風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

Jazz喫茶「エル・グレコ」

2005-03-01 | 風屋日記
店の前でひと呼吸おき、私はゆっくり扉を開ける。
開ける前から微かに聞こえていたビル・エバンスが
途端に大音響で襲い掛かってくる。
向い風に逆らって歩くように、私は店内へと足を踏み出す。

「今日もコーヒーでいいのか?」
私の耳に口を近付けて叫んでみるものの、
うなずく私を確認する前に豆を摺りはじめるマスター。
いつも通り、リズムに乗りながら摺った豆をセットする。
運ばれてきたコーヒーは白いカップになみなみと注がれていて、
カップそのものも唇がやけどするほど熱い。
しばらくはそのまま置いておくだけになる。

ビル・エバンスの演奏が終わり、店内は急に静かになる。
「今日は何を聴く? よかったらキース・ジャレット聴かないか?」
ビル・エバンスのレコードを仕舞いながらマスターが尋ねてくる。
今日のように客が私だけの時には、
マスターは色々聴かせてくれ、Jazzに関することを教えてくれる。
「こないだ買ったキース・ジャレットいいぞ。ピアノがまるで別の楽器だ」
その言葉を無視し、私はここ数日知りたかったことを尋ねた。
「NHK-FMの『クロスオーバー11』のラストテーマ知ってる?
 あれは誰のなんという曲なんだろう」
マスターは残念そうにキース・ジャレットの新しいジャケットを撫でながら
「ありゃーコーネル・デュプリーだ。STUFFの元ギタリスト。
 エリック・ゲイルとコンビだったヤツだな」
マスターはキース・ジャレットのジャケットを仕舞い、
赤いジャケットのレコードジャケットを取り出す。
「映画の『サタデーナイトフィーバー』知らない?
 あん中で使われてる『藍はきらめきの中に』って曲だが」
そう言いながら、レコードにそっと針を落とす。
メロウなバラードが流れてくる。
「あーこれこれ、映画の曲だったんだ」
「原曲よりもメロウなアレンジになってるけどな」
静かな曲が流れる中、店内は湯気とタバコの煙。
扉の窓から弱い日射しが射し込んでいた。

高校2年の秋のこと。
私のセピア色の記憶。
コメント (9)
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