Ryojinブログ

剣道のこと、オオカミ復活運動のこと、そして紀州犬のことやいつも行き来している大好きな京都のネタなども綴っていきます。

剣道を考える・・人生のこと。

2018-06-03 15:19:57 | 剣道のこと

  今日は地元の子供達の昇級審査会がありました。

まぁ、昇級審査というのは少年達の励みとなるもので、自分たちの練度を見てもらうという要素が主で、不合格になると云うことは余程の無理な挑戦をしないことにはまずありません。

僕も今回久し振りに級審査をやらせてもらいました。

  この審査会の世話役の事務局の矢賀君から事前にメールで「審査終わった後で稽古お願いします」という連絡があったので喜んで防具を担いで出かけと云う訳です。

  さて、審査終了後さぁ一本と云うときに会長の真井先生が「俺もやるわ」と防具を取りに帰り、結局三人で予想外に中身の詰まった良い稽古をすることができました。

僕は朝からどこか身体が重くて、疲れが溜まっているような気がして気分はイマイチすぐれませんでしたが、稽古の後はすっかり快調になりましたね。

この気分というものと肉体というものが如何に密接に関連しているかと云うことを、こんな時につくずくと思うのですよね。

  矢賀君は3年程前に心臓を痛め、まったく剣道ができなくなって久しく、最近やっと少しずつ復帰してきたのですが、心から嬉しく思いましたね、こうやって前と同じように稽古ができる幸せをですね・・・。

本人が一番痛切に感じていると思います。

本当に嬉しそうに喜んでいました、何か悟ったのやもしれませんね。

彼はそう大変な経験をへて、誰よりもその事よく判ったのかも知れません。

  稽古しながら内緒ですが僕も嬉しくて涙が出そうになりましたね。

実は昨日久し振りに何気なくある剣術絡みの本をめくっていて付箋のついたページがあったのでふとそこに目をやると、その中にこんな会話がありました。

「私は勝つとか負けるとかで技を工夫したのではありません。我が得手を育て磨き求める喜びと申しましょうか・・・短い一生だからこそ何かひとつでもと思い・・ただそれだけです」

前後のいきさつは省いていますが、この言葉に僕はいたく感動しました。

  矢賀君と稽古の後で少しこの話をしましたが、自分にも当てはまることで、これからもずっと剣道というものと向き合っていく上での姿勢というものが何やら少し判ったようなそんな気がしましたね。

  帰りがけ真井先生が「こんな面白いものはないわなぁ・・剣道・・」と言って笑いながら防具担いで帰って行きました。

御年77才・・とてつもなくアグレッシブな剣道をします(>_<)僕などもまったくうかうかできません、しっかり打たれますから・・・。

こういう人もいるのです。

  京都の事務局長の三好先生など真井先生と同い年位ですが、この方なども八段の一次審査三回連続で通っているのですよねいやはや・・・(^^;)

歳は関係ないですね、すべては自分で決めるのですね。

凄いですわ・・とにかく・・。

  70才やそこらで人生が判ったかのようなことを言う人もいますが・・・それってどうなんでしょうかね(^o^)

僕的に思うに世の中人生を逆算する人が多いのですよ、例えば犬大好きな人・・70才位ですでに「もう歳だから飼えないよね・・」と言うのですよ「この人、自分が死ぬという所から今をみているんだ・・」と、どこか寂しさというか不思議さ・・僕的にですが、そんなこと思うのです。

僕は死んだ後の責任のことなど考えたことありません・・そう!無責任男です。

自慢じゃないですが・・死んだら終わりと思っています。

ずっと昔からそうでした。

後のことは知ったことではありませんからね僕は・・・だから無責任男なんですって!(>_<)

 とまぁ、諸々そんなこと剣道しながらというか終わってから思ったのですよね。

「今がすべて、今ここにすべてがある」これですね。 

これもやっぱり「一期一会」につながるのかなぁ・・。

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