吉澤兄一のブログ

お江戸のど真ん中、平河町から、市井のトピックスを日記風につづりたいと思います。

映画『ある町の高い煙突』観賞後記

2019年06月23日 | Weblog
きょう(2019年6月22日)は、一年で最も昼間が長い夏至。ヒマを得て映画『ある町の高い煙突』(松村克弥監督)をイオンシネマでみた。「八甲田山」や「孤高の人」などで知られる新田次郎(取材)原作の映画。あの高い煙突のある神峰山をみて、八甲田山や登山での孤高の人などと同じように山岳小説視すると少々違う。『ある町の高い煙突』は、ずばりヒューマン小説であり、社会派取材小説だ。作者の知的趣味の気象学をみれば、自然や気象と人間の生活の関係ともいえる。


茨城県は、現在の日立市と常陸太田市の境界中山間地の入四間村で生まれ成長した関(根)兵馬氏(その地の大農家)の息子関根三郎(関右馬充)の生活活動物語だ。日立市街に行くにも常陸太田市街に行くにも、交通の便がわる過ぎる当時、三郎は馬で常陸太田市の太田中学(現、県立太田第一高等学校)に通学した。英語をはじめ成績は、クラストップの秀才だったが、家の跡継や木原鉱業(現、日立鉱業)の煙害問題と農業対策などを自分の使命と考えた彼は、入試合格した一高(現、東大)への進学を断念する。


まだまだ、人々の生活人権や消費者自衛意識が高くなく、国や社会が富国強兵や軍備拡張などに向いている世の中にあって、大企業木原鉱業所(現、日立鉱業)の排出煙害に対する防御改善対策要請などの仕方や進め方など知る由もない小山村農業民を支援共働する役割を担う覚悟にいたる三郎。たまたま承知している足尾銅山や隣りの赤沢銅山などの公害環境問題を知っていた彼に、強力な師友ができた。赤沢銅山の技師チャールス・オールセンというスエーデン(ノルウェー)人との交流だ。

彼の教えやアドバイスに加え、交渉相手の木原鉱業の窓口加屋淳平の協力や中央気象台の技師などとの交流に恵まれた三郎は、村の青年たち(青年会)との協力や企業との交渉をを経て、神峰山の(煙風)気象観測所などの設立と観測調査システムをつくり、やがて当時世界一高い大煙突建設などを成し遂げた。後に人々をして、日本のラルフ ネーダー(1960年代米国の環境公害消費者運動家)と言われた関右馬充(関根三郎)物語ドキュメンタリー実話なのだが、許嫁のいる三郎と加屋技師の妹(千穂)との淡い恋心の場面が少々冗長だった。観賞者のターゲットを広げようとの企てに免じて許すことにしよう。 (了)
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