はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

11年のはがき随筆 年間賞

2012-04-23 18:54:37 | 受賞作品
年間賞に萩原さん
  感性豊かな夫を題材に
 11年の「はがき随筆」年間賞に、鹿児島市真砂本町、萩原裕子さん(59)の作品「夫の感官のすべて」(昨年7月12日掲載)が選ばれた。表彰式は5月27日午後1時から、JR鹿児島中央駅前の鹿児島市勤労者交流センターである。萩原さんに作品への思いなどを聞いた。


 5年前の5月。歯科医の夫・正禎さん(75)が畳の上に座ったまま言った。「立ち上がれない。手を引っ張って」「冗談でしょう」「本当なんだ」 
 異変を感じて救急車を呼んだ。脳内出血だった。以来、自宅でほとんど寝たきりの生活になった。
 作品はそんな日常の一コマをつづった。「お父ちゃんと娘の感性がすごく、私はそれを書きとめて投稿している。2人にはとても感謝しています」。長女の三希子さん(15)は8歳のころからはがき随筆に投稿しており、医院の待合室だった場所には今も裕子さんと三希子さんの掲載作が張られている。
 昨年10月には正禎さんが脳梗塞で2度目の入院。誤嚥性肺炎を起こす可能性があるため、医師から胃ろうを勧められた。チューブをつないだ胃に食事を流すのに2時間必要で、それを1日に3回行う。
 「へこたれずに一生懸命生きる姿を見せてくれています。お父ちゃんは私と娘のリーダー。心から尊敬しています」
 来月には退院し、裕子さんが介護をする。認知症も出てきた。それでも「書いている間は苦労も忘れ、書くことで私自身が救われている。これからもお父ちゃんと娘を題材に、書き続けていきたいと思います」。
【山崎太郎】

愛情あふれる文章

《評》
 例年のように、年間賞は毎月の入選作の中から選ぶことにし、まず候補作として次の作品を選びました。
 鵜家育男さんの「あっ、まさか!」は、いつものように義歯を探していると、コタツの中で愛犬がかじっていたという小事件を、そこにもっていく文章の脱線が巧みです。
 西田光子さんの「6月のカモメ」は陸前高田市でのボランティア体験です。聞こえるのはカモメの鳴き声だけという題名の付け方が秀逸です。
 萩原裕子さんの「夫の感官のすべて」は御主人の看病の逸話です。愛情あふれる文章です。
 山岡淳子さんの「涼風」は、夏休みで子供のいない教室を吹き抜ける風に感謝した、きれいな、文字通り涼しくなる文章です。
 年神貞子さんの「ナマコ」は、文章で色彩を描くのは難しいのですが、ナマコにまつわる色彩を描いた実に美しい文章です。
 塩田きぬ子さんの「子宝」は、老人ホームの母親を十分世話してやれない悔いのこもった、身につまされる内容です。
 いずれも特徴のある優れた作品ですが、その中から萩原裕子さんの「夫の感官のすべて」を年間賞に選びました。それは次の理由によります。前半の病室の描写、特に会話が効果的であること、それに後半での「私」の感想によって、「夫」の人柄が浮かび上がってくる点、何よりも慰める立場の「夫」が逆に慰めてくれている意外性、これらから美しい夫婦愛の随筆として選びました。何よりも人生が感じられます。
(鹿児島大学名誉教授・石田忠彦)

年間賞作品の紹介

「夫の感官のすべて」
 「お父ちゃん、ラジオでも聴く?」
 最近、テレビの画面もボンヤリとしか見えなくなっている夫が、余りにも静かなので、そう聞いてみた。
 「聴かなくていいよ。生きている時間を感じているから。ありがとう」
 ベッドの上でじっと目を閉じたまま夫は、そう答えた。夫の感官のすべてを私はまだまだ知りたい、感じたいと思う。4年前からほとんど寝たきりの生活の中、この穏やかさ、温かさ、繊細な感性は、いったいどこからきているのだろう。気宇壮大な人だと心から尊敬している。
  鹿児島市 萩原裕子 2011/7/12 毎日新聞鹿児島版掲載

平和を願う

2012-04-23 18:11:23 | はがき随筆
 「出征兵士」の中に私の名がある。が、時に当時の時代背景を感じて嫌になることがある。
 安曇野ちひろ美術館で岩崎ちひろの「戦争の中の子どもたち」展に出合った。その中のひとつ、スポットの当たった少女の白い顔に引きつけられた。そして、私は不覚にも涙を流してしまった。少女は戦場で何を見たのか言葉を失っている。泣くことすら忘れている。深く傷ついた黒い瞳──。その姿が幼かった頃の私の3人の娘たちと重なるともう涙は止まらなかった。
 「いかなる戦争も絶対にしてはならぬ」。混雑した暗闇の中で私は強く思った。
  出水市 中島征士 2012/4/23 毎日新聞鹿児島版掲載

今年の桜

2012-04-23 17:52:06 | はがき随筆


 昨年は自粛を余儀なくされた観桜の旅。今年は思い出の桜を妻に見せてやろうと上京した。場所は上野公園。平日の昼間というのに人並みの多さに驚く。巨木の桜は今を盛りと咲き誇り、花天井の下、ブルーシートがびっしりと敷かれ、既に宴の席もある。赤い顔が大声で歌い喚声を聞くと僕たちも笑顔になる。
 風に舞うほこりなど意に介さぬ露天商は声張り上げて客を呼ぶ。寒かった冬が去り、暖かさを呼ぶ桜に酔って歩く。お花見の極意だと思う。しかし、すぐ下を走る鉄路の先には、まだ春遠いがれきの山。復興を桜に祈りたい。
  志布志市 若宮庸成 2012/4/22 毎日新聞鹿児島版掲載

咲いた

2012-04-23 17:38:45 | はがき随筆
 11月、リンゴツバキの木を見上げると、ヒメリンゴのような丸々としたあの丸い実が三つにパカッと割れて、花びらのように開いていた。四つに割れている実もあった。こげ茶色の花が咲いたような感じだ。黒い種がついているものもあったので、触ってみると、ぱらっと下に落ちた。
 12月、リンゴツバキの木を見上げると、黄緑色のつほみをいくつもつけていた。
 1月、リンゴツバキの木を見上げると、赤い花を一つ二つと咲かせていた。赤い花びら、真ん中の黄色い花粉。それは、とても素朴で可憐な花に見えた。
  屋久島町 山岡淳子 2012/4/21 毎日新聞鹿児島版掲載