ぶんやさんち

ぶんやさんの記録

M.エンデ作「自由の牢獄」

2007-12-17 09:58:55 | 雑文
この短編集の表題作。この本を手にとって最初に読んだのはこの作品である。理由は、タイトルに惹かれたことと、もう一つタイトル以上に「千十一夜の物語」という副題で、たしかに「千一夜物語」の形式を踏んでいるし、雰囲気もアラビヤ風である。ただ、語り手が、美しい女性ではなく「インシアッラー」と人びとから呼ばれている盲人の乞食である。彼がなぜ盲人となったのか、またなぜ彼が人びとからこの名前によって呼ばれるようになったのかということが、この作品の隠されたメッセージである。
彼は、「若い頃」、自分の能力と賢さによって、何者にも依存せず、自分の思うままに自由に生きることができると信じていた。その頃、一人の絶世の美人に出会い、その女性を手に入れるために、「自分の眼」に掛けて一つのことを誓わされる。それは、本当に誰にも依存せず、自分ですべてのことを決定して生きることができるかどうかということであった。そのことは、彼にとって少しも苦痛なことではないと信じていたので、その条件をのむ。
その時、突然彼は、上下左右前後のない真っ暗闇の中空に置かれる。それは、天地創造の前のカオスの世界のようである。そのうち、だんだんと明るくなり周りが見えるようになる。ここはアッラーの神の意志も届かない唯一の場所であると知らされる。つまり、完全な自由の空間である。彼は恐ろしくなり、そこから逃げ出すことを考える。むしろ、それ以外のことを考えられない。すると、彼の周りに無数の扉が開く。彼はその扉の何処を開けてもいい。何しろ、ここはアッラーの神の意志も届かない、完全な自由圏である。彼の唯一の問題は、どの扉を開くのか、ということである。そこに、一つ条件が加わる。それは、自由を妨げる条件ではなく、ただ、一つを選びそこを開けたら、その瞬間にその他のすべての扉がロックされるという条件である。どの扉の向こうは、どうなっているのか彼には分からない。幸せな道へ通じるのか、悲劇がおこるのか。彼は無数の中から一つを選ぶことができる。ところが、なかなか決断ができない。「ファイナルアンサー」がない。何か、ヒントが欲しい。しかし、それは彼の自由を他者が歪めることになる。この扉の数が1011なのである。この数が何を意味するかは不明である。ただ、作品の中で、著者自身のコメントとして111という数字はオリエントの数字学において狂気の数字と説明される。この説明自体が謎を含む。結局、彼は「選択」できない。千十一の扉に取り巻かれた「完全な自由の空間」は彼にとって「牢獄」以外の何ものでもなかった。そうこうする内に、扉の数はどんどん減っていき、とうとう二つの扉だけが残った。その時、彼はいう。「無数の見知らぬ可能性から選ぶのも、二つのそれから選ぶのも、とどのつまりは同じことだ」。とうとう、扉が一つになったとき、彼には「ここにとどまるのか、出て行くのか」という選択が迫られた。
最後のどんでん返し。これは作者への礼儀としてここでは明かさない。ただ、主人公は「完全な自由とは、完全な不自由なのだ」という言葉を残す。

最新の画像もっと見る