Ryojinブログ

剣道のこと、オオカミ復活運動のこと、そして紀州犬のことやいつも行き来している大好きな京都のネタなども綴っていきます。

大伯母の死。

2018-04-21 09:46:35 | 随想・・・。

  大伯母というのは僕が勝手に付けた呼び名で、要するに僕の祖母の妹に当たる人の事です。

その昔、伊勢の名家に嫁ぎ先妻の子供達を育て上げ、主人の死後莫大な遺産を相続しそれ以降なに不自由のない生活を謳歌してきましたが、晩年何やらややこしい詐欺事件に巻き込まれ、事の経緯は詳しくは知りませんが、とにかくそれ以降すべての財産を失い嫁ぎ先への迷惑が降りかからないために一切その家と縁を切り、その後は細々としたアパート暮らしで介護の手伝いをしたりしながら生活保護を受けて生きてきました。

僕も毎年年賀状を出したりしていましたが、その都度、自分は年賀状は出せないかわりに僕の携帯に御礼の電話がありお互いの近況などを話していました。

それも近年すっかりなくなり、僕の親達とは連絡を取り合っていたみたいで元気な噂も耳にしていたのですが、忘れていた頃の突然の訃報でした。

親戚の話によると葬儀は行わず、公共の施設で単に荼毘に付すという形で、明日伊勢の某施設でお別れすると云うことでした。

  その日はたまたま妹が両親を旅行につれて行くのと重なり、親戚からは「もう気にしなくてよいから」と言われていたこともあったのですが、きっと妹や両親達はその事に随分気兼ねもするだろうしと云うことで、結局僕が参列することにしました。

  久々にみる親戚(僕の祖母の実家)の面々を見ると、子供の頃の懐かしい思いがよみがえり、本当に来て良かったと心から思いましたね。

読経もなく位牌もなく、ただ火葬し遺骨もそのまま処分を任せると云うそれだけで、言わばその証人のような形で僅かな親戚が集まったのですが、やはり物事捨てたことばかりじゃないですね。

ありがたいことに大伯母の本家とは絶縁状態にも関わらず、その分家の当主がわざわざ奈良から来てくれました。

それも本家の菩提寺の住職も伴って来てくれて、更にその住職は読経をあげるだけでなく位牌もすでに作って持って来てくれていました。

  それには親戚一同とても感謝していたのですが、ただその位牌の行き先がない・・。

火葬の間、待合室で色々住職の話など聞いていて、もしこの位牌が何処にも引き取り先がなければ僕が尾鷲に持って行こうと密かに考えていました。

僕のばあちゃんの妹ですもの、全然気にもなりませんでした。

  そのこと後で家に帰ってから「一応その事は一言連絡はするつもりやったけどな」と家内に話したら「ばあちゃんの妹やもの当たり前よそんなlこと・・」と同じ事を言ってくれました。

その神対応は本当に嬉しかったですね。

まぁ、そうこうしながら何だかんだと話しているうちに結局その住職がお寺で預かってくれるこになり、話はとても丸く収まったと云う訳なんですがね。

御年85才になるというその小柄な住職は、帰りがけ「〇〇さんには、子供の頃は随分可愛がってもらってなぁ・・」とつぶやいていました。

涙が出そうになりましたね。

  そんな事がありました。

時間はどんどん過ぎ去っていきます。

人も風景もそれにともない随分様変わりしていくものなのだと今更ながらに心に染みいりましたね。

  僕の祖母は長男とその下の三人姉妹の四人兄弟の長女で飯南の粥見と云う所の出です。

妹二人の内一人だけが健在で今97才で、その場にも来ていました。今回亡くなった大伯母は95才でした。

僕の祖母は97才で亡くなりましたが、デイサービスでの足の怪我さえなければもっと長生きしてたのは間違いないですね。

総じて長寿の家系みたいです。

  遠い家族の歴史を感じてしまう懐かしいような不思議なような、そんな思いにさせられた貴重な時間でしたね。

これもまた「一期一会」・・なのですねぇ。

 

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1 コメント

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よい話 (榎本)
2018-04-22 15:22:36
よい話ですね。大伯母さんが想像できそうです。詐欺事件で財産を失ったあとでも、95歳まで生きたということは地の力があったのと、やはり精神力なのでしょうね。読んでいてしみじみとしました。

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