Ryojinブログ

剣道のこと、オオカミ復活運動のこと、そして紀州犬のことやいつも行き来している大好きな京都のネタなども綴っていきます。

最近「社会が悪いんじゃないか・・」と思うようになってきた。

2018-05-26 13:01:16 | 随想・・・。

  僕は今までいわゆる世の中の困った出来事や嫌らしくて目を背けたくなるような悪い事件などを知っても、それがいわゆる政治や社会構造もしくは大小の個人が所属する共同体なども含め、決してそれらがなすせいではなく、漠然とあくまでも個人の問題だとずっと考えていました。

だから「社会のせいにするな」とか「世の中のせいでもない」とか云々言ってきたしそうも考えていました。

  ところが昨今、政治や教育に関わる様々な事件やスポーツ界の不祥事のようなことを見聞きしてると、どうもこんなことって「社会の仕組みが悪いからじゃないか」とか「社会の構造の問題だとか」そんなことも思えるようになってきたのです。

もはや個人がどうのとかの問題ではなくなってきているようで、ふと、うすら寒さも感じるのですね。

  特に、森友、加計の問題などもそうですが、更に掘り下げればいじめの問題や教員の不祥事、学校のブラック化など数え上げれば切りがないほど教育関連の場では様々な事件が渦巻いています。

これこそ最早社会の根源を揺るがすようなことだと思ってしまう訳です。

「教育」と云う根幹のことです。

よく「一体どんな教育を受けてきたんだろうか」「親の顔を見てみたい」などという言葉耳にしますが、まさしく今や社会全体がおかしな価値観やどうしようない無知によって色々な意味で乱れ狂乱しているような気がしてしまいます。

  例えば今騒がしいアメフト問題でもレスリングでもしかり、更には大相撲の一連の不祥事なども同様で、そこには必ずそれを司る組織があるのですが「その存在の危うさ・・」その事がいかにもあからさまになってきて、そういった現実を目の当たりにするようになると、やっぱりなんだか政治やそれにともなう社会構造のようなものに原因があるのじゃないか、などと思ってしまう訳です。

それがこの表題の意味なんです。

  僕はすべてを否定している訳では決してありません。当たり前ですが・・。

ただただ思うに昨今取りざたされている事件、人間の自己保身や無風を望む姿勢、あわよくばやり過ごして元の鞘に納まろうなどという「潔さ」という美徳の欠片もないというか、多分その価値観が判らない、もしくは知らないのでは、とも思わせるような組織人達のその姿や対応の様子を見ていると、やはりずっと遡って表題のような気持ちになってしまうのですよね。

  そういえば今まで社会やその組織は「異端児」と云われる者が、その「出る杭は打つ」という共同体における事なかれ主義的な「異物は排除する」という圧力、悪癖・・をものともせず、それをやり抜いた者が(まぁ悪い例もありますけどね・・)その構造を根本から変えてきている。そんな気がしてなりません。

この「異端児が事を成すんだ」という価値観を持った人が、昨今の事件の現場にいる人の中からこの機会に出てくればいいのにと思うわけです。

 これらのトラブルや事件などその組織に関わる人材にとっては、現状を「覆す」というか良い意味「ぶっ潰す、ぶっ壊す・・」というか、チャンスと云えばチャンスなのですよ。

政界もしかり、会社や大学の組織もしかりです。

大相撲、貴乃花親方は現にそれをやろうとしました、思いもよらぬ弟子の事件で頓挫してしまいましたけどね、だから相撲協会は相変わらずです。

※話は変わりますが相撲界、モンゴル勢が幅を効かせてきて朝青龍が横綱になった頃からおかしくなってきましたね。

あの土俵態度に意見する人がいなかったのですからね、まったくしょうがないですね。

最近では白鵬の勝負がついた後の態度についてもそうです、あの大相撲史上初とも云える重大事件になんのお咎めもなく、また現場にいた勝負審判も誰一人として注意、意見言える人いませんでしたから。

まったくこりゃダメだと、思いましたね。だから組織としてですよ。

相撲の話はここまでにします。

  でまぁ、そうやって社会や世の中は活性されていくものだと僕的には思うのですが、どうですかね(^^;)

と云うことで、僕はそういうところに最終的に思考が行ってしまいます。

失礼します。

 

 

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