はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

石祠

2019-10-03 19:54:53 | はがき随筆
 山頂に至る中腹に無残に崩壊した石祠を見るにつけ、どうにかせねばの思いがあった。40回記念登山を前にして、地元の石材店に頼んで、山仲間の協力のもと石祠を再建させた。いつの時代(たぶん江戸時代?)に制作されたか不明であるが、昔の人が思いを込めて設置した石祠が再度晴れの日を迎えたのである。費用が小遣い銭の3か月分になったけど悔いはなかったと思う。薩摩日光と称されている花尾神社の背後にそびえる花尾山への登山開始は約25年前であるが、これからは勝手に石祠を花尾神社の奥宮とめでて、山登りを楽しみたいと思う。
 鹿児島市 下内幸一(70) 2019/10/3 毎日新聞鹿児島版掲載

男のロマン

2019-10-03 19:46:40 | はがき随筆
 夫は結婚する前よくツーリングに行っていたとか。
 最近タブレットで毎日のように大型バイクの動画を見ていた。私は「まぁ飽きもせず見ていること」と内心思っていた。
 数日後、「契約してきた」と言うではないか、それも1200の大型。びっくり仰天。
 「えっ、本当にバイクを買うの」と聞きなおした。娘や妹たちは「何を考えてると」と反対したが、息子だけは「いいんじゃないと」と賛成した。
 後日、知人から誘われて30年ぶりのツーリングに出かけた。男のロマンついに念願かなったね。
 宮崎県串間市 林和江(63) 2019/10/3 毎日新聞鹿児島版掲載

覚えているよ

2019-10-03 19:38:35 | はがき随筆
 「○○さーん、目やに取らせてくださいね」。なんて言いながら夕方になると入院患者さんの顔をふく。たいてい独り言になってしまうが、それでも顔を見て話すのが好きである。
 ある日、見覚えのある方が再入院されていた。ほとんど声を出さず、じーっと見つめてこられる方。マスクで覆われた私の顔は覚えていないだろうと思いながらも「○○さん、お久しぶりです。私を覚えている?」「覚えているよ」。
 嬉しくてたまらなかった。こういうことがあるから勤務と看護学生の両立も頑張りたくなる。
 熊本市中央区 里形有希(34) 2019/10/3 毎日新聞鹿児島版掲載

終戦の日に

2019-10-03 19:30:34 | はがき随筆
 令和元年度全国戦没者追悼式に参列した。鹿児島県からは遺族63名と県職員の方々が参列。台風の接近と通過をかいくぐっての飛行だった。今年は幸運にも席が前の方で天皇、皇后両陛下を近くで拝謁できた。
 先の大戦では計約310万人が亡くなっている。310万人といえば現在の鹿児島県と宮崎県の人口をあわせても35万人足りない数だ。残された家族の深い悲しみと貧困は私たち遺族のたどった道だ。負傷者、孤児、引揚者をはじめ国中が困難を極めたのが戦争だ。二度と悲惨な戦争が起きないように私たちは目を光らせていたい。
 鹿児島県霧島市 秋峯いくよ(79) 2019/4/3 毎日新聞鹿児島版掲載

ドクターヘリ

2019-10-03 19:22:49 | はがき随筆
 夫の病室の窓から、救命救急センターのドクターヘリが間近に見えた。遠くの山々と大空を背景にじっと出番を待つ姿は、頼もしく緊迫感があった。
 突然ヘリの翼が回り始めた。その時が来た。数名が迅速に乗り込むと一段と勢いよく回り凄い音をたてた。ふわっと浮いた後くるっと向きを変え飛び去った。夫は手術を終え眠っているが、今救助を待つ人がいる。間に合ってほしいと願った。
 1時間ほどでヘリが帰還し定位置に静かに着いた。無事救命できただろうか。薄紫の夕焼けの中しばらく機体整備が続いた。いつでも飛び立てるように。
 宮崎市 堀柾子(74) 2019/10/3 毎日新聞鹿児島版掲載

