなく肺の機能も麻痺しているのだろうか。ゆったりとジョグしているランナーのピッチにもついていけなかった。
練習では1K1分づつ短縮しているのだが、この暑さの中では 50mピッチを上げると もう苦しくて続かない。ちょっとだけストライドを広げ気味にして20m進むと 次がガクッと落ち込む。  

途中歩きを入れながらも、なんとか10Kのゴールまで辿り着けたが、タイムは1時間33分02秒というワースト計時だった。
なんだか、少しも走りが戻ってこない、JOGにもなっていない。
再発や副作用やらとで 前進どころか後退ばかりの気がしている。  
 
ただひとつ、ゴールで待っていてくれた古くからの走友たちのエールには感動した。嬉しかった。感激でウルウルしながらゴールラインを越えた。やっぱり仲間は素晴らしい。力をもらった。  

しかし、このタイムと脚力では、フルの制限時間を破れない、42.195kmの距離も踏めない。        

3度の肺がん手術で肺を半分無くしても、2度の大腸がん手術の身体でも 鍛錬次第でフルマラソンを完走できることを実行することで、癌という絶望の病と闘っている沢山の人々に気力と希望と勇気を与え、突然の天災で身近な人を失い生活を失い、深い悲しみで傷ついている人々に、もう一度生きる気力と元気を取り戻してもらいたい一心で思い立った使命、残こり少ない生涯時間内で果たしたい 我が人生の最後のミッションも、これでは果たすことも出来ないではないか。  

今日も手足が痺れている。  
痺れは、益々きつくなってきている。
指先はビリビリと痛い。  

ジョギングコンサートの帰り道も、ショックだった。大原 野村の別れの交差点でブレーキを踏んでいた右足がはずれ、アクセルに掛かって踏み込んでしまい、交差点に勢いをつけて突入する状態になり、ハンドル操作とブレーキで直ぐに立て直したものの、同乗の走友には怖い思いをさせてしまった。  
幸い他に走行する車もなく事故にもならなかったが、大失態だった。痺れている足にCROCSを突っ掛けたラフな足元だったため 感覚の鈍った足裏からCROCSがはずれてアクセルを踏み込む羽目になってしまったのだ。その後は、家までツッカケを脱ぎ捨て、素足でペタルを踏み分けた。
このシビレが薄れるまで、しばらくは運転も控えよう。  
 
JOGだけは控えることなく、もっと真剣に走り込まないと 今秋の大阪マラソンも無理なら、来春の京都マラソンも東京マラソンでも完走は夢と消え去るだろう。
 
もっとも大阪は、抽選漏れで、端から走れないのだが。

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11 コメント

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Unknown (to-lucky)
2012-08-31 09:42:15
東京か京都、当選したいですね。
Never Give Up!!
一緒にレースに出れたらいいな。
練習にも顔出してください。
Unknown (銀狐)
2012-08-31 09:49:57
Never Give Up!

9ーCHAN
応援している仲間が
たくさんいますよ。
だから・・・・・

ブログにブックマークさせて
いただきました。
Never Give Up! (シティボーイ)
2012-08-31 19:12:50
9ーCHANを見習ってNever Give Up!で
頑張ります。
また、お邪魔しますので宜しくお願いします。

私のブログのブックマークに登録させて
頂きました。
ありがとうございます。 (9-CHAN )
2012-08-31 19:55:18
to-luckyさん
ありがとうございます。
京都も東京も、当選したいですね。
スタートだけでも一緒に走り出したいですね。
東山トレラン、参加できる方法を工夫してみます。

銀狐さん
嬉しいエール 奮起できます。
少数精鋭で、お仕事 大変のようですが、またどこかのトレイルご一緒したいですね。
ブックマーク、ありがとうございます。

City Boyさん
シティさんご夫妻の頑張りに、こちらが触発されたり、元気をもらっています。
琵琶湖ジョグコン 暑い中での声援、感涙でした。ありがとうございました。
ブックマークも感謝です。
Unknown (編集長)
2012-08-31 21:37:03
私のブログ「京都Running」にもリンクを貼らさせていただきました。
ウルトラを完走するにあたって、とんこつさんからいただいた言葉。「どんなに無様でも最後まであきらめない気持ちを持つこと」。
そう、Never give up!ですよ。
ありがとうございます、編集長。 (9-CHAN )
2012-09-01 11:29:23
挫折ばかりの人生だった男の ブログ・タイトルに
「ネバー・ギヴ・アップ」は、余り似つかわしくはな
いけれど、最後のミッション・テーマとしては、 こ
れっきゃないように思った次第です。

幾多の超ウルトラをがんばり抜く、とんこつさんの
フレーズには重みがありますね。

「どんなに無様でも、最後まで諦めない気持ち」

美しいエールです。
編集長を奮い立たせた言の葉を、編集長を介して
私もいただきました。

Never Give UP!です。

「京都running」へのリンク、ありがとうございます。
Never, Never Give Up (CARP)
2012-09-01 16:49:52
読ませて頂きました。
生きるのも、走るのも、一人ですが、
その道中には、そこで知り合ったたくさんの仲間が
応援をしています。
Never, never give up あきらめない強い信念を持ち
治療されてください。
まだまだ、これから、これから!!!!
Unknown (よろずや)
2012-09-01 17:07:00
言葉にならない、感動しました。Qチャンの前向きな考え方を私も少しでも行動したいと思います。
掲示板にも投稿お願いします。
沢山のありがとうを・・・! (9-CHAN)
2012-09-01 21:45:25
CARPさん
ありがとうございます。
力強いエールをいただいて、アグレッシブな希望が
湧きあがってきます。

そうです沢山のお仲間の暖かい応援が、どれほど
の力強さに変わるか計りきれない位です。
この応援を、また世の多くの悲しみを抱えた人々に
伝道したいものです。

よろずやさん
何をおっしゃいますか!
感動をいただいておるのは、小生の方です。
5年前のガンを克服し、完治の身体で元気一杯なの
は よろずやさんですよ。
琵琶湖でも、血色良い ふっくらと張りのあるお顔は
難しい病を経験したようには見えませんでした。

ここまでには、幾多の障壁を乗り越えてこられたので
しょうが、今のお元気な姿からは そんな困難は微塵
も感じられません。
もう生存圏の安全域をクリアしているよろずやさんなら
80越え、90越えも望めますものね。
よろずやさんの貴重な体験、おけいちゃんにも力強い
応援になり 安心な教示になるでしょうね。

よろずやさんの力強い復活から、沢山の元気をいただ
いています。

日本男性の平均寿命は78歳のようですが、小生も元
気をお裾分けしていただいてますが、願望はするもの
の平均寿命までは届かないでしょう。
今のよろずやさんのご年齢75歳クリアを目標に、
Never Give Upです。

今後も、良きご教示をお授けください。
ありがとうございました。


Unknown (おさる)
2012-09-02 19:56:34
60歳過ぎると、還暦と言われて
子供の頃はおじいちゃんおばあちゃんを連想したけれど
最近、とても身近に感じます。

9-CHANのように
日々一生懸命努力しているランナーさんから
いただく言葉は、力になるし、心にすっと入ってきます。
ブログにコメント頂き、ありがとうございました。
9-CHANのブログを、ゲルフジ君がパソコンの「お気に入り」に入れてくれてて、たどり着くことができました!

ブログの「お仲間さん」に登録させて頂きました。
これからもどうぞよろしくお願いします。m(_)m

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