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『孫子』巻一計篇

2018-08-04 10:14:13 | 四書解読
巻一 計篇

孫子は言った、国の安危は戦争に在る。だから戦争は、国にとって最も重大な出来事であり、国民の生死を決めるものであり、国家の存亡を左右するものである。したがって、戦争を始めるには、慎重に熟慮し検討しなければならない。だから戦争に勝つ為には、次に述べる彼我の五事を検討し、その優劣を計算して、勝負の実情を知るのである。五事とは、第一に道、第二に天、第三に地、第四に将、第五に法を言う。第一の道とは、政令と禮教を以て民を導き、君主と民の意思を一致させることであり、そうなれば民は君主と生死を同じくして危険を恐れなくなる。第二の天とは、兵は、陰陽と気候と時の変化という天運に法ることを言う。第三の地とは、距離・険しさ・広さ・有利か不利かなどの地形上の利害を知ることである。第四の将とは、智謀・信義・仁愛・勇気・威厳を言う。第五の法とは、部隊の編成や行軍の規律を定め、将や副将や宿営地などを明らかにして、それらの装備を整えて、食糧を確保することを言う。およそこの五つの事は、将軍であれば聞かない者はいない。これを知る者は勝ち、知らないものは敗れる。だから敵味方の五事を比較して、優劣を計算してその実情を知ることに務めるのである。すなわち彼我の君主は、どちらがより正しい道を行っているか、将の能力はどちらが優れているか、天地の利をどちらが得ているか、法令はどちらがよく守られているか、雑兵はどちらが強いか、士卒はどちらがよりよく訓練されているか、賞罰はどちらがよりよく明らかにして行われているか、これらの事を計算して、私は勝負の行方をあらかじめ知ることが出来る。主君が私の以上の計を聞き入れて、これを用いたなら、必ず敵に勝つでしょう。そうすれば私はこの国に留まりましょう。反対に私の計を聞き入れず、見通しを立てずにこれを用いたなら、必ず敗れるでしょう。そうすれば私はこの国を去りましょう。以上の七点を比較した結果、こちらが有利だとして、それが聞き入れられたなら、そこではじめて彼我の計算の結果が勢いを作り出し、それが外的条件を助けて更に有利に導く。勢いとは、有利に乗じて臨機応変に対処することである。そもそも戦争の道は敵を欺くこである。だから、こちらの能力を隠して無能であるように見せかけ、部隊を上手に用いることが出来るのに、それが出来ないように見せかけ、近くにいるのに遠くにいるように見せかけ、遠くにいるのに近くにいるように見せかけ、敵に有利だと思わせて誘い出し、敵を混乱させて攻め取り、敵の力が充実していれば、敢て戦わずに之に備え、敵の力が強ければこれを避け、味方がわざと怒りを示して敵を混乱させ、わざとへりくだって、敵を驕らせ、味方は安逸に行動して、敵を疲れさせ、君臣が団結しており、又友好国とも団結している場合は、離間の策を用いてこれらの団結を妨げるのである。このようにして敵が備えていないところを攻め、敵の意表を突くのである。これが兵法家の勝を得る方法であるが、戦争では敵の動きに応じて、臨機応変に対処しなければならないので、事前にこれらを教えておくことはできない。戦争に先だって、祖廟の前で彼我の戦力を道・天・地・将・法の五事にもとづいて計算した場合、勝つ者はその得点は多いからであり、負ける者はその得点が少ないからである。得点の多い者は勝ち、少ない者は負けるのであって、まして得点がない者が勝つことができないのは、言うまでもないことである。この祖廟の前での計算から判断すれば、勝負の行方は既に明らかである。

