Ryojinブログ

剣道のこと、オオカミ復活運動のこと、そして紀州犬のことやいつも行き来している大好きな京都のネタなども綴っていきます。

パワハラというファシズム。

2018-09-15 13:40:47 | 随想・・・。

  パワハラ、セクハラ、アカハラからマタハラまでなんでもかんでもハラスメントの対象で、マスコミはこぞってそれの摘発に躍起になっています。

まぁ、特にスポーツ界などは遠い昔からの因習のようなものが残っていて、それは偏に軍隊式組織の延長であるわけで学校も会社も、どこもかしこもその名残の上に組織が成り立っているとしか思えません。

遡れば戦前戦中から明治以前、更に江戸時代の封建制の名残と云っても過言ではないでしょう。

  要するにこの国はそういうところからの脱皮がまったくできなかったのでしょうね。

ましてやスポーツにおける実績や特に武道の世界では段位制度という圧倒的なヒエラルキーが存在します。

最近はあまり効かなくなりましたが段位というのは剣道や柔道だけではなく卓球やレスリング、相撲にまでありましたから・・。

その中でも特に剣道は他の武道や一部スポーツのように段位が形骸化することなく純然と存在し、その階級制は今も絶対的なものとして存在しています。

僕、当事者ですから・・。話は剣道のことだけではありませんから悪しからず。

  その事はさておき、ただですね、どうも最近の風潮は「この際みんなでどんどんやっちゃおう!」あれもこれも・・みたいで僕的にはどこかファシズム的な匂いがして違和感を覚えるのですよね。

また逆に古くからの体制を今この機会に一気に壊して立て直してしまおうと云う権力の影も感じるのです。

東京オリンピックを控え、ある意味あらゆる組織、特にスポーツに関わる組織の一新と過去からの脱皮と云うのであればまぁそれはそれで致し方ないし自然な流れかも知れませんがね。

  今回の一連の騒動であからさまになってしまったこの国の一見強固そうで実は脆くて危うい組織や共同体の在り方を見直すと云う方向にスムースに移行できればそれに超した事はありませんが、相変わらずどこのどんな組織にも存在する体育会的な上位下達構造の根は深いですからね。

高校や大学のスポーツ組織というかクラブ活動的な在り方、そんなものから見直さなくてはならなくなってきました。

スポーツなど自由にやれなければ意味ないですからね。

自由と云ってもその中には当然個人が求めるであろう厳しさもあり、また楽しさもあるわけですが、それを含めてのことです。

個人の人格や個性またその人間性を無視したような、人の心の中にずけずけと平気で入ってくるような指導体制はやっぱり如何なものかと思いますね。

その点我々はまだまだ先進国とは云えませんね、経済だけは先進国でしょうが生活や文化という点では縦の深さが余りにも浅いそんな気がします。

際限のない経済発展のことばかり云う前にもっと足元の基盤である文化や精神的豊かさを求める時代に来たのだと思うのですがね。

  と云うことで、一連のパワハラ騒動から僕なりに漠然とですが考察してみました。

 

コメント