風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

「トランス男性による トランスジェンダー男性学」

2022-05-27 | 読書

トランスジェンダーとは、
単に生まれた時に割り振られた性が自認の性と違うだけじゃない。
自認の性になれた時にすべてが解決するわけでもない。
シスジェンダー(割り振られた性と性自認が一致)女性コミュニティや
レズビアンコミュニティから抜けても
シスジェンダー男性コミュニテイにはなかなか入れない。
男性として生きてきた経験が少ないからでもあるし、
一部のシス男性がフェミニズムを「男性批判」と捉えていることに対し
心情的にはフェミニズムに立場が近いトランス男性が
フェミニズム批判も男性批判も自らのアイデンティティに関わることとなり
口を閉さざるを得ないという状況にもよる。
性自認は男性だが、シス男性として見なされたくない人もいる。
そんな場合、その人はどう生きればいいのだろうという
悩みを心の奥底に抱え込むことになる。

本書を読んで眼からウロコというか、大いに驚き学んだことは
女性から男性になったことにより本人が体験したことだ。
・女性から距離を取られるようになる(電車などで近くに座らないなど)
・夜道を警戒せずに歩きやすい(夜中にコンビニに行ける)
・専門家でもないのに発言が尊重されるようになった etc...
そしてホルモン治療による自分の体の変化。
・声変わりが始まる
・食欲と性欲の増加
・筋肉質になり、体毛が増え、血管が浮き出る etc...
これらは当事者だからこそ、
というか当事者でなければわからないことだ。
特に性欲に関してはかなりの驚きだったようで、
女性だった頃と比べて量も質も変わり、もがき苦しむほどだったという。
これらの気づきは当事者ではない私には驚きで、
「自認の性になれてよかったね」と簡単に言えない状況だ。
単に男性と女性2つのうちどちらかとは言えない、性の複雑さがわかる。
(もちろんXジェンダーやノンバイナリーの方々もいるし)
そういうことを知るだけでも本書を読む意義がある。

ところで本書はトランスジェンダーについての説明より
「男性学」という考え方についての方にボリュームを持たせている。
それもトランス男性目線から見た男性学だから
シス男性である私にとっては、ある意味外から目線の内容で
なかなか興味深い考察がなされている。
ただ残念なのは(恐らくシス女性から見たシス男性のイメージで)
「覇権的男性性」をシス男性の多数派と見なしていること。
実際には必ずしもそうではない。
というより、現代においては「従属的男性性」や
「周縁的男性性」の方が多数派ではなかろうか。

また、シス男性のコミュニティの中に入れないという
トランス男性の孤独についても書かれているが、
果たしてシス男性にはコミュニティが存在するのかという疑問も
生まれてからこれまで60年男性だった私は感じた。
本書にも書かれているが、
シス女性コミュニティでは自らが抱える悩みなどについて
お互い話し合われるらしい。
しかしシス男性コミュニティではほとんどそういうことがない。
他人に弱みを見せることを良しとしない風潮がある。
シス男性コミュニティに見えるのは
多くの場合内に秘めた競争意識だったり、見栄の張り合いだったり
少なくとも支え合い、一緒に泣く文化はほとんどない。
ある意味、トランス男性だけではなく
シス男性も孤独を抱えているとも言える。

ともかく「生理の辛さを知っている」「痴漢の怖さを知っている」
「戸籍が女性というだけで差別されていることを知ってる」という、
過去女性だった経験を持つ男性というだけで貴重な存在だろう。
彼らの言葉に耳を傾けることこそ大事なことではなかろうか。
たぶんシス男性(シス女性も?)知らなかったことが語られることで
新しい認識を持つことができる。
おどろいたことがもうひとつ
レズビアンだった女性が男性に性転換した結果
ゲイとして生きる例が多いということ。
その辺をもう少し心理的に深く知りたいと思った。

なお、性転換について当事者ではない人は
性転換手術がmustという認識の向きも多いと思うが
FtoM(女性から男性)の場合はホルモン治療だけとか
ホルモン治療と胸の切除だけの人も多いという。
著者はホルモン治療を始めて3ヶ月で
周囲からはほぼ男性とみなされるようになったとのこと。
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