はりさんの旅日記

気分は芭蕉か司馬遼太郎。時々、宮本常一。まあぼちぼちいこか。
     

高野街道京大坂道(学文路〜日輪寺)を歩きました

2020-11-28 17:39:39 | 街道歩き
三連休の真ん中の11月22日に高野街道京大坂道を歩きました。
天気も良く紅葉も見ごろを迎えていたので、京都をはじめ紅葉の名所は大にぎわいのようでした。
しかし、コロナ感染者が急増していたので、人のいない所をハイキングしようと考えてここを選びました。

高野山へ歩いて登るにはいくつかの旧街道があります。
一番有名なのが「町石道(ちょういしみち)」ですが、13キロほどあり今回はパスしました。しかし、いつかは歩きたい道です。
今回選んだのは「高野街道京大坂道」です。ここは約10キロで、江戸時代末期には沢山の参詣者が歩いた道のようです。
結果は終点の女人堂までは歩けずに、三分の一を歩いただけでした(笑)


出発点は南海高野線の学文路(かむろ)駅です。ここまでは車で来ました。




学文路駅から少し行くと、高野街道京大坂道に出ます。




道路にはこんな標識があり、わかりやすいです。




道しるべもあるので迷わずに歩けそうです。それでも一応YAMAPの地図もダウンロードしておきました。




学文路といえば刈萱堂が有名ですが、今回はその話には触れません。




刈萱堂のあたりから望む風景です。紀ノ川が流れ正面の山が岩湧山ではないかと思います。




橋本市は柿が有名です。山の斜面は柿畑だらけです。




お地蔵さんが祀られていました。




三連休でしたが、歩いている人はいませんでした。人のいない所に来たのですから良かったのですが、ちょっと寂しい気もしました。




1里ごとに里石が建っています。下には、現在の道しるべもあるので安心です。




街道は高野山に向かって、当たり前ですが上っています。柿畑もつづきます。




私も学文路駅に戻ってから無人販売所で購入しましたが、500円でかなりの数がありました。




街道はつづきます。今回歩いた区間は集落の中を行くことが多かったです。この街道歩きで出会ったのは地元の数人の方だけでした。




ダリアが咲いていました。




弘法大師にはこういった言い伝えが多いです。先日歩いた東高野街道でも「弘法井戸」がありました。




左が大師の硯水です。




柿畑の中を行くのかと思ったのですが、左の道でした。




丁寧な案内板です。日輪寺まであと500mのようです。




ところが、いきなり下り坂があらわれました。




途中にあった峠のお地蔵さんです。




まだ下るようです。




どんどん下っていきます。せっかく登ってきたのにもったいないですが、仕方がありません。




大きな集落が見えてきました。日輪寺のある河根の集落のようです。




日輪寺に到着です。時刻は12時10分でした。ここまでスタートしてから約1時間でした。




当初の予定では、ケーブル駅のある極楽橋まで歩こうと思っていたのですが、まだ2時間以上歩かなければなりません。
ここならエスケープとして車道を歩けば、30分ほどで南海高野線の下高野駅に行けそうです。
もちろん即決でエスケープすることにしました(笑)

少しの区間でしたが高野街道京大坂道を歩くことができました。
この道を沢山の高野詣の人々が歩いたのかと思うと感慨深かったです。

※訪問日 2020.11.22

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