孫子曰、兵者、國之大事、死生之地、存亡之道。不可不察也。故經之以五校之計、而索其情。一曰道、二曰天、三曰地、四曰將、五曰法。道者、令民與上同意也。故可與之死、可與之生、而民不畏危。天者、陰陽寒暑時制也。地者、遠近險易廣狹死生也。將者智信仁勇嚴也。法者、曲制官道主用也。凡此五者、將莫不聞。知之者勝、不知者不勝。故校之以計、而索其情。曰、主孰有道、將孰有能、天地孰得、法令孰行、兵衆孰強、士卒孰練、賞罰孰明、吾以此知勝負矣。將聽吾計、用之必勝。留之。將不聽吾計、用之必敗。去之。計利以聽、乃為之勢、以佐其外。勢者、因利而制權也。兵者、詭道也。故能而示之不能,用而示之不用、近而示之遠、遠而示之近、利而誘之、亂而取之、實而備之、強而避之、怒而撓之、卑而驕之、佚而勞之、親而離之、攻其無備、出其不意。此兵家之勝、不可先傳也。夫未戰而廟算、勝者得算多也。未戰而廟算、不勝者得算少也。多算勝、少算不勝。而況於無算乎。吾以此觀之、勝負見矣。

孫子曰く、兵は、國の大事にして(注1)、死生の地、存亡の道なり(注2)。察せざる可からざるなり。故に之を經(はかる)るに五校の計を以てして、其の情を索む(注3)。一に曰く道、二に曰く天、三に曰く地、四に曰く將、五に曰く法。道とは、民をして上と意を同じくせしむるなり。故に之と死す可く、之と生く可くして、民、危うきを畏れず(注4)。天とは、陰陽・寒暑・時制なり(注5)。地とは、遠近・險易・廣狹・死生なり(注6)。將とは、智・信・仁・勇・嚴なり。法とは、曲・制・官・道・主・用なり(注7)。凡そ此の五者は、將聞かざるは莫し。之を知る者は勝ち、知らざる者は勝たず。故に之を校するに計を以てして、其の情を索む。曰く、主孰れか有道なる、將孰れか有能なる、天地孰れか得、法令孰れか行う、兵衆孰れか強き、士卒孰れか練れたる、賞罰孰れか明らかなる、吾、此を以て勝負を知る。將に吾が計を聽かんとするか、之を用うれば、必ず勝たん。之に留まらん。將に吾が計を聽かざらんとするか、之を用うれば、必ず敗れん。之を去らん(注8)。計利として以て聽かるれば、乃ち之が勢いを為して、以て其の外を佐く。勢とは、利に因りて權(權變、臨機応変のこと)を制するなり。兵は、詭道なり(注9)。故に能にして之に不能を示し、用にして之に不用を示し(注10)、近くして之に遠きを示し、遠くして之に近きを示し、利して之を誘い、亂して之を取り、實にして之に備え(注11)、強くして之を避け、怒りて之を撓(みだす)し(注12)、卑うして之を驕らせ、佚にして之を勞し(注13)、親しみて之を離す。其の無備を攻め、其の不意に出づ。此れ兵家の勝、先に傳う可からざるなり(注14)。夫れ未だ戰わずして廟算して、勝つ者は算を得ること多ければなり。未だ戰わずして廟算して、勝たざる者は算を得ること少ければなり。算多きは勝ち、算少なきは勝たず。而るを況んや算無きに於いてをや。吾、此を以て之を觀れば、勝負見わる。

