風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

いつか来た道

2005-03-07 | 風屋日記
誤解を恐れず、私見を述べてみる。

かつて日本は大国ソ連の脅威を感じ、中国北部が生命線であると考えた。
もちろん地下資源に乏しい島国日本のこと、土地の魅力もあっただろう。
いずれにせよ、清国復興を願う人達を利用して満州国を作った。
それはどちらかというと自国を守ることが第一義であり、
当時の日本の正義であっただろう。
他の国から客観的に見るとどう見てもおかしいことが、
当時の日本にとっては必要かつ当たり前のことだった。
その時点で日本は孤立した。
しかし何度もいうが、
当時の日本はそれが正しいことだと信じて疑わなかったのだ。

日本にとって最大の脅威はソ連だった。
ならばなぜアメリカとの戦争になったのか。
満州建国が国際法違反だと国際連盟で糾弾され、
経済制裁を受け、段々追い込まれていったからだ。
日本が自ら孤立の道を選んだということももちろんあるが、
欧米の国々もどんどん日本を追い込んでいった。
それは唯我独尊で他国への侵攻しまくりのドイツとの同盟国であり、
また中国における各国の権益を脅かすものであったからでもある。
日本という小国が「窮鼠猫を噛む」的に米英に立ち向かったのは、
逃げ道をほとんど塞がれたことがひとつの原因でもある。

家族の苦しみは、私も人の親であるから分かっている積もりだ。
100%理解することは難しいかも知れないが、
それでも心の痛みは想像に難くない。
しかしそれでも、経済制裁は決して最良の解決方法ではない。
かの国のこれまでの対応を見ていると、経済制裁されたからといって
「済みませんでした」と拉致被害者をすんなり帰すとも思えない。
逆にかつての日本のように、無謀に開き直る可能性が高い。
そうなった時に一番迷惑を被るのはどこか?・・・陸続きである隣の韓国だ。
だから日本が経済制裁に踏み切った時、
敵は北1国だけではなくなる可能性がある。
そうなれば・・・日米韓を分断したい北の思うつぼだ。
おそらく日本政府は、だからなかなか経済制裁に踏み切れないでいる。

どんな手段を使ってでも・・・という家族の心情は分かるが、
みんなが一緒になって他を攻撃する恐さを日本はかつて経験済みだ。
そこには人間の理性がなくなってしまう。
昔の日本やドイツも、そしてアメリカもそうだった(イラクにおいても)。
そして関係ない人達が大勢犠牲になる姿も、私達はたくさん見てきた。
もう一度、冷静に考えてみよう。
そして韓国や中国を交えて、これからの方法をよく考えてみよう。
取り返しがつかなくなる前に。
コメント (2)
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