新たなスタート

2019-10-03 19:15:11 | はがき随筆
 「声のよか、まーだ歌ってよ」。利用者と輪になり「うさぎとかめ」「おてもやん」「炭坑節」などの曲を手拍子しながら歌うことが午前中の日課だった。声の小さな方をリードするために、明るく大きな声で歌うよう心掛けていた。喜んでもらえ、やりがいを感じていた。
 10年間働いた老人ホームを退職し4月から看護学校に通っている。環境の変化にようやく慣れてきたところだ。忙しかった毎日を昨日のように思い出す。
 次は看護師としてお世話が出来るよう、働きながら学んできたことを生かし、資格が取れるよう頑張りたい。
 熊本県玉名市 関友里恵(29) 2019/10/3 毎日新聞鹿児島版掲載

傘寿の誕生日

2019-10-03 19:06:31 | はがき随筆
 令和元年9月12日、私の80歳の誕生日が来た。役場から敬老祝金を頂く。思えば昭和16年12月、太平洋戦争勃発を父が義母の枕元に正座し報告する姿を眺めた2歳の私。その様子が鮮明によみがえる。福岡大空襲で叔父家族7名が壕入り口爆撃で全員死亡。遺骨を受け取りに父と隣人で北九州へ。実家の神棚に仏は置かれた。葬式遂行の最中も空襲警報発令。5歳の私は、爆弾が竹やぶに当たる音を聞き壕へ走った。強力な思い出を胸に健康、存命を神に感謝。傘寿祝いを11歳若い妹夫婦が。盛大な食事や贈り物、ありがたい。
 鹿児島県肝付町 鳥取部京子(80) 2019/10/3 毎日新聞鹿児島版掲載

ショートメール

2019-10-03 18:57:07 | はがき随筆
 携帯電話にショートメールが入っていた。「あなたのアカウントが凍結されています。くわしくは下記まで連絡を」と。
 読んだ瞬間、私をだますつもりかと舌打ちしたい気分。連絡先を読むが、何の変哲もない英文字の羅列だ。必要なしと判断しチャチャッと消去した。
 こんなメールを誰が送ったのか。若者か? 年配者か? 考えを巡らし混成の集団かもと思う。用心に用心を重ねよう。
 舌打ちしようかと思ったが、思い直した。これ以上自ら品格を落とす事もあるまい。
 もう数カ月過ぎたが、ケータイに不都合は起きていない。
 宮崎県延岡市 段下千晶(69) 2019/10/2 毎日新聞鹿児島版掲載

献血

2019-10-03 18:50:08 | はがき随筆
 「今回が最後の献血ですね。何か記念品はないの?」「えっ何かですネェ」。言葉を振られた看護師さんは一瞬戸惑われたかもしれない。先生は「もったいないね。まだ数値がいいよ。それに若い!」。「ありがとうございます。先生のお言葉がなによりのプレゼントです」と答えた私に「あっ、頭の中も若い。大丈夫だ」と笑われた。
 常連さんらしき人も多く、看護師さんとのかけあいも楽しい。帰りに「長い間ありがとうございました」と特別にジュースを二つ、歯磨きを二ついただいた。献血がもっと多くの人に身近になるとうれしいな。
 熊本県天草市 段下千晶(69) 2019/10/1 毎日新聞鹿児島版掲載

さといもの花

2019-10-03 18:34:58 | はがき随筆


 散歩中の妻がビー玉くらいのさといもを見つけた。私は持ち帰り、鉢に植えると妻はけげんな面持ち。気にせず玄関先に置いた。やがて芽が出て巻葉が伸び、ハート形の葉が広がった。
 さといもは、身近な食材で、たどれば縄文の人たちが稲作よりも前から栽培していた代物である。無頓着な私は、さといもの花を御年70を過ぎてもまだ見たことがなく、楽しみに観察していた。耳学多才の妻にどんな花かと聞くと「みずばしょうみたい。ほとんど咲かない」とのことで意気消沈。でも、さといもの葉の上に転がる銀の水玉も、なかなか乙なものである。
 鹿児島県出水市 宮路量温(73) 2019/9/30 毎日新聞鹿児島版掲載