<注釈>
○注1、十注:張預曰く、國の安危は兵に在り、故に武を講じ兵を練ること、實に先務とするなり。○注2、十注:張預曰く、死生を地と曰い、存亡を道と曰うは、死生は勝負の地に在りて、存亡は得失の道に繋かるを以てなり。○注3、十注:杜牧曰く、經は、經度なり、五は即ち下の所謂五事なり、校は、校量なり、計は即ち篇首の計算なり、索は、捜索なり、情は、彼我の情なり、此れ先づ須からく五事の優劣を經度し、次に復た計算の得失を校量すべきを言う、然る後始めて彼我の勝負の情状を捜索す可し。○注4、十注:孟氏曰く、道とは、之を道くに政令を以てし、之を齊うるに禮教を以てす、故に能く民の志を化服して、上下と同一なり、故に兵を用いるの妙は權術を以て道と為す。○注5、十注:孟氏曰く、兵は、天運に法るなり、陰陽は、剛柔盈縮なり、陰を用いれば、則ち沈虚固静なり、陽を用いれば、則ち輕捷猛厲なり、後くれば則ち陰を用い、先んずれば則ち陽を用いる、陰は蔽する無く、陽は察する無きなり、陰陽の象は定形無し、故に兵は天に法り、天に寒暑有り、兵に生殺有り、天は則ち殺に應じて物を制し、兵は則ち機に應じて形を制す、故に天と曰うなり。○注6、十注:梅堯臣曰く、形勢の利害を知り、凡そ兵を用いるに先づ地形を知るを貴ぶ、遠近を知れば、則ち能く迂直の計を為し、険易を知れば、則ち能く歩騎の利を審らかにし、廣狭を知れば、則ち能く衆寡の用を度り、死生を知れば、則ち能く戰敗の勢いを識るなり。○注7、曲制・官道・主用と三分する説と、曲・制・官・道・主・用と六分する説がある、王晳の六分説を採用する。十注:王晳曰く、曲は、卒伍の屬、制、は、其の行列進退を節制す、官は、羣吏偏裨(偏・裨共に副将の意)なり、道は、軍行及び舎る所なり、主は、其の事を主守するなり、用は、凡そ軍の用にして、輺重糧積の屬を謂う。○注8、十注:梅堯臣曰く、王、将に吾が計を聽かんとして、用いて戰わば、必ずたん、我、當に此の地に留まるべし、王、将に我が計を聽かざらんとして、用いて戰わば、必ず敗れん。我當に此を去るべきなり。「将」の字、将軍の意に読む説と、副詞に読む説がある。私はこの梅堯臣の注を採用して、副詞に読んだ。○注9、「「詭」の義は、いつわり、あざむくである、偽りの道とはどういうことだ、道とは正道をさすものだ、というような論争が古来から行われている。私は単純に解釈してもよいのではと思っている。十注に、杜佑曰く、兵は常形無し、詭詐を以て道を為す、とあり、戦争の道は敵を欺くことである、と解釈するのがよい。○注10、「用」を、色々なものを用いると解釈する例が多いが、十注:李筌曰く、己實に師を用いるも、外に之に怯うるを示すを言う、とあり、私はこの解釈でよいと思うので、そのように解釈した。○注11、服部宇之吉氏云う、「敵の力充実なれば敢て戰わずして之に備う。」○注12、服部宇之吉氏云う、「怒は吾故意に怒りて其の気を撓わむ。」味方が故意に怒り、それを敵に示して混乱させること。○注13、十注:王晳曰く、奇兵を多くするなり、彼出づれば則ち歸り、彼歸れば則ち出で、左を救わば、則ち右し、右を救わば、則ち左す、之を罷勞する所以なり。○注14、十注:梅堯臣曰く、敵に臨み變に應じて宜しきを制す、豈に預め前に之を言う可けんや。

<解説>
計篇の解題について、十注に多くの解説があるが、杜牧の解説を紹介しておく。曰く、「計算なり、曰く、何事をか計算す、曰く、下の五事なり、所謂道・天・地・将・法なり、廟堂の上に於いて、先づ彼我の五事を以て優劣を計算し、然る後に勝負を定む、勝負既に定まり、然る後に師を興し、衆を動かすは、兵の道なり、此の五事に先立つものは莫し、故に著して篇首と為すのみ。」
この篇の趣旨は、杜牧の解説に要約されている通りである。戦争を始めるには、事前に彼我の戦力を具体的な項目に基づいて比較検討し、勝敗の行方を見極めることが最も大事とされているが、これは戦争だけの話ではなく、勝負ごとに於いては全てそうであろう。