9-CHANのNever Give Up !

ランをこよなく愛する高齢者が、大腸がんと肺がんを患いながらも、ジョギングを再開しフルマラソンの完走を夢見る様を綴る。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

それは唐突にやって来た!

2012-07-25 18:35:07 | 日記

それは突然にだった。
2009年10月 四万十川ウルトラマラソン100kmに走友達と参加しながら、57km地点でDNF、収容バスに強制収容され、「アレこんな筈ではないのにおかしい」と感じ、2カ月後の2010年1月風邪の治療にとホームドクターを訪れたら、すぐに紹介状を持たされ 地域の大病院に送り込まれたのが始まりだった。
大病院Mでは、即入院・手術が待っていた。大腸がんで 病期は第Ⅱステージ・手術後5年生存率は85%という宣告だった。余りにも唐突で突然の宣告すぎて、驚きも恐怖も不安も感じる間も無く、手術を済ませ1カ月後に退院した。
2月の退院後 外来診療検査と短期入院検査を繰り返し、2・3・4・5月と、PET検査・CT検査・内視鏡検査・X線検査・気管支鏡検査と検査漬けの4カ月を過ごした。その間3月には、大腸がんの腹部完治宣告は受けることができた。

しかし、この長期に亘る検査の中で肺がん2カ所が見つかった。
病期はⅡ期Bで 術後5年後生存率42.2%、このまま放置すれば余命2年という宣告であった。
6月中旬に入院・手術、右肺上葉一部を切除。7月上旬に再入院 左肺下葉を全摘出。8月から12月までの5カ月間に、5回の入退院による 抗がん剤治療を行うも、2011年1月のPET検査で、右肺下葉にがん発症を検知。2月に右肺下葉を全摘出し、肺機能は健常時の1/2になってしまう。
リハビリを兼ねて3月退院直後からジョギングを再開するも、11日の東日本大震災に驚愕しランは休止状態。
4月5月ポツポツとJOGを重ね、秋口にはハーフも走れるかと思われたが、11月に大腸がんが再発し、手術入院。
12月に退院するも、走力・筋力はゼロに溶解状態。今年1月から7月までの半年間、キツイ抗がん剤治療を続ける中で、ジョギングを再開し走り込んでいる。
走り込んでいると言っても、半分しかない肺では、健常人の歩く速度でしか走れず、中学生の悪戯坊主達には「競歩の練習ですか」とからかわれる始末である。
そんな中で参加した7月の10Kレースは、去年より8分も遅いタイムだった。

でも諦めない。今、キツイ抗がん剤治療の副作用に悩まされている。もう7月上旬に薬剤の点滴は終わっているのに、手足のシビレが取れないだけでなく、日々きつくなっている。手の指先はビリビリとシビレ 触覚や温度感覚が無くなっている。脚も同じく膝から下がシビレ、足指先と足底の感覚が失われている。足に力が伝わらない感じで走っているので、一向に走った感覚がなく筋力も付いた感覚がない。この副作用が早く抜けてくれないだろうか。

そんな中でも諦めない。Never Give Up!である。
突然大腸がんを宣告された時も、肺がんを宣告された時も、少々の驚きはあったものの、不安や悲観や落胆や絶望や諦めはなかった。再発や5回の手術時にも 絶望や諦めは湧いてこなかった。
まだまだ生きてやることがある、まだまだこの気力と体力と夢を残したまま去りたくはない。という気持ちが強い。

走ることは楽しい。
走ることで生きていることを実感できる。
もう一度フルマラソンを完走したい。
そのためにも、ガンに負けずに走り続けたい。
と願っている。

同時に、こんな闘病の一端と生き様を公開することで、難病に苦しむ多くの人々や突然の災害で肉親や生活を失い悲しみが続く人々に 生きる勇気や希望や気力ややる気を再生してもらえる応援のエールを送ることができれば良いなという思いで、このブログを立ち上げてみた。

コメント   この記事についてブログを書く
   | トップ | 走れたのは、たった4km »

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事