博文(ひろぶみ)通信

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9月定例会一般質問原稿 ⑤

2012-10-04 07:18:25 | 日記
昨日の続きです。
 

質問:仮設庁舎が向こうに移るわけですから、せっかく新しい所なんですから、バックパネルの早急な作成をお願いいたします。
それでは次に、質問事項2の帰町の時期について質問いたします。

 昨年の3.11の大震災発災から明日で1年6か月が経過します。この間、町民のみなさんは今後の先行きに不安を抱えた中、避難生活が続き心身ともに疲れのピークに達している現状にあります。残念な事に自らの命を絶ってしまった悲しいケースもありました。
第2回復興に関する町民アンケートでは「帰町するか町外で生活するかを判断するうえで重要視していること」という設問がありましたが、今現在、逆に町長として帰町するための諸課題は何か、また、それら課題クリアーするための期間はこの位かかると町民のみなさんに示すことが必要ではないかと思います。そこで、これらの点について町長はどのように認識しているのか、お聞かせいただきたいと思います。


復興推進課長:お答えいたします。まず、帰町する上での主な課題でございますが、まずは住民の帰町につきましては、安全第一が最優先と考えており、東京電力第一原子力発電所の事故の収束と考えているところでございます。さらに除染などによる放射線量の低減、道路や上下水道、防潮堤などのインフラの整備・復旧、商工業や農業などの事業再開環境の確保、さらに行政だけではなく民間も含めた生活関連サービスの回復などが考えられるところでございます。

 
質問:今、諸課題はお答えいただきましたが、それをクリアーするのにはどのくらいかかりますか、という質問もしているのでお願します。


復興推進課長:それではただいまの諸課題に対応する期間なんですが、町民が安心して暮らせるようにするための環境整備には、少なくとも5年程度は要するものと考えているところでございます。


 この続きは、また次回に



*質問・答弁で「帰還」ではなく「帰町」という言葉を使っています。これは昨年12月定例会の私の一般質問の中で「マスコミなどは『帰還』という言葉を使っています。私はどうもこの言葉に違和感があります。辞書でひきますと『遠方から帰ってくること。特に、戦場などから基地・故郷などに帰ること』と書いてあります。避難先は戦場ではありませんし、浪江町は基地でもありません。でひ『帰町』という言葉を使っていただきたい」と質問しました。これ以降、町も議会も『帰町』という言葉を使うことが多くなりました。




<新聞掲載記事より>   *記事は私なりに要約しました。


・被災地で政府対応批判  浪江・請戸地区では献花

 自民党の安倍新総裁は、相馬市の災害公営住宅「相馬井戸端長屋」で入居者と懇談した。南相馬市小高区役所で市や団体関係者から要望を受けた。
 続いて、警戒区域内に入り、津波で甚大な被害を受けた浪江町請戸地区で献花。馬場有浪江町長らに原発事故発生当時の避難状況などを聞いた。記者団に対して「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)で正しい情報を得ていれば、(住民の)対応は違った」と述べ、原発事故直後の政府対応を批判した。