校区の小学校の庭に二宮金次郎の立像がある。大樹の下にあり、適当な湿気があるのだろうか、苔が体のところどころに生えている。ほっぺたに生えた苔は丸みを帯び、左手に持った本のページへのまなざしは優しく、背負ったまきは重たく見えるのが不思議。外出自粛が解けたので遠出の散歩。塀の外から見た感じ、金次郎の像が少し低い。よく見ると膝の下がないのである。本を見ながら歩いたりスマホ操作禁止のこのご時世、悪いのは分かる。私的には金次郎さんの足は残してほしかった。今こそ大地を踏ん張るとき。力入らないよね、金次郎さん。
父が二十歳で陸軍2等兵になった歳、三つ下の弟は陸軍士官学校へ進んだ。生家は働き手を失った。
軍隊内で2度会ったという。異郷の地で兄弟は何を語ったろう。遠い故郷の母や稲穂の風景だったか。兄ははるか上官の弟に敬礼をしたのだろうか。
敗戦の翌年復員した兄は弟の生死を怖くて何日も聞けず、家族も聞かれるまで言わなかった。全戦死者の大正生まれの男の占める割合は83%だという。弟は何も残さず空に散った。
父は弟の短いえにしをくやしみ「戦争だけは絶対あかん」。酒を飲むたび言った。
宮崎市 柏木正樹(71) 2020/8/15 毎日新聞鹿児島版掲載
中学生の息子が自転車に乗って飛び出して行った。行き先は少し遠くのカレー専門店。コロナ自粛でテークアウトのサービスが始まったのだ。汗だくで帰ってきた息子の手には私と息子の分のカレー弁当。開けるとお絞りに手書きでお礼が書いてあって思わず笑みがこぼれる。ずっと私に食べさせたかったと息子のうれしそうな顔が、私の心もうれしくさせる。たくさんの思いやりのこもったこのカレーを食べた。この日の天気は快晴だった。息子はいつも私に快晴をくれる。いや、それは言い過ぎか。でも世界も早く快晴になることを心から願っている。
熊本市中央区 村上郁美(44) 2020/8/15 毎日新聞鹿児島版掲載
雲の低い6月の空の下、庭奥の一隅にドクダミが群生している。緑濃いハート型の葉群の上部に白く咲く花は、なんとも涼し気で好もしい。そのネーミングもすてき。薬草として毒を矯める、から派生したという記述を読んだ記憶がある。生の葉をもみ、その汁を塗ると水虫にも効くとか。
私はこの花の時期に茎を根元から摘み、乾燥したものを煎じて冷茶として飲んでいる。
また、花を摘んで広口瓶に入れ日本酒や焼酎に漬けたものを、化粧水として使っている。ドクダミが十薬の名称を持つのもむべなるかなである。
鹿児島県鹿屋市 門倉キヨ子(84) 2020/8/15 毎日新聞鹿児島版掲載
新型コロナウイルスの影響で、福岡の施設に入所する母の所へは1月以来行っていない。私を忘れてないかしら?
外はたたきつける雨。色合いを深めるアジサイに目が留まり、気が付けば、母への手紙に添える絵を考えている。
月に1度送る手紙に、格別楽しい話題も思いつかない。申し訳なさを感じながら、描いた絵の隙間を文字で埋める。
母からの返事はない。「お母さんのこと忘れてないよ」の気持ちが届けばそれでいい。時々電話で様子を知らせてくれる兄が言った。「夏物持ってきてって、達筆で手紙が来たよ」
宮崎県日南市 矢野博子(70) 2020/8/14 毎日新聞鹿児島版掲載
政府の鳴り物入りで繰り上げスタートまでしたGo To トラベル初日の7月22日。週に1.2度は訪れる野菜直売所まで車を走らせる。朝とれたばかりのキュウリやナス、トマトの色がまるで虹のように鮮やかだ。場違いみたいなマスク姿。透明フィルムを通して清算を済ませ、帰途に。一向に収束の兆しを見せぬコロナ禍の下、一泊5000円などの助成で景気回復の一助にしようとの思惑が新聞やテレビでも盛んに報じられる。「老人世帯の旅は助成なんて無関係だな」とかみさんと軽口を飛ばし合ったわが家の1時間半Go Toトラベル。
熊本市東区 中村弘之(84) 2020/8/13 毎日新聞鹿児島版掲載
晴耕雨読を掲げて田舎暮らしを始めたのは6月。その年は空梅雨で晴耕の日々。とにかく苗の手当てだが、すでに時期を逸していて、処分寸前の苗をやっと手に入れる。頼るのは指導書だけ。道具を買い、肥料は腐葉土。畝を作ってナス、キュウリ、ピーマン、トマトを植え付ける。気がつくと日が暮れている。僕の感覚では遅い夕方なのだが、7時半を過ぎている。いわゆる時差ボケで、東京とは1時間近い差がある。こうして俄農人が誕生。戦場はさらに拡大し、甘藷、スイカに手を伸ばした。20年余り前の話で、晴耕は雑草との闘いであった。
鹿児島県志布志市 若宮庸成(80) 2020/8/12 毎日新聞鹿児島版掲載
洗面所で、年輪が刻まれた自分の顔を見てため息つくのは毎度のこと。特に、明るい太陽光の下で写った顔を見ると悲しくなるが、皆さまに見られているのはこっちの顔である。
