私の70代

愈々90代に足を踏み入れ、人生の最終ラウンドに入った想いです。野菜作りとパソコンにも向き合っていきます。
 

奈良・薬師寺 散策

2010年11月11日 | 旅行
 もう三週間も経ってしまいましたが、京都での3泊4日の日程の最終日は10月24日月曜日でした。その日は朝からの小雨になり、小さな仕事もキャンセルして、時間的余裕も出来て家に帰るには、早すぎて薬師寺に寄ることにしました。
 薬師寺は今回で4回目、いや5回目かな?、最初に訪れたのは40代はじめ、40年前になり、斑鳩・西の京の寺院はよく訪れたほうです。グループでの旅行がほとんどでした。がその中で、中宮寺・薬師寺の仏像の印象が頭の中に残っていました。その仏像に「惹かれる感じ」で薬師寺を訪れたといってもいいです。
 
 大海人皇子(おおあまのみこ)は、壬申の乱で勝利をおさめ、天武天皇として即位し、680年(天武9年)皇后の病気平癒を祈願し、建立を発願されたのが薬師寺のはじまりです。7年後薬師寺は完成せず、天武天皇は亡くなられてしまいました。続いて即位された皇后、持統天皇によって698年(文武2年)薬師寺七堂伽藍は完成されました。
 その後いくたびかの盛衰を繰り返し、1528年(享禄元年)兵火により金堂、講堂、中門、西塔、僧坊、回廊などが悉く焼失してしまい、東塔(三重の塔)のみが創建当時の面影を残すのみとなっていました。

 1967年(昭和42年)高田好胤和尚の「写経勧進」による復興発願により、近年相次いで大伽藍が完成し、1998年(平成10年)世界遺産に登録されています。


       
 薬師寺全景です。西塔(写真左・昭和56年再建)建立以後に、娘夫婦と訪れていますが、こんな偉容は感じませんでした。二基の塔を備えて築かれた様式は「薬師寺式」といわれて極めて珍しいです。塔には6枚の屋根が見えますが三重の塔です。下から一段・三段・五段目の小さく見える屋根は風雨から壁面を守るための「裳階」と呼ばれている屋根です。
       

             
 金堂(上)と金堂内陣の”薬師如来坐像と日光菩薩像(右)月光菩薩像(左)です。40年前の仮金堂のイメージを思うと壮大な金堂でした。仏像のイメージは変わらず新鮮でした。(金堂・昭和51年再建)
       
 大講堂から、金堂そして東塔、西塔を撮っています。最初の写真と比べると裏側(北)から撮りました。

       

       
 大講堂(上)と大講堂の内陣弥勒三尊像です。確か仮金堂の裏に仮堂と仏像があった記憶ですが、それが吹き飛んでしまった程の今世紀最大級の木造建築物と華やかな内陣です。(大講堂・平成15年再建」)
               
       
 薬師寺大伽藍を囲む、朱塗りの回廊外側東にある東院堂です。
 奈良時代の養老年間(717~724)に元明天皇の菩提を弔うために、娘になる吉備内親王が発願・建立され平安後期に焼失しますが、鎌倉時代の1285年(弘安4年)再建されました。日本最古の禅堂としても知られています。(回廊・平成7年再建)


       

  
 東院堂内陣(上)と聖観音菩薩像と四天王像です。

 小雨の中、多くの修学旅行生に混じっての薬師寺拝観でしたが、40年前と違った壮大な伽藍に圧倒されました。しかし、薬師如来・日光菩薩・月光菩薩・聖観音菩薩からは以前と変わらず、新たに強い印象を受けました。特に聖観音菩薩は最初に拝観したときから、強い印象を受けて好きになり「その仏に会いに」行ったと言っても過言ではありません。東院堂は今回で3回目の拝観です。薬師寺へ行ったら必ず訪れたという訳ではなく、少人数の時に行った記憶で、拝観コースから外れた、寂しい所にあった感じでした。今回は薬師寺の回廊からは外れていますが、直ぐ目にとまり、よく整備されていました。おだやかで慈悲深い、聖観音菩薩は、私の心の中に深く入っている感じです。是非おすすめしたいです。 いって良かったです。

 まだ100%自分のものにしていませんが、フォトチャンネルを参照して下さい。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
« 秋の味覚 芋掘り | トップ | 里の紅葉  (漆と菊) »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

旅行」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事