風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

「いつの日も泉は湧いている」

2013-11-23 | 読書
本書を読みながら「ノスタルジー」という言葉が心に去来し
ワタシはいささか慌てた。
「ノスタルジー?そんなこと言っちゃっていいのか?」と心の中の別の声。
お前だって高校2年に進級する際
「桜雲台の校舎にいたい」と移転阻止運動を企図したではないか。
2年の時、初めての新校舎での桜雲祭のあり方について
進路指導の教師と夜中にやりあったのは一体どこのどいつだ?
「詩を1編作って来い」という現代国語の夏休みの宿題に
ランボーやボードレールを気取って金持ちを嘲笑する詩を書いたのは?
「受験のための勉強なんてナンセンス」とばかり
高校3年の冬、仲間たちとガリ版の詩の同人誌を作ったのも、
大学入試で上京した際、お茶の水駅前で
黒メットにタオルで顔を隠した三里塚支援セクトのカンパに
「頑張って下さい」となけなしの千円を渡したのもお前だろう。
そんなことをしながら、「縛る組織は全体主義と同じ」と言い訳し
結局は安全な場所で新聞やニュースにぶつぶつ言ってたのは
情けない日和見主義でしかなかったお前らしい。
そんな自分を棚に上げて、他人の高校時代の思い出話に
「ノスタルジー」などと分別臭く思うほどの大人にお前はなっているのか?
そんな心の声を感じながら読み進んだのだが・・・

読み終えた後は心が揺さぶられていた。
これはノスタルジーなんかじゃない。レクイエムではないか。
事象を学び、壁と戦い、傷ついていったひとりひとりの登場人物たちの、
真面目で真摯な人生に対するレクイエム。
確かに50歳を過ぎるまで社会の中でもがき泳いで来た身にとっては
彼らの稚拙さや短絡性が若さの象徴に見えてある意味微笑ましく感じる。
世の中はそれほど単純でもなければ明快でもない。
何かを変革すれば、思ってもみなかった別の何かの支障となる。
清潔に暮らせば暮らすほど身体の抵抗力が無くなるように。
しかしだからといって彼らの考えや行動を否定するつもりは無い。
その時その時真剣に生きた結果なのだから。
真面目であればあるほど、その考えや行動は先鋭化していく。
その結果のその人の人生。
後悔することも多いのだろうが、その必要は無い。
胸を張って生きていけばいいと思うのだ。
自分には出来ないけれど(^^;
登場人物たちは今年60歳になる人たち。
時間は容赦がないけれど、でもきっとそれらの思い出は
ついこの間のような気がするんだろうな。
思い出や記憶は断片ではなく、すべて繋がっているのだから。

ところで、ワタシの伯父は日本社会党の代議士だった。
左派の理論派として割に知られる存在だったが、
伯父の唱える社会主義は、資本主義の対極に存在する、
イデオロギーとしての「社会主義」ではなく、
大衆の中にある道理を元にした「社会」主義だったのだと思う。
常に大衆の声に耳を傾けるべきだとよく口にしていたし
そういう意味では、本書に出てくる
1970年代前半に市民運動として知られたベ平連に対しても
暴力革命を目指す新左翼とは違って暖かい目で見ていたと思う。
急激で力の変革は大衆のコンセンサスを得られないし
間違いなくどこかに弊害が出てくる。
ベ平連のような平和的で静かな行動に徐々に参加者が増えていく形が
時間はかかるかもしれないものの、最後には漢方薬のように効いてくる。
政治も世論も右傾化の今、それがまた求められる時代だ。

「いつの日も泉は湧いている」盛田隆二:著 日本経済新聞社
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