ふと、ひげを生やしたら口周りのしわが隠れて良いかもしれないと思った。そこで、散髪に行ったとき、理髪師のおじさんにそう言ったら、「岡田さんは毛が足らん」と一喝されてしまった。ポツポツでもどうかと粘ったが、「似合わん」とこれも一蹴され、あきらめた。
それにしてもはっきりものを言うおやじではある。
熊本市北区 岡田政雄(72) 2020/8/4 毎日新聞鹿児島版掲載
「母ちゃんどこに行くと?」。きれいに着飾った母の着物の袖を引っ張りながらついて回った。母はクスッと笑っているだけだった。三十路だったろうか? ほんのりと化粧が匂った。
夏が来る前に母の多数の着物を整理することにした。業者の「茶道されてました?」の問いにかすかに期待した私。正絹でもシミありや丈が短い物、それに紬や絣は、普段着扱いで査定無しになるとの説明だった。「500円で買わせていただきます」。正絹二枚を手にし、おもむろに証書と硬貨を渡してきた。
せめてリメーク用にと、袖の部分を数枚残してお別れした。
宮崎市 津曲久美(62) 2020/8/11 毎日新聞鹿児島版掲載
本紙の本の紹介欄で「ほのぼの路線バス」を読み思い出した小さな旅の事。今では町も様変わりして停留所もなく思い出すよすがもないが。売店を兼ねた切符売り場にたくさん物が並んでいた。数個が一列にネットに入り吊り下げてあった蜜柑。たぶん母と眼科医院に行った時だろう。寒々と細長く感じた廊下に置かれた長椅子を立ち、一緒に診察室に入った。帰りはバス停前の饅頭屋さんで十個、お土産を買うのが嬉しくて堪らなかった。今ではささやかな幸福の記憶。しかし私はいつも食いしん坊だなぁ。いつも思い出の多くが食べ物に終始する。
熊本県阿蘇市 北窓和代(65) 2020/8/10 毎日新聞鹿児島版掲載
大隅の山に久しぶりに出かけた。コロナ騒動で登山まで禁止になり、とんだ巻き添えであった。
この山は照葉樹の原生林であり、植物も豊富である。小生は野生の石斛の花を見るために訪れたのである。
ラン科で有名なのはコチョウランであるが、この花は人間の召使のごとく周りを照らす花である。石斛は大きな木の幹や枝に着生しており、ひっそりと白い花を咲かせている。それは、神秘の森の妖精のごとくである。
ストレスも発散して、はるばる来たかいがあった。
鹿児島市 下内幸一(71) 2020/8/9 毎日新聞鹿児島版掲載
小学3年の孫娘から夫と私を描いた絵をプレゼントされた。「ありがとう」と受け取り、絵を見てあぜんとした。顔にくっきりとしわが書かれ70~80のおばあちゃんになっていた。昨年はしわもなく可愛く描いてくれていたのにとショックだった。
皆に昨年と今年の絵を見せると「まぁ、よく観察してるわ。表現力大だね」と笑いこけた。うれしいような悲しいような……。夫は「こんなにじいさんかよ」と少々不満げだった。
来年はどんな絵を描いてくれるだろう。今年よりおばあちゃんにならぬよう、お肌の手入れをしなくちゃ。
宮崎県串間市 林和江(64) 2020/8/8 毎日新聞鹿児島版掲載
心に残る初めての遠足。歩きながらおやつも食べた。また楽しかった修学旅行。キョロキョロしてた思い出。コロナの昨今、子どもたちにも体験してもらいたいですね。
私の旅はリタイアを機に海外が主で、出会いが楽しい。最初のパリの子どもたちと、みんな笑顔でOK。天使のほほ笑みそのものです。今ごろはみんな50歳くらいと思う。親の出身国により顔立ちが? カメラを向けるとポーズ。また一つ自分へのお土産に。
今年も古城巡りを計画した。しかしコロナでキャンセル! 人生の中休みです。
鹿児島県伊佐市 坂元佐津夫(68) 2020/8/8 毎日新聞鹿児島版掲載
雨あがりの夕暮れ、高い鉄塔の上で、1羽のカラスがのんびりした声で鳴いている。
夕げの支度に手を止め、西の方に目を向けると、雲海のような空が広がり、薄紅いろに染まって明々としている。暗い山々のシルエットとは対照的な、少しずつ変化してゆく色のグラデーション。別世界にいるようでしばし時間を忘れていた。
雨粒をまとったアジサイが光に反射し、あでやかに輝いて見える。やがてセミが鳴き始めた。
まるで、夕暮れの時間を楽しんでいるかのように、平穏な一日が過ぎてゆく……。
宮崎県日向市 梅田絹子(65) 2020/8/8 毎日新聞鹿児島版掲載
7月上旬に熊本県南部地方が今までにない豪雨に襲われた。最近は世界中の各地域が思いがけない水害に見舞われている。
地球表面の7割は海洋だが、地表が温暖化しているので海水温度も上昇している。だから海面から蒸発する水蒸気が最近は異常に増加している。水蒸気は上空で凝結して雲になるが、激増した水蒸気は莫大な雨雲になって地球を覆う。これが豪雨の原因である。
現状を維持することなく、世界中の国々が協力して石炭の使用を抑えて、温暖化ガスの排出を減らすように努力すべきだと思う。
熊本市東区 竹本伸二(92) 2020/8/8 毎日新聞鹿児島版掲載