友と二人で

2019-10-03 18:27:34 | はがき随筆
 二人の玉砂利を踏む音が、静かな境内に響いていた。荘厳な空気を全身で感じた。入り口で供えられた神の石を持ったまま本殿へ行く。それをお供えすればご利益を頂けると言う。
 友がぽつりと言った。「今まで厄払いなんて考えたこともなかった。61歳だから後厄払いになるかなぁ?」。友の身に起こった大変な出来事を知っている私は、「これで、全部厄が落ちるよ」と言葉を添えた。
 帰りには、大黒様と白兎の御神体をなでなでしながら祈念した。
 鳥居を出る時、穏やかな気持ちになった。友が汗を拭きながら「また来たいね」と言った。
 宮崎市 津曲久美(61) 2019/9/29 毎日新聞鹿児島版掲載

9月29日

2019-10-03 18:18:44 | はがき随筆
 幾つになっても誕生日はうれしく、心がそわそわしてしまう。
 世間的には完全に高齢者。テレビの74歳と76歳の高齢者夫婦という字が妙におかしい。「お父さん私たちも高齢者よ」と二人で納得するしかない。
 どなたかがおっしゃった。誕生日は母に感謝する日と。山奥の母の実家で生まれた私を、おんぶしてくれたお姉さんに会いたかった。農家の母は、日がな一日、田畑で働いていたはず。お下がりの服、ゴムの靴、寒さ防止の防空頭巾を思い出す。
 サァ、自分に何をご褒美にあげようかな。
 熊本県八代市 鍬本恵子(73) 2019/9/26 毎日新聞鹿児島版掲載

水面の美術館

2019-10-03 18:09:34 | はがき随筆
 八代駅から球磨川沿いをSL
に乗って人吉まで、友人と旅した。発車してまもなくダムがあり、川の流れはゆったりして、水面に岸辺の木々や野草が映る。曇天のせいか、水面は光ることなく、まるで絵画展の絵を見るようにくっきりと川辺の風景を映していく。水面のキャンバスはエメラルドグリーン。この色が不思議で列車の添乗員に尋ねると、水質が石灰といろいろなミネラルを含んだことで色が変わることなく流れるという。鉄橋を渡り、対岸の景色に変わっていく。なんと素晴らしい水面の絵画、こんな美術館は他にないだろう。感動の旅だった。
 鹿児島県出水市 年神貞子(83) 2019/9/26 毎日新聞鹿児島版掲載

怖いもの見たさ

2019-10-03 17:58:14 | はがき随筆
 「返品してもらえますか?」。あえて理由は口にしなかったが、きっと分かっていたはず。心臓がパクパクして怖かった。
 ある骨董市でのこと。合戦風の図柄の九谷の花瓶を、一期一会にと衝動的に買った。強引な値切りに渋々負けてくれたが、今思えばそれも、割れ物を売りつけようという狡猾な演技だったろうか。だまされた方が悪い世界だと耳にしたこともある。
 例の業者はあっさりとお金を返してくれたが、不信感と怒りはどうにも収まらない。だが、怖いもの見たさに、のこのこともう一巡りする。それが、骨董市の魅力なのかもしれない。
 鹿児島県霧島市 白坂功子(61) 2019/9/26 毎日新聞鹿児島版掲載

考えてみよう

2019-10-03 17:24:33 | はがき随筆
 子供がお母さんを追って飛び出した。ブレーキを思いっきり踏み込んだ。
 女の子はビックリしたように、お母さんの後ろに隠れた。良かったと安心したのと同時に、免許返納が頭をよぎる。その日は一日中その事ばかり気になり、つらかった。
 それから毎日返納の事を考えた。困ることばかり次々に浮かんでは消える。一番困るのは、趣味の活動ができるかな~。
 メリットはないのかと問うてみる。車がなければ必然的に歩くことになる。健康にいいし体重減少も。そしたら赤い靴買ってウフフ……。楽しくなった。
 宮崎県日南市 永井ミツ子(71) 2019/6/26 毎日新聞鹿児島